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オカルト探偵・須世理琴音の不可思議事件覚帖  作者: 硯見詩紀
第二章 翡翠の姫、襲来
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第9話

 これで五回目だ。俺は、あの空間に迷い込んでいた。


『はいはーい。呼ばれてないのに、あたしだよーん』


 陽気な陽気な天の声がそう言った。そして、天の声は続ける。


『さて、唐突なんだけど、これが最後の問題でーすっ!』


 最後の問題。そんなことを聞いて、驚く俺ではない。だってそもそも、事前にその情報を知っていたのだから。


 まったく、彼女の言う通りだった。



 *****



 凛然とした声で、須世理は言う。


「おそらく、次で最後でしょうね」


「は?」


 いきなりの発言で、俺はぽかんとした。


 俺は、須世理から俺の身の回りに起こる例のオカルトについて、説明を受けていた。どうやら、彼女はすべてを解き明かせたみたいなのだ。


「次で最後ってどういうことだよ?」


「最後は、最後よ。……とにかく、まずはあなたの身に起こったことを説明するけど、あなたはレーシーに迷わされていたのね」


「レーシー……」


 それって確か……、


「それは、森の精とかなんとかってやつだよな?」


 この前読んだラノベに出てきた気がする。


「そう。ロシアに伝わる森に棲んでいる妖精で、スラブ神話にも出てくるわ。そして、そのレーシーは森に訪れた人間を迷わして、その人間に謎かけをする悪戯好きの妖精なの。レーシーの謎かけが解ければ森から抜けられるし、解けなければ永遠に森の中を彷徨い続ける破目になる」


 つまり、あの異常空間は俺が迷い込んだ果てに辿り着いた異空間(森)であり、天の声が出題したクイズっていうのはレーシーの謎かけに相当するわけだ。そして、不正解のときに事務所へ行けなかったのは、レーシーの謎かけに解けなかった者が永遠に森の中を彷徨い続けるという伝承に起因している。


「あなたは、レーシーの伝承に基づいた魔術によって、彼女から嫌がらせを受けていたのよ」


 須世理は、そう言った。



 *****



 俺は、レーシーに迷わされていたのだ。この誰もいない異常空間は、レーシーの伝承に基づく魔術が原因で作られた迷いの果ての異空間。


『それじゃあ、ワトソン君。最後の問題、張り切って行こうか!』


 俺には、天の声がこれから何を言うのかは大体予想がついている。


 天の声は、こう言った。


『じゃじゃん! あたしの名前は何て言うでしょーかっ!?』


 やはり、その問題はこれまた彼女の予想通りのものだった。



 *****



 須世理琴音は、こう言った。


「あなたは、彼女から嫌がらせを受けていたのよ」


 俺は、須世理に天の声が女の声だなんて一言も言っていない。なのに、須世理は、魔術の行使者の正体を女だと見破った。しかし、須世理の言った「彼女」という言葉には、他の意味もあり気だった。おそらく、須世理は俺に嫌がらせをした人間の正体を知っている。


「杵築くん」


 須世理が、俺を呼ぶ。


「おそらく、最後の問題の内容はこうよ」


 彼女は黒い瞳をこちらに向けて、こう言った。


「――あたしの名前は何でしょう?」



 *****



『制限時間は毎度お馴染み一五秒だよん』


 天の声は言った。


『それじゃあ、スタート!』


 俺は、考える――までもなかった。


 だって、俺はその答えをすでに知っているのだから。


 だから、俺は間髪入れずに口を開く。


「お前の名前は――」



 *****



「俺は、なんて答えればいいんだ?」


 俺は、須世理にそう訊いた。


 須世理曰く、最後の問題は『あたしの名前は何でしょう?』とのことなのだ。それなのに、俺は天の声の名前なんて知りはしない。でもたぶん、須世理はすでに分かっている。


「この謎は、問題の答えに意味がある」


 須世理は笑みを浮かべて、言う。


「恋、翡翠、《the_Son》、g。まずは、翡翠の話をしましょう。翡翠から連想されるものはいくつかあるわ。それこそカワセミとかね。でも、この場合、この翡翠が指す言葉は――ヌナカワヒメでしょうね」


「ヌナカワヒメ?」


 なんじゃそりゃ? 名前から察するに、日本神話に出てくる神様か何かか?


「ヌナカワヒメは『古事記』に出てくる神様の名前よ。そして、新潟県糸魚川市姫川の翡翠(ヒスイ)を支配する祭祀女王でもあるわ」


「つまり……翡翠=ヌナカワヒメ?」


「この場合はそういうことになるわね。たぶん、翡翠からこれを連想してほしかったんでしょう。……じゃあ、次。《the_Son》とgの話をする。《the_Son》のtheは不要な言葉でしょうね。重要なのはSonの部分。Sonとgを組み合わせてみなさい。どうなる?」


 言われて、脳内にその二つの字を思い浮かべてみる。


 ……《Son・g》……《Son+g》……《Song》……。


「Song……歌のことか?」


「その通り」


 言って、須世理は続ける。


「Song――この場合、日本語訳して《歌》という意味で使わせたいのね。そして、恋なのだけど、これはこのまま《恋》でいいわ」


 恋、ヌナカワヒメ、歌。四つの問題の答えをいろいろな方向から解読した結果、そういうことになった。でも、だから何? 何も分からない。


「順番に並べ替えると、ヌナカワヒメ・歌・恋の順になるわ」


「いや、順番を変えられても分からんのだが?」


「まあ、そうでしょうね」


 杵築くん、と須世理は俺の名を呼ぶ。そして、こう続けた。


「とにかく、あなたはこう答えればいいの。あなたの名前は――」



 *****



「――沼名河(ぬなかわ)歌恋(かれん)、とね」

「――沼名河歌恋、だろ」



 *****



 俺は、天空に向かって答えを言い放った。


『……、』


 天の声は何も言わない。


「そうだよな? お前の名前は沼名河歌恋で合ってるよな?」


 沼名河歌恋。これが、須世理琴音の導き出した答えだった。ヌナカワヒメのヌナカワから沼名河という苗字に至り、歌と恋から歌恋と言う名前に至ったとのことだ。


 そして、この沼名河歌恋は須世理の幼馴染で、彼女と同じ魔術師だそうな。そういうことなら、この答えに至るのも無理はない。


 静寂が漂う。いつもより長い静寂だった。


 そして、


『大正解!! 大正解、大正解!! いやー、さっすがはワトソン君だねー。それじゃ、この《森》からあんたを出してあげましょう』


 天の声がそう言った。


 異常空間は、通常空間へと戻る。


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