第3話
結局、昨日あったことは須世理には伝えていなかった。伝える暇がなかったのだ。なんかいろいろ雑用させられているうちに、伝える機会を失った。
そして、今日だ。放課後。いつものように須世理探偵事務所に向かっている最中。
また、あの現象に出会った。
『はいはーい。また会いましたね、ワトソン君?』
誰もいない空間。天から注がれる女性の声。……にしても、俺は天の声さんの姿を見ていないのに、彼女の『また会いましたね』という言葉は適切なのだろうか。
『それじゃー、昨日に引き続き、第二問!』
天の声は、早速謎かけを始める。
『じゃじゃん! カワセミという鳥がいますね。その鳥の別名は、なんと言うでしょう?』
……謎かけっつーか、クイズだな。今回のこれは。
それにしても、カワセミの別名だと? 俺は知らないぞ? 俺に野鳥観察の趣味があれば話は別なんだろうけど……生憎俺にはそんな趣味はない。
『制限時間は一五秒。ささ、さっさと答えてワトソン君?』
おいおいおいおい、ちょっと待て! だから、俺は分からないと言っている……っ!?
「ヒントは!? ヒントはないのか?」
『ワトソン君たる者、このくらいできて当然じゃないかなー?』
俺は、ジョン・H・ワトソン本人ではない。そりゃあ、ホームズの助手さんならば、このくらいできて当然だろう。彼は博士だしね。
『あと、一〇秒。お手上げかなー?』
カウントダウンが迫りつつある。こういう状況に追い込まれると、どうにかして答えなきゃいけないって思ってしまう。これ、人間の心理かな。
それにしても、一向に分からない。カワセミの別名だと? どんな別名があるんだ? カワセミは確か、青色だったよな? てことは、あれか? アオ、とかか? いや、そんな捻りのない別名があって堪るか。では、なんだ? ……まったく、昨日の問題から遥かに難易度アップしてるじゃないか。
『あと五秒。五、四、三、二、一、〇。答えをどうぞ、ワトソン君』
「……アオ」
『ぷっ……』
今、一瞬笑い声が聞こえた。笑ったな! こんにゃろうっ!?
『アオって……くくく。そりゃ、カワセミは青色だけど、そりゃあんまりに安直でしょ。つーか、カワセミの色は、厳密に言えば青色じゃないし』
「それは、つまり……」
たぶんこのとき、天の声さんは凄く愉快そうな顔をしたんだと俺は思った。天の声は嬉々とした声色で、言う。
『不正解だよーん。残念でしたー。それでは、ワトソン君? 回れ右をして、帰りましょうか?』
何を言っている?
「ちょい待ち。俺、これから行くとこあるんだけど?」
『知ってるよー。知っているからこそ、そう言っているんだよ。さぁ、早く帰りなさい。あんたは、行きたい場所には行けない。どうやっても、行けない』
「何言って――」
『ばいばーい。そして、また明日会いましょう』
そして、その異常空間は元に戻った。いつもの風景がそこに広がる。
さっきの天の声の言葉が気になったが、とりあえず気にせずに先を急ぐことにした。
*****
そして、俺は須世理探偵事務所へ足早に向かおうとしたのだが……。
「あれ?」
俺は歩道の真ん中で、首を傾げていた。
「迷った?」
どういうわけかは知らない。どういうわけかは知らないが、須世理探偵事務所に行けない。何故だ。俺は、ちゃんといつもの道を通っていたはずだ。このルートを辿れば、ちゃんと須世理探偵事務所に行けるはずなのだ。
なのに、どうして――行けない?
別に、ここが知らない場所であるというわけではない。ここは事務所のあるビルを通り過ぎたちょっと先の所。ここから回れ右をして、引き戻せば、須世理探偵事務所に行けるはずだ。そう思い、俺は引き戻してみる。みるが……、
「ん?」
どういうわけか、事務所に行けない。また通り過ぎてしまった。もう一回。――また通り過ぎる。もう一回。――またまた通り過ぎる。
まるで、事務所が俺の見つけられないどこかへ隠れてしまったようだ。
事務所は見当たらず、どこにもない。いや、そこにあるはずなのだけれど、俺にはそれが発見できない。だから、そこへ行けない。行けないのならば、どうする? どうすればいい?
「……はあ。仕方ない」
須世理には悪いけど、今日のところは潔く帰ろうか。そして、明日、彼女にこのことを話そう。おそらく彼女ならば、この謎を解明してくれるだろう。彼女の聡明な頭脳なら、できるはずだ。
須世理の顔が拝めなかったのは少し残念な気がしたが、仕方ない。俺は、帰路に着くことにした。




