8 アサシン
「レオン……?」
レオンの尋常ではない様子に驚いていると、ぼそり、とレオンの知り合いと思われる男性からなにかぶつぶつと呟く声が聞こえる。
「ろす、殺す、絶対に殺す」
ハッとして声の方を見ると、おどろおどろしいほどの殺気と夜叉のような表情をした男性がレオンを睨みつけている。殺す?レオンのことを殺すって言ったの?
「ディオ、ディオ!」
隣にいた女性が、必死に男性を腕を掴んで揺らしている。ディオと呼ばれた男性は我に返って女性の方を見た。さっきまでの殺気が消えて、優しそうなごく普通の男性の表情に戻っている。
「帰ろう、二人の家に。ね?」
「……あ、ああ」
女性は私の方を見て小さくお辞儀をすると、男性の手を取って歩き出した。男性も女性の歩く方へ足を向け歩き出した、けれど。一瞬、レオンの方を睨みつけた瞳が、まるで心臓を凍らせてしまうほどの