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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第二章 翡翠の姫、襲来
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第11話

 須世理探偵事務所が入っているビルの向かいには、また別のビルがある。


 そのビルの二階には、コーヒーを売りにした喫茶店がある――その名も『ザ・コーヒー』。センスの欠片もない名前だが、日本で指折りのバリスタを雇っていると聞く。注文を受ける度にいちいち豆を焙煎し、ミルで挽き、そして淹れるコーヒーは格別らしく、店内にはコーヒー好きで知られる著名人たちのサイン色紙が所狭しと飾られている。


 コーヒー豆を焙煎した香りが漂う店内。俺は、その店内の窓側の席に座っていた。


 別に、一人でこんな所にいるわけじゃない。俺の対面には――沼名河歌恋がいる。俺が事務所に行く途中、沼名河が俺の目の前に現れたのだ。沼名河は俺を見つけるなり、にたぁと笑って「おひさー。話があるんだけど、奢ってー」と言ってきたのだ。何故、奢らなければならないだろう。そんなことを思っていたら、ここへ連れて来られた。


 今、沼名河は俺の目の前でコーヒーを飲んでいる。ホットコーヒーをブラックで。しかも価格は九〇〇円。俺の方は、アイスコーヒーである。値段は同じ九〇〇円。俺の傍らに伝票が置かれているのを見ると、本当に俺の奢りのようだった。


「で、話って何?」


 ずずっと、ストローを使ってシロップとクリームを加えたアイスコーヒーを一口飲み、俺はそう訊いた。沼名河の方もカップに口を付けてから、俺の方を見据えて言う。


「うん。単刀直入に言おうか。いずもんは、琴音のことをどう思っているの?」


「とは?」


「だから、そのままの意味だよー。琴音のことをどう思ってる?」


 どう思ってると言われてもだなぁ……。須世理は絹糸のような長い黒髪を持っていて、美人で、寂しい胸を結構気にしてたりする可愛らしい部分があって……それで、頭がよくて、オカルト知識が豊富で……まあとにかく寂しい胸を除けば完璧と言ってもいい存在だ。


「まあ、すごい奴だとは思うよ。頭よくて美人だから」


 としか言えないだろう。俺が須世理に対して思うことなんてそんなものだ。


「まあ、そうだね。じゃあさ、いずもんは琴音に嫉妬とかしないの?」


「……なぜ?」


 別に、俺は須世理に嫉妬なんてしたことない。どうして俺が、須世理を妬んだり嫉んだりしなくてはいけないのだろうか。


「なぜときましたか……」


 ふぅ、と。沼名河は嘆息した。そして、少し呆れ顔になって続ける。


「琴音は頭がいいんだよ。そんな琴音を前にして、いずもんは何も思わない? 普通なら、なんでそんなに頭がいいんだよ、と思うはずだよ。凡人は天才に嫉妬するものでしょー?」


「それはつまり、須世理は天才だと言うことか?」


「そうだよ。いずもんも気付いてはいたでしょう?」


「まあ、な」


 須世理琴音は聡明な人間だ。彼女の推理能力には俺も驚かされた。きっと、その能力は彼女の努力で養われたものではないだろう。天賦の才だと思われる。


 それに、須世理はあのとき何も言えなかったではないか。あれが須世理を天才と決めつける決定的なことだ。


 結祈の部屋で起こったポルターガイスト現象の一件。あの犯人である三枝は、犯行動機として結祈への嫉妬を挙げた。須世理は、それはいけないことだと説得しようとしたが、まったく説得力のないものだった。「なんであれ嫌がらせはいけない」。そんな言葉じゃ、説得はできない。そんな言葉は何も知らない奴が吐く戯言だ。実際、三枝からは「あなたにわたしの気持ちが分かるんですか?」と言われたけれども、須世理はそれに何も言い返せなかった。


 つまり、須世理琴音は、俺の妹・杵築結祈と同じ人種――天才なのである。


「――天才は、無意識のうちに周りの人間を破壊する」


 俺は、呟くようにそう言った。それに反応したのは、もちろん対面に座る沼名河だ。


「よく分かってるじゃん、いずもん。そうだよ。琴音は、無意識のうちに周りの人間を破壊してきた子なんだよ。琴音は勉強もできるけど、魔術師としても天才的なんだよ。一〇〇年に一人の逸材とか、神童とか言われているの。実際、その言葉通り琴音は天才なの。あらゆる物事は、聞いただけである程度こなせるし、ちょっと練習すれば指導者をも上回る」


「絵に描いたような天才だな」


「そうなんだよ。だから、琴音の周りの人間は随分と壊されたんじゃないかな。中には、魔術の道を諦めた者もいたし、琴音と比較された同い年の男の子なんかは『女に劣るとは何事か!?』と叱責され、挙句に勘当の処分を受けたって子もいたかな」


