第3話
八上卯白は金持ちらしい。迎えにやって来た車は、黒いリムジンだった。
「お前、金持ちだったんだな」
俺は、ビルの前にやって来たリムジンを見て、八上にそう言った。すると、
「うん、そうだよ」
八上は特に謙遜することなくそう言った。
「いや、堂々と言うなよ。少しは謙遜しろよ」
「なんで? わたしがどんな態度を取ったって、わたしがお金持ちであることには変わらない。だから、謙遜は無駄だと思う」
……そうですか。
いや、それにしても八上が金持ちだったとは本当に意外である。八上とは二年生で初めて同じクラスになったのだが、普段のクラスでの八上を見ていてもお金持ちオーラは感じられなかった。いやはや、人は見かけによらないものだ。
「あ、そうだ。途中、俺ん家に寄ってくれよ。準備しないと」
「分かった」
矢庭に。がちゃ、と。リムジンの運転席のドアが開いた。そこから出てきたのは、ビシィッとスーツを着こなしたお抱え運転手であった。その運転手は、軽やかなステップで歩いて来て、後部座席のドアを開け、俺たちに一礼。そして一言、
「どうぞ、お乗りください」
と言った。さすがセレブの運転手である。態度がいい。
「さ、乗って、二人とも」
八上にもそう言われたので、俺と須世理は先んじてリムジンに乗る。
特に臆せず乗り込む須世理に対し、俺はおどおどしながら「お邪魔しまーす」などと言いながらリムジンに乗り込む。
「お邪魔しますは、大袈裟だよ」
などと、八上に笑われたが、大袈裟ではないだろう。だって、一戸建てが買えるくらい高価そうなリムジンに乗り込むんだ。そして、うちのソファーよりもふかふかの座席だ。お邪魔しますと言ってしまうのは仕方ないというものだ。
最後に八上が乗り込んだ。
「杵築くんの家ってどこら辺にあるの?」
と、八上が訊いてきたので、俺は彼女に自宅の住所を伝えた。すると、八上が俺ん家の住所を運転手に伝えた。運転手は「御意」と一言言って、キーを回しエンジンを掛ける。静かで低い駆動音が優しく耳朶に響く。さすが金持ちの車。俗に言うハイブリットカーであるな、これは。
リムジンは静かに発進する。まず向かう先は俺ん家だ。
*****
家に一旦帰り、妹の結祈にこの度の件を話すと、彼女は激昂した。
「はぁ!? それってどういうこと、今日はあたし一人で留守番しろってこと?」
「まあ、そうなるな」
「うぅ、酷いよ。酷いよ、お兄ちゃん。こんなか弱い妹を一人にして、自分は女の子たちとイヤラシイことをしに行くんだね」
「いやらしいって何だよ!? やめろよ、その誤解を生むような発言は! つーか、別にいやらしいことをしに行くんじゃねぇから!!」
「じゃあ何しに行くの!? 女の家に何しに行くの!?」
「だから、あれだよ。須世理の助手として行くんだよ」
「そう言って、イヤラシイことしに行くんでしょー?」
「だから、すぐそう言うのに繋げるのやめろよ。思春期ですか?」
「思春期だよ!」
そうでした。中学二年生・杵築結祈。バリバリの思春期でした。
「つーか大体! お兄ちゃんの彼女って誰なの? 琴音さんかと思えば、自称お兄ちゃんの彼女って言う歌恋さんがうちにやって来て、お兄ちゃんのこと根掘り葉掘り訊いてくるし、それで今日はまた別の女の子の家に泊まるんでしょ? お兄ちゃんって、そんなにチャラかったっけ? わたしの知る限り、お兄ちゃんはそういうことする人じゃない!」
「いやいや、そもそも俺に彼女がいると言うことが間違っている! 須世理も沼名河も八上も俺の彼女じゃねーし!!」
「でも、歌恋さんはお兄ちゃんの彼氏だって言ってた!?」
「あれは、あいつの妄言だ!」
厳密には妄言ではないのだろうけど、まあ近いものだ。あいつは俺のことを調べるため、わざと俺の彼女を装ったに過ぎない。あいつ自身、俺のことなんて毛ほども想っちゃいないはずだ。
「つまりは、嘘ってこと?」
「そういうこと」
「え、なんでわざわざそんな嘘吐いてまで、歌恋さんはお兄ちゃんのことを知ろうとしたの?」
「俺が、須世理の助手に適しているかどうか調べるためだとかなんとか言ってたぞ」
「ふーん」
と、結祈は意味ありげな視線で俺を見た。
「まあいいや。いいよ、行っといでよ。その乱――」
「――それ以上言うんじゃねぇーよっ! つーか、さっきから言ってるけど、別に如何わしいことしに行かないから! 何もしないから!」
というか、そういうことを言われると逆に気にしてしまうから、やめてください。もしかしたら、狼に変身するかもしれないじゃないか!
「……てか、今夜、大丈夫か、お前」
俺は結祈にそう言った。俺は今日、八上家に世話になる。よって、結祈を一人にしてしまうのだ。お兄ちゃんはいろいろと心配なのです。火の元とか戸締りとか、その他云々いろいろと。
「大丈夫だよ。わたし、これでもお兄ちゃんよりしっかりしてるよ」
「……」
ぐむ。否定できない自分が悔しいんだけど……まあいいや。大丈夫だろう。中学二年生にもなって、戸締りや火の元を怠る奴はそういない。それに、両親が共に家を空けることの多い我が家だ。その分、子供はしっかりしている。
俺は準備をするため、自室へと向かった。
さっさと準備しないと須世理や八上に怒られてしまう。遅い、って。
*****
「遅い」
準備をして、リムジンに戻ると、案の定で開口一番に須世理がそう言った。
「悪かったよ。結祈を一人にするからな。いろいろと注意をしてたんだ」
「やっぱりシスコンでしょう、あなた?」
須世理がそう言った。
「いやいやいや、可愛い妹を一人で留守番させるんだ。シスコンとか関係なく心配するだろ。普通」
「可愛い妹って発言がもうシスコンだよね」
そう言ったのは八上だった。お前まで、俺をシスコン扱いしますか!
「いや妹は本当に可愛いよ。つーか、可愛くない妹なんてこの世にいねーよ。この世のお兄ちゃんはみんな妹を可愛いと思ってんだよ。妹は可愛くないなんて言うお兄ちゃんがもしいたら、そんな奴はお兄ちゃんを辞めちまえ。家から追い出されちまえ」
「……、」
「……、」
……あ、あれ? どうしたんだ二人とも? どうしてお前らは蔑むような目で俺を見ている? え? 何? まさかのドン引きされてる!? おいおい、そりゃねーぜ。まあ、女には分からんか。お兄ちゃんの妹に対する気持ちなんて。
「あ、出してください」
と、俺のシスコン話を逸らすように八上が運転手に向かって言った。運転手は「御意」と一言言って、エンジンを掛け、静かにそのリムジンを発進させた。
向かう先は、今度こそ八上卯白の家である。




