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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第三章 悪夢を現実にしてはならぬ
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第5話

「遅いよ、都鳥(とどり)さん」


 メイドの案内で八上の部屋に入室すると、八上が開口一番にそう言った。


「申し訳ありません、お嬢様。須世理様の質問に答えておりました」


 メイド――八上の言った「都鳥さん」という言葉から考えるに、そのメイドは都鳥さんと言うのだろう――は、詫びるように深々とお辞儀をした。

 八上は「質問?」と訝しんだが、「まあいいや」と割り切って、


「ありがとう、都鳥さん。もう行っていいわよ」


 と、都鳥さんに告げた。都鳥さんは、お辞儀をして、「ごゆっくりどうぞ」と一言。そして、その場を去った。


「須世理さん。都鳥さんにどんな質問をしたの?」


 都鳥さんがその場を去ったのを確認した八上が、須世理に対してそう尋ねる。


「八上さんの悪夢は魔術的――分かりやすく言えば呪いのようなものが原因なのよ。呪いということは、犯人は八上さんに憎悪を抱いている人間ということになる」


「須世理さん……都鳥さんを疑っているの?」


「都鳥さんだけじゃない。あなたに関わるすべての人間は嫌疑者よ。……あなたにも訊きたい。最近――最近じゃなくてもいい。とにかく、誰かに恨まれたことはない? 誰かと喧嘩したとか、誰かを貶めたとか。そういうことはない?」


 須世理の「あなたに関わるすべての人間が嫌疑者」という発言に少し嫌悪を抱いたのか、八上は少し半眼になり須世理を見た。しかし、須世理の言ったこともごもっともなので、八上は特に反論することはなかった。


 八上は須世理の質問に答えるべく「うーん」と唸って、考える素振りを見せる。一考の後、八上は口を開いた。


「……特には、思い当たらないなあ」


 うん。予想通りの答えでした。大体、自分が悪いなんて自覚があったら、とっくに犯人は特定できているのだ。天才が無意識のうちに周りの人間を破壊するのと同じで、お金持ちも無意識のうちに周りの人間を破壊するのだ。お金を持っている人間っていうのは何かと憎悪の対象になるからな。ちなみに、俺はそうでもないぞ。羨ましいとは思うが、ムカつくとは思わない。だって、今の生活に満足しているのだから。


「まあ、そうよね。思い当たっていたら、とっくに犯人見つかってるし」


 須世理が言った。彼女も俺と同じようなことを考えていたらしい。


「よし。それなら、他の人にも訊きましょう」


「他の人? それって、他のメイドさんってことでいいの?」


「メイドさんに限らず、使用人みんなに話を訊きたいところね。まあでも、仕事で手の離せない人もいるだろうから……八上さん、ちょっとお願いしてもいいかな?」


「あ、うん」


「手の空いてる使用人を集めてほしいの。みんなに訊き込みをしたいから」


「了解。ちょっと待ってて。頼んでくるから」


 そう言って、八上が部屋の扉の横に設置してある電話機を使って、須世理の頼みを受けてくれるよう話を付ける。


「いいってよ、須世理さん。一応、わたしの部屋に来てくれるように頼んだけど……」


「ええ、構わないわ。それで何人ほど来てくれそうなの?」


「七人だよ。今、手の空いてる使用人となるとそのくらいしかいないみたい」


「そう」


 ……とりあえず、話が一区切りついた。俺は八上に言及したいことがある。話すなら今だ。俺は口を開――こうとしたが、八上が口を挟んできた。


「あのさ、わたしが須世理さんたちを呼んだ用事を消化しちゃっていいかな?」


 八上はそう言って、にたにた笑みを浮かべる。


「お部屋の感想はどうですかっ?」


「お前……それを訊きたいがために俺たちを呼んだのか?」


「そうだよ。わたしが気を利かして、一緒の部屋にしてあげたんだから。いい感想が期待できると思ってね」


 俺が言及したかったこと。それは、お前のその気を利かしたあの部屋は一体何なのかってことだ。八上から、その話を吹っかけてくるのならちょうどいい。こちらも訊きたいことを訊きましょう。


