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9 掴んだ手

 レオンの話を聞くために、私の部屋へやってきた。いつもは作り置きのご飯を渡すためだったり、ちょっとした雑談とか相談とかそういうために私の部屋に来るけれど、今回は違う。


 ダイニングテーブルの椅子へ向かい合うように座って、レオンは小さく息を吐いた。そんなレオンを見て、私は思わず立ち上がろうとした。


「何か飲む?温かいものとか……」

「いや、いい。……早く、ちゃんと話がしたいから」


 そう言って、レオンはジッと私の目を見た。綺麗な夜明け前の色の瞳が不安げに揺れている。行場を失った私の手は、そのまま机の上に置くしかなかった。


「遊園地で会った男は、向こうの世界で俺の命を狙っていた奴だ。あの男に殺されそうになる直前、俺はなぜかこっちの世界にいた。そして、ノゾミに出会ったんだ」


 レオンは手を伸ばして、机の上にある私の片手を、上からそっと握りしめる。


「俺は、向こうの世界で、……暗殺の仕事をしていた。生まれてから当然のようにそう在るように育てられた俺には、そう生きるしか道がなかった。あの男が俺を狙っていたのは、暗殺者である俺を消そうとする人間の依頼を受けたからだ」


 きゅっ、とレオンの掴む手の力が強くなる。そして、静かに俯くとまた静かに離し始めた。


「こっちの世界に来て、ノゾミに助けられて、初めは意味がわからなくてどうしていいかわからなかった。それでも、少しずつこっちの世界に慣れて、帰れるかどうかもわからない状態で、……むしろ俺は帰れなくてホッとしていたんだ。もう、誰も殺さなくて良いし、殺されそうになる恐れもない」


 俯きながら、静かに淡々と紡がれるその声は、ほんの少しだけ震えているようだった。


「ノゾミのそばにいて、この世界でずっと生きていければいい。大切なノゾミの笑顔を守れれば、俺はそれでよかった。他には何もいらない。ただ穏やかに、ノゾミと一緒に生きていけたなら、ってそう思っていた。だけど……」


 静かに、レオンが顔を上げる。そこには、今までみたこともない悲しげな表情のレオンの顔があった。


「あいつと会って、俺はそんな未来を望んじゃいけないって思ったんだ。あいつがこの世界にいるってわかった以上、ノゾミのそばにはいられない。ここにはいられない。いたらノゾミたちに迷惑がかかる」

「だからって、勝手にいなくなろうとするなんてひどいよ。遊園地から帰ってきて、レオンのことが本当に心配で、苦しくて……!レオンの身に何かあるんじゃないかって思ったら、どうしようもなくて……」


 レオンの手を掴み直して、ギュッと握りしめる。


「ここにはみんながいる。それに、こっちにはおじいちゃんだっているんだよ。迷惑なんかじゃない。レオンが全部を一人で抱えることなんてないよ」


 レオンの目を真っ直ぐに見つめてそう言うと、レオンは眉を下げて小さく息を吐いた。


「……俺は向こうの世界で人をたくさん殺めている。俺の手は血で汚れてるんだ。そんな俺が、ノゾミのそばにいていいわけがない。……今更だけどあいつに会って、つくづくそう思った」


 そう言って、レオンは私の手から自分の手を離そうとした。でも、私はレオンの手を掴んで離さない。


「っ、なんで掴んでるんだよ」

「……向こうの世界ではそうなのかもしれない。確かに、暗殺者だなんて怖いよ。でも、こっちの世界でレオンは誰も殺してないじゃない。私は、向こうの世界でのレオンを知らない。私が知ってるのは、こっちの世界で一生懸命生きようとするレオンだよ。かっこよくて頼もしくて、たまに意地悪だけど本当はすごく優しいレオンだよ」


 なぜかポロポロと涙が溢れてくる。私は、いつの間にか泣いていた。

 