「でも、須世理はなんら悪くない」


「そうだよ。そこが、天才の性質の悪いところだよー」


「お前も、その一人なのか? 須世理に壊された」


 俺がそう訊くと、沼名河は意味ありげな目を俺に向ける。


「琴音の助手は、いずもんで三人目だよ。前任の人は、例の如く琴音の才能に嫉妬し、その実力の差を怒り、逆ギレ同然で去って行った。たぶん今も琴音のこと恨んでるんじゃないかな? あの人は、かなり努力して、それでも琴音に敵わなかったから。こんにゃろーって思ったでしょうね。そして、前の前の琴音の初代の助手。それは――このあたしだよ」


 沼名河歌恋が、須世理琴音の初代助手。だが、沼名河は今、須世理の助手ではない。辞めたのだろう。では、何故辞めた? 先の助手の話を踏まえるに、おそらく――


「じゃあ、お前も壊されたんだな?」


「その通り。琴音との実力の差に絶望して、半ば逃げるように助手を辞めた人間だよ」


 須世理琴音の助手をやってきた人間は、悉く彼女との実力の差に悩み苦しみ、助手を辞めている。


 ――みんな、彼女に壊されたのだ。


「正直、琴音がまた助手を取るとは思ってなかったんだよ、あたしは」


 沼名河が言った。


「なんだ? その言い方だと、前の助手と何かあったみたいだが?」


「みたい、じゃなくて本当にあったんだよ。あたしも実際に見たわけじゃないから詳しくは知らないけど、聞いた話では前の助手は琴音の才能に嫉妬して、琴音よりも自分が優位であるということを示そうとした。それで、琴音を襲ったんだよ。自分は琴音よりも強い。それを示そうと琴音に魔術を仕掛けた。まあでも、敵うわけもなく、返り討ちにされたらしいんだけどね。

 そして、あの人はそのまま助手を辞め、家からも勘当された。とはいえ、琴音は結構ショック受けたんじゃない? あの一件で、琴音は自分が無意識のうちに周りの人間を破壊していたことを意識し始めた。あたしの所に謝りに来たくらいだもん。あなたの気持ちも知らずに……云々、ってね。

 ……だから、琴音がまた助手を取ったことには驚いたよー。自分が無意識のうちに周りの人間を破壊していることに気付いた琴音は、しばらくは助手を取らなかった。傍に人を置いておくと、その人も壊してしまうからと思ったんでしょうね」


「……じゃあ、なんであいつは俺を助手に取ったんだ?」


「そんなの、あたしが聞きたいよー。まあ、考えられるとすれば……いずもんが一般人であることかな。私を含め、前の二人の助手は魔術師だった。だから、私もあの人も琴音の魔術師としての才能に嫉妬したんだよ。だから、魔術師でないいずもんなら自分に嫉妬しないんじゃないかと考えたのかもね。あと、いずもんってさ、オカルトに詳しいでしょう?」


「まあ、娯楽として楽しむ程度には好きだから、それなりには詳しいかもな」


「嘘はいけないね。いずもんがオカルトに詳しいのって、中二病時代に勉強したからでしょー?」


「……、」


 血の気が引きました。動揺しました。どうして! お前が! それを……ッ!?


「おっ、顔面蒼白じゃん」


 沼名河がふざけた口調でそう言った。


「……お、お前っ、なんで、それを……っ!?」


 俺は、沼名河に自分の黒歴史を話したことはない。須世理にだって話したことはない。では、どこで沼名河は俺の黒歴史を聞いたのだ!? 俺の中二病時代を知っている人間なんて、妹か中学時代のごく数人の――今や関わることのない友人だけだ。


「いずもんの妹に聞いたんだよー」


 にひ、と。沼名河は意地悪い笑みを浮かべた。こいつ、いつの間に結祈に会っていたんだ!? それに、結祈も結祈である。知らない人に俺の過去を言うんじゃないよ!


「あたしが、いずもんの彼女だって言ったら快く話してくれたよー」


「どこでだよ? つーか、なんで、妹がいること知ってんだよ……?」


「これでも、琴音の助手をしていた人間だからね。いずもんのことは調べさせてもらった。それで、いずもんが家にいないときを狙って、いずもんの家に行って、結祈ちゃんに会った。それで聞かせてもらった。結構、酷い中二病を患ってたんだね。自作の神話とか作ってたらしいじゃん。ったく、どこのラブクラフトだっつーの」


 沼名河に、弱みを握られたような気がした。今すぐにでも発狂したい。でも、そんなことをしたら周りに迷惑が掛かるので、そんな気持ちはグッと堪える。とりあえず、心の中で叫びます。


 すんげー恥ずかしい! 死にそう! 誰か、殺して! きゃぁああああああ――っ!?