「あの部屋は、一体何なんだ?」


「え? だから、わたしが気を利かせて用意させた部屋だよ」


「だから、なんでそういう意味の分からん気を利かせたんだよ!」


「なんでって、二人のためだよ」


 そう言って、八上は人差し指を立てて、講釈を垂れる。


「だって、二人は親密な関係なんでしょ? それなら、そのくらいの配慮しなきゃいけないでしょう。うちの家訓にあるんだよ。夫婦、もしくはカップルがうちへ来たら、そのときは相部屋を用意させよってね」


「何だよそのおかしな家訓は!?」


「おかしくないよ。我が家のおもてなし条項第一条にも書かれている立派なものだよ」


 だ・か・ら、と言って、八上は立てていた人差し指を俺たちへ向ける。


「心置きなく使ってよね、あの部屋。メイドからも聞いただろうけど、あの部屋は夫婦・カップル専用の部屋で防音仕様なんだよ。阿鼻叫喚から何までもすべての音を遮断する特注品なのさ」


 メイドは変な勘違いをしていた。八上も変な勘違いをしているようだ。俺は思わずこめかみに手を当てて、溜息を吐いた。まったく、どいつもこいつも。おかしくないか? どういう見方をすれば俺たちがカップルに見える? そして……そのー、アレをする前提になっているんだよ?


 よし。とりあえず、誤解を解かないといけない。


「八上。勘違いしてるようだから言っておく。俺たちは別に彼氏彼女の関係じゃないぞ?」


「またまたー、ご謙遜を。仲のよさそうな男女。これをカップルと呼ばずになんと呼びますか?」


 ……他にも呼びようはあるだろ。友達とか。別に男女の間に生まれるのが愛情だけとは限らないだろ。


「八上さん」


 と、須世理が口を開く。


「杵築くんの言う通りよ。別に私たちはそういう関係じゃない。大体、こんな地味な男が私の彼氏に見えるの?」


「お前、地味に俺のことバカにしたよな?」


「地味な男に地味と地味に言って何が悪いのよ?」


 ……いや、悪いよ。俺のことをバカにしたことが悪いことだよ。親御さんに教わらなかったのか。人のことをバカにしてはいけません! って。……とはいえ、須世理の発言に反論できない! だって、俺、地味だから!


「反論できないってことは、自分が地味であることは認めるのね?」


 須世理が嗜虐的な笑みを浮かべて、そう言った。俺は少しバツの悪い顔をして、


「そーだよ、そーですよ。どうせ地味ですよ、俺は。大体、スクールカースト的に中の下の俺にイケメン要素を求めるな。そういうの求めたきゃサッカー部のエース辺りを当たれ。基本的に、サッカー部と野球部とバスケ部のエースはイケメンっていうのが定説だ」


 あと、サッカー部は基本的にチャラついている雰囲気イケメンな奴が多い。まあ……ただの偏見だけど。すいません、サッカー部の皆さん。


「別に、そこまで悲観的にならなくても……」


 申し訳なさそうに須世理がそう言った。


「そうだよ、杵築くん。地味だけど杵築くんはイケメンだよ」


 と、八上も言った。つーか、その発言、意味分かんねーよ。地味だけどイケメンって、結局どうなんだよ。フォローになってねーよ。


「まあいいや。とにかく、八上よ。俺たちはカップルじゃないから。そこんとこ、ちゃんと理解してくれ」


「はいはい。そういうことにしておくよ。……あ、なら部屋は別々にした方がいいかな? でも、そうすると準備が大変だよ。ゲストルームの掃除とかしないといけないから。まあ、やるのはメイドさんだから、杵築くんたちが望むならそうするよう計らうよ?」