「どうして……ノゾミが泣くんだよ」


 掴んだ手を握り返しながら、レオンはそう言った。


「私は、レオンに勝手にいなくなってほしくない。レオンはもう私たちの家族だよ。大切な人だよ。知らない間にレオンの身に何かあったら、私……」


 涙が止まらない。溢れ出てしまう涙を必死に片手で拭っていると、レオンが立ち上がり私の隣に座った。


「ごめん、泣かせるつもりじゃなかった」


 そう言って、レオンはそっと私を包み込む。レオンのぬくもりと匂いがして余計に涙が止まらない。


「もう、勝手にいなくなったりしないから。約束する」

「うっ、ひっく、ぜっ、たい、絶対、だよ、っく」

「ああ、絶対にだ」


 そう言って、レオンは少しだけ体を離すと、私の額にキスをした。


「……!?」


 びっくりしてレオンを見上げると、レオンはほんの少しだけ意地悪そうな顔をしている。でも、瞳の奥には溢れんばかりの優しさがあった。


「びっくりして涙は止まったみたいだな」

「ーっ!もう!すぐそうやって調子に乗る!」

「ははは!……でも、俺なんかがって思っていたけど、そうやって泣いてくれるってことは、少しは調子に乗ってもいいってことだろ?」


 そう言って、またふんわりと優しく腕のなかに包み込まれた。私の心臓も、レオンの心臓も、トクトクといつもより速く鳴っている。


「……ズルいよ」


 そう呟くと、レオンはまた嬉しそうに笑った。




「とりあえず、これからどうするかだな」


 私が落ち着くと、レオンは隣に座ったままこれからのことについて話し出した。


「おじいちゃんに報告するつもりだけど、もしかしたらレオンを狙った男を見つけ出してくれるかもしれない。ラースも探そうとしてたしね」

「二人ならもしかするともしかするかもな。……あとは、見つけ出してどうするかだ」


 レオンを殺そうとしてくるかもしれない。そうなった時、レオンは正当防衛のために相手を攻撃せざるを得ないかもしれない。


「そのことなんだけどさ、あの時そばに女の人がいたでしょう?あの人、もしかしたらレオンを狙った男の大切な人かもしれないよね」


 見た感じだと、とても親密そうだった。女性の声にだけあの男は耳を傾けていたくらいだ。


「あの女を人質にとるとか、そういうことか?」

「違う!そうじゃなくて、レオンを狙った男にも大切な人がいるなら、話し合いできるんじゃないかなと思うの。レオンが私を思って色々と考えてくれたみたいに、あの女の人のためなら話し合いしようって思ってくれないかなって。それに、あの女性だってあの男になにかあったらきっと心配で辛いと思うんだ」


 私の話に、レオンは考え込むように机をジッと見つめる。


「なるほどな。もしそれができるならそれが最善だと思う。でも、あの時のあいつの殺気を思うと、そう簡単にはいかないと思うけどな」

「そっか……」

「でも、やってみる価値はあると思う。そのことについても、じじいとラースたちに話してみよう」

「うん」


 ホッしてレオンに笑いかけると、レオンも柔らかく微笑んだ。よかった、いつものレオンの雰囲気に戻ってきている。


「……本当にごめんな、俺のせいでなんかこんなことになって」


 そう言って、レオンは私の手をそっと掴む。


「ううん。確かにびっくりしたけど、異世界の迷子を拾って一緒に住んでる時点で、もう何が起こってもおかしくないって思っているもん。だからレオンがそんなに気に病む必要ないよ。みんなレオンのこと大好きだし、レオンのためならって思ってる」


 そう言って微笑むと、レオンは私の手を優しく指でなぞった。


「ノゾミも、俺のことが大好き?」

「……はっ?」


 急な質問に驚いて手をひこうとするけど、レオンの掴む力が強くて離すことができない。


「みんなが俺のことを大好きなら、ノゾミも?」

「そ、それは、えっと、う、うん!大好きだよ」

「どういう意味で?家族的な感じで?それとも、……もっと別の意味で?」

「なっ……!」


 レオンの目を凝視すると、レオンの瞳は真剣そのものだ。どう答えたらいいかわからず絶句していると、レオンはフッと眉を下げて笑った。


「悪い、追い詰めるつもりはないんだ。ただ、……ノゾミが俺のために泣いてくれたことが、辛いはずなのに反面すごく嬉しかったんだ。だから、つい意地悪言った」


 レオンはそう言って、私の片手を自分の頬に当ててすり寄っている。レオンの肌の温もりが手にダイレクトに伝わって、なんだか恥ずかしい。


「今は、もう高望みしない。ノゾミがどんな形であれ、俺を大切に思って、泣いてくれて、大好きだと言ってくれるだけで嬉しいよ。でも」


 綺麗な夜明け色の瞳がジッと見つめてきて、私を射抜く。


「全部終わって落ち着いたら、やっぱりノゾミには俺を特別に思ってほしい。やっぱり、これは譲れないって再確認した。だから、覚悟しといてくれよ」


 そう言って、レオンは私の手の甲に軽くキスを落した。




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