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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第三章 悪夢を現実にしてはならぬ
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第2話

 というわけで、俺は八上と一緒に事務所の門を叩いた。


「うぃーす」


 と、原型を留めていない挨拶を言いながら、俺は扉を開ける。すでに、須世理は来ている。彼女は所長専用の背もたれ肘掛け付きの椅子に鎮座してコーヒーを飲んでいた。おそらく、それはブラックだろう。


 須世理は俺を確認するや否や、睨みつけてきた。なんで?


「杵築くん」


 と、須世理は低い声で言う。


「恋人と同伴というのは、あまり感心しないのだけど?」


「いやいやいや、勘違いにも程があるだろ。こいつは、ただの依頼人だ」


「……し、知ってるわよ」


 須世理は、そっぽを向いてそう言った。実は勘違いしていただろ、お前? 強がるなって。


「そ、それより、どんな依頼なのかしら? 早速、話を聞きましょう」


 自身の勘違いがよほど恥ずかしかったのかなんなのか、須世理は頬を上気させながら、話を進める。


 ここで「やーいやーい」となじったら無茶苦茶怒られそうなので、なじらないでおく。その方がいいだろう。


 須世理は、八上を席へ通す。俺はもてなしのコーヒーを淹れるため給湯室へ向かった。


 そして、


「で、えーと、八上さんだったわよね?」


「あ、うん」


「それで、どんな目に遭っているの?」


 須世理に訊かれ、八上が自身の身の回りで起こっている不可思議事件の概要を話す。八上の話は、俺もここで初めて聞くことになる。


「あのね」


 八上は徐に口を開く。


「最近、嫌な夢をよく見るんだよ。それも同じものを毎晩」


「それは具体的にはどういうこと? 夢はどんな夢を見るの?」


 須世理は顎に手を当てて考える仕種をしながら、言った。八上は話を続ける。


「えーとね、家が燃える夢を見るの。それで、わたしは家に残され身動きができなくなる。周りには炎があって、煙が立ち込めている。わたしは、とにかく脱出しなきゃと思って、逃げ回るんだけど……そこで、燃えた何かが上から落ちてきて――ってとこでいつも目が覚めるんだよね」


「それは……地味に怖いな」


 だってつまりは、自分が死ぬ夢だもんな、それ。燃えた何かが上から落下してきたところで目が覚めるということは、おそらくそれは夢の中の自分が死んだから目を覚ましたと言える。


「そうだよ、そうなんだよ、杵築くん。結構、地味に怖いんだよ」


「それだけ? あなたが遭遇している不可思議なことって?」


 と、須世理が確認する。


「うん」


 八上は頷いた。


「なるほど。悪夢を毎晩見る。それも同じものを」


「心当たりがあるのか?」


 俺はそう訊いてみる。すると、須世理は、


「ええまあ。ギリシア神話にはエンプーサという夢魔がいるし、夢の神モルペウス、ポベトール、パンタソス――それらを総称したオネイロイというのもいる。他にも、イギリスの民間伝承には、眠っている者に悪夢を見せる魔女ハッグがいる。日本では悪夢をもたらす鬼神・臨月天光、あと特殊な例ではあるけど牛頭馬頭もそうね」


 と、言った。


 ギリシア神話の方は知っている。確か、エンプーサってのは眠っている男に悪夢を見せながら血を啜る夢魔で、そして夢の神の三柱・オネイロイのモルペウスは人間に夢を見せ、ポベトールは悪夢を生み出し、パンタソスは非現実的な夢を生み出すのだ。他の魔女ハッグとか臨月天光とか牛頭馬頭とかは知らなかったけど。


 ……そう言えば、俺の自作神話にもいたな、夢を司る神様。


「それにしても、悪夢とは厄介ね。もしかすると、災厄が起こる」


「は?」


 どういうことだ? 災厄って、一体……?