 八上がそう言った。俺と須世理は顔を見合わせ、どうする? と、互いにアイコンタクトを取る。


「どうするよ、須世理。部屋、別々にしてくれるらしいぞ?」


「でも、メイドさんに手間を掛けさせるわ。客人の身としては、おこがましい真似はできない」


 ……うむ。確かにそうだ。客が横柄な態度を取るのはあまり感心しない。


「じゃあ、やめとくか」


「その方がいいでしょう。杵築くんには私を襲う度胸はないのでしょう? なら、大丈夫」


 度胸がないと言ったのは俺だけど、いざそれを他人から言われるとイラッとくる。まあいいや。須世理がいいと言うのなら、そういうことにしよう。


「というわけで、八上。別にいいよ、部屋は変えなくて。メイドさんに手間は掛けさせられない」


「そっか。分かった分かった」


 そう言った八上は、にたにたしていた。なんだよ、その何かを期待したような顔は。何を期待しているかは知らないが、決して俺たちの間でそんな変なイベントは起こらないからな。だって……度胸ないもん! 俺って男は!


 ――と、矢庭に。こんこんと、部屋の扉が叩かれた。訊き込みをするために呼んでいた使用人たちがやって来たようだ。


「来たみたいだね。――入っていいよ」


 八上がそう言うと、扉が開き、七人の使用人「失礼します」と言いながら入ってくる。メイドさんもいれば、執事さんもいる。それと、先ほど俺たちをここまで送ってきてくれた運転手もいた。計七人だ。


 須世理はその七人を見て、


「それじゃあ、一人ずつ話を訊いていくことにするわ。まずは、あなたから」


 と言って、運転手の前へ立つ。


「他の人は出て行ってください。八上さん、あなたも席を外してくれる?」


「え? わたしも?」


「当たり前でしょう。あなたがこの場にいたら、話せるものも話せないというものよ。だって、私たちが彼らに訊くのは、あなたに対して彼らがどのような印象を抱いているか、ということなのだから」


 本人を目の前にしてその本人の悪口を言う奴はまずいない。それがまして自分の仕えているお嬢様となれば尚更である。


 須世理が、彼ら七人に訊くことは至って簡単なこと。お前らは、八上を恨んでいるのか恨んでいないのか? ってことだけなのだ。


 というわけで、八上がその場にいるととても邪魔なわけだ。


「なるほど。なら、わたしは邪魔だね。じゃあ、出てくよ。終わったら呼んで。そして、結果教えて」


 理解が早いようでよかった。八上は、運転手を除いた六人の使用人と共に部屋を出た。そして、部屋には俺と須世理と運転手だけとなる。


「さて、それじゃあ、早速お話を伺いましょうか?」


 そう言って、須世理は運転手と向き合う。


「これが、どういう聴取なのかは知っていますよね」


「はい。お嬢様に対して嫌がらせをしている犯人を捕まえるためのものですよね」


「はい、そうです。八上さんが悩んでいることは知っていたんですか?」


「はい。私は、毎日お嬢様を学校まで送迎しておりますので、そのときにお嬢様が悩んでいるという旨の話を聞きました。確か、毎晩同じ悪夢を見るとかで」


「そうです」


「ですが……」


 と、運転手が訝しむ。


「どうして、悪夢を見ることが嫌がらせなのですか? そんな、悪夢を他人に見せるなんて呪いじゃあるまいし……」


 まあ、そうだよな。悪夢を誰かの嫌がらせと判断するのは常人では理解し難いだろうな。


「私は、今回のことをオカルト的見地から解決を試みているのです」


「オカルト、ですか……」


 うわ、信用してなさそうな目をしている。まあ、そうだろうな。常人はオカルトなんて信じない。信じていない。須世理も、そんな彼の反応は当然のものだと思ったのだろう。特に気に留めず話を続ける。


「とにかく、先を続けます。私があなたに訊きたいことはこれに尽きるのです。――あなたは、八上さんのことをどのように思っているのですか?」


 先のメイド――都鳥さんにもしたような質問を運転手にもした。運転手は「ああ自分疑われてるな」と察したような顔つきになりながらも、淡々と答える。


「別に、これと言って悪い印象は持ってませんよ。我々に対する態度も横柄なものじゃない。お嬢様はいい子ですから」


 淡白な答えだな。俺はそんなことを思った。


 運転手の答えは、差し詰め――こうだ。


 八上卯白のことなんてどうとも思っていない。好きでもなければ嫌いでもないし、尊敬しているわけでも軽蔑しているわけでもない。ただ普通。

 運転手の言っていることが嘘でなければ、この人は犯人ではない。……と、俺は思う。そりゃあ、須世理がちょっとした所作や言動を見抜いているというのなら話は別だ。だが、俺が見る限りでは運転手の言動に違和感はなかったし、須世理の方も何かを感じ取った様子はない。