「ま、そういうことだから、琴音もいずもんを助手にしたんだよ。琴音と触れ合って分かったでしょ? 琴音の豊富なオカルト知識。そして、いずもんはその知識について行ける人なんだよ」


 沼名河がそう言った。そりゃあまあ確かに、須世理の伝承やら神話やらのオカルトな知識にはある程度ついて行ける。それは、俺が中二病時代に培った知識のおかげだ。


 でも……、


「魔術師ってのは、みんな須世理みたいにオカルトに詳しんじゃないのか? そもそも、魔術ってのは伝承やら神話やらの出来事を実現させる力なんだから」


「ははっ。そんなことはないよー。琴音の知識は半端じゃない。あの子は特別だよ。あたしたち凡才の魔術師は、そこまで知識が豊富じゃない。自分の得意とする魔術に関係ある神話とかにしか興味がないんだよー。でも、琴音はオールラウンドプレイヤー。何でもできる」


 魔術師と言えど、みんながみんなすべてのオカルトに詳しいわけではないのか。なんか、意外である。


「まあとにかく、そういうことだからいずもんは琴音と上手くやって行けるんだよ。オカルトに詳しくて、嫉妬をしない。にしても、珍しいよね。天才に嫉妬しないってのはさ」


「俺のことを調べたんなら分かるだろ? 俺の妹も須世理と同じ人種なんだ。……俺はもう、結祈で知ったんだよ。天才という生き物を。そして、知らしめられている。天才には、何をやっても敵わない。いくら努力をしても、天才には勝てない。努力によって開花する才能も俺にはない」


「つまり、嫉妬は無意味だと知った?」


「その通り。って、かく言うお前も俺と同じだろ? でなきゃ、須世理の友達をやれていない」


「まあね」


 言って、沼名河は微妙な笑みを浮かべた。


 天才への嫉妬ほど意味のないものはない。嫉妬したって、俺は天才にはなれないし、天才には敵わない。努力して、天才に敵う奴もいるが、天才に敵った時点で、そいつも天才なのである。本当の出来損ないは天才には敵わない。俺がそうであるように。


「でさ、いずもん」


 と、沼名河が俺の名を呼ぶ。


「こうして、琴音のことを話したのは他でもないよ。天才は天才故に悩んでいる。天才は天才故に孤高になる。天才を――琴音を独りにしないためには、いずもんみたいな人が必要なんだよ。天才を包容できる、心の広い――というか、自分の限界を知った人間が必要なんだよ。あたしは、もう琴音の傍にはいられない。だって、一度逃げた身だからね。もう一度、なんて無理だよ。適度な距離がちょうどいい。でも、いずもん。いずもんは違う。いずもんは、現在進行形で琴音の助手で、琴音の傍にいる人。たぶんいずもんなら琴音と上手くやって行ける。結構いいコンビなんじゃないかな。……だから。だから、さ。琴音のこと頼んだよ? いずもんなら、琴音の悩みを解消できる」


 須世理琴音の悩み。天才故に孤高になってしまう。ならざるを得なくなってしまう。沼名河は、つまりこう言っている。須世理を独りにしないでくれ。須世理の傍にいてやってくれ。


 沼名河は、ホットコーヒーを飲み干す。そして、カップを置く。


「話は以上だよ、いずもん。いろいろと長くなってけど、あたしが言いたいことは一つだけ。――琴音のことを頼んだよ。琴音にはいずもんが必要だから。もし、琴音を悲しませでもしたら、容赦はしない」


 気持ち低めの声で沼名河はそう言った。沼名河は立ち上り、


「じゃね。コーヒーありがとう」


 笑みを浮かべながら手を振って、彼女は喫茶『ザ・コーヒー』を去った。


 沼名河の言う通り、俺には天才を包容できるだけの器があるのだろう。自分の限界を知っていて、天才に敵わないことも知っていて、嫉妬が無意味だということも知っていて、何より結祈を通して天才という生き物がどういう生き物なのかを知っている。天才にも天才の悩みがあるってことも知っている。だから、俺は須世理の傍にいられるし、その資格がある――と思われる。


 ――琴音のことを頼んだよ。


 俺しかいないらしい。彼女の傍らで、彼女の相手をするのは俺しかいないらしい。

 まあ、俺はあいつの助手だから、助手であるうちはそのつもりだ。たとえ沼名河に言われなくても、俺はそうすることだろう。


 俺はアイスコーヒーを一気に飲み干し、『ザ・コーヒー』を後にした。


 それにしても、やっぱりコーヒー二杯で一八〇〇円の出費は高いと思います! 特に学生の身としては!


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