「もしかすると、その悪夢というのは、近々起こることなのかもしれない……ということよ」


 須世理のその言葉を聞いて、八上は驚きの表情をする。


「じゃ、じゃあ……」


 と、おどおどしく八上は口を開く。


「わたしの家は近々、燃える?」


「その可能性は高いわ」


「いや、そんな簡単に言われても、どうすればいいの? どうにかできるの?」


 八上にそう言われて、考え込む須世理。ひとしきり考えたところで口を開く。


「正直、その悪夢に起こる火事の原因が分からないから防げるかどうか分からないのよね。もし、それが放火によるものなら防げるかもしれないけど、事故的なものだったら防ぎようがない」


 うむ、確かに。その火事が故意によるものなら、その放火犯を放火する前に捕まえればいい。でも、その火事が無作為による事故的なものだったら防ぎようがない。


「まあでも、魔術によるわね。火事が起こるかどうかなんて。正夢としての悪夢を見せるとなれば、オネイロイの神話に基づく魔術を使用していると考えるのが妥当。オネイロイは、夢に乗せて人間に神意を伝える神様だからね。エンプーサとかハッグとかは正夢としての悪夢を見せないし、臨月天光なら『臨月天光』と三度その名を呼ぶことで対処は可能。牛頭馬頭の伝承は特殊だから、この際除外してもいいわね」


「で、結局どうするんだ?」


「なんであれ調査は必要よ。八上さんの依頼は、悪夢の原因を突き止めることだから」


「まさか、泊まり込みで……とか言い出す気か?」


 俺がそう問うと、須世理はさも当然と言いたげな笑みを浮かべて、


「当たり前でしょう。特にこの件は泊まり込みの方が都合いい」


 と、言った。そして、須世理は八上の方を見遣り、言う。


「というわけだから、あなたの家に泊まりたいのだけど?」


「え? あ、ああ、別にいいけど。それで、結局、どうにかなりそうなの? わたしの家は燃えずに済むの? わたしの悩みは解決できるの?」


「まだ分からないけど、いろいろと調べればどうにかなると思うわ。というか、どうにかするわ」


 まあ、どうにかしてしまうのだろうな。須世理琴音は聡明だ。ちゃんとした手掛かりが提示されていれば、ちゃんと答えを見出すことができる。


「じゃあ、須世理さんに頼むよ。もう散々だよ、悪夢を見るのは。早く解決して。でなきゃ、わたし壊れそう」


 その発言からして、結構な神経衰弱に陥っていると見た。って、まあそうだよな。毎晩毎晩同じ悪夢を見せられたら精神がおかしくなるのは当たり前だ。このまま続けば発狂するかもしれない。八上が狂人と化す前に、さっさと問題を解決して、彼女を救う必要がある。


「分かった。頼まれました。それじゃ、早速あなたの家に行こうと思うのだけどいい?」


「今から?」


「うん」


「ちょっと待って、今、電話して確かめる」


 そう言って、八上はスマフォを取り出して自宅へ電話を掛ける。俺は、そんな八上を傍目に、須世理に話し掛ける。


「俺はどうすればいいんだ?」


「どうするって、ついて来なさいよ。助手なんだから」


 そりゃあ、お泊りセットがこの場にあるお前ならすぐに準備できるだろう。でも、


「今から行くとなると、俺は一回家に帰らないといけないんだが」


 俺はすぐには準備できないのだよ。準備するとなると、一度帰宅しなければならない。


「あ、そうか。さすがに、帰ってまた来るのは億劫よね。でも来なさいよ」


「どうやって?」


「だから、一回家に帰って、準備して、また戻ってくればいいじゃない」


 ……俺は、そこまでして須世理について行かないといけないのか?


「今、そこまでして行かないといけないのか、って思ったでしょう?」


「ふ、普通、思うだろ……」


 逆に、思わない奴なんているのかって話だ。


「まあいいわ。とにかく、あなたも来なさい。助手たる者、私の役に立つのは当たり前」


「……はあ、さいですか」


 まあ、八上の家に泊まること自体は別にいいとしましょう。今日は金曜日で明日は休みだから、泊まるにしては打ってつけの曜日だ。でも、やっぱり帰って準備してまた出ていくのは面倒だよ。帰ったなら、もうそのままばたんきゅーしたいよ。


 ――と、ここで電話を終えた八上が口を開いた。


「大丈夫だって。えーと、うちに来るのは須世理さんと杵築くんでいいの?」


「ええ」


「りょーかいりょーかい。今から、ここへ迎いが来るから、それまでに準備しといてね」


 それに須世理は頷いて、準備をするためか、奥の方へ消えて行った。


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