「ありがとうございました」


 須世理が言った。


「話は終わりです。お手数をおかけしました」


 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。俺も彼女に倣って頭を下げた。


「いえ、別に」


 そう言って、運転手は部屋を出て行った。


 そして、運転手と入れ替わりでまた人が入ってくる。次はメイドだった。


 そのメイドにも先ほどと同じような質問をしたが、その答えは先ほどと同じようなものだった。――お嬢様のことは尊敬しております。そんな感じだ。


 次の執事も……「滅相もございません。お嬢様は尊敬に値するお方です」と言っていた。


 次も次も次も次も……みんながみんなして同じことしか言わない。


 ――お嬢様を尊敬しております。

 ――お嬢様に恨みなんて抱きようがありません。


 そして、そんなこんなで最後の七人目の聴取も終わった。


 須世理は、顎に手を当てて考えるような仕種を取る。そうしながら、口を開く。


「今の七人はみんなシロのようね」


「まあ、そうだろうな。どいつもこいつも、八上に対して好印象もしくは無関心な奴だったし」


「ええ。それに、嘘を吐いている節も見られなかった」


 須世理の観察眼がそう言っているのならそうなのだろう。だが、これからどうするつもりだ? 訊いてみよう。


「これからどうするんだよ?」


「どうするって、そんなのみんなに訊き込みをするのよ」


「みんなって、ここにどれだけの使用人がいるか分かってるのか?」


「あなたは知ってるの?」


「いや、知らないけどさ……結構いるんじゃねぇの?」


「まあ、いるでしょうね。この家は大きいから、最低でも三〇人以上はいると考えていいわ」


 つまり、須世理は三〇人に訊き込みをするつもりか? おいおい、何日かかるんだよ。


 俺があからさまに嫌そうな顔をすると、須世理が呆れた様子で口を開く。


「仕方ないでしょう。八上さんのためなんだから」


 そう言われると言葉が出なかった。そうだ。このまま何もしなかったら、八上が毎日見ている『家が燃える悪夢』が実現してしまうかもしれない。そして、もし実現したらこの家は燃え、八上は死ぬ。


 と、刹那。がしゃり、と部屋の扉が開き、


「どうだった? なんか分かった?」


 そう言いながら八上が入ってくる。


「いや、残念ながら何も分からなかったわ」


 須世理がそう言った。


「そっか……」


 と、八上が残念そうに言った。ここで俺は確認したいことを確認してみる。この家にいる使用人の正確な人数だ。


「なあ八上。訊いてもいいか?」


「うん」


「ここに使用人って何人いるの?」


 俺がそう訊くと、八上は首を傾いでうーむと考える仕種を取り、言う。


「えーとね、確か……三〇人くらいだったかな」


 その答えが須世理の予想通りの人数で、俺は少し驚いた。


「これからどうするの、須世理さん?」


 と、八上が訊く。


「とりあえず、また時間を置いて使用人たちに話を訊きましょう」


「了解。じゃあ、あとでまた呼び出しておくから」


「頼むわ」


 ――こんこん。


 唐突に、部屋の扉がノックされた。俺たちは扉の方を注視する。


「どうぞー」


 八上が言った。それに呼応して、扉が開く。


「失礼します」


 そう言って顔を覗かせたのはメイドだった。そのメイドは俺たちをここまで案内してくれた都鳥さんだ。


 都鳥さんは言う。


「お食事の時間です。大広間までお越しください」


「うん、分かった。――さ、行こうか。ご飯だって」


 都鳥さんにも八上にも言われ、俺と須世理は「うん」と返事をした。そして、俺たちは食事のために大広間へ向かった。


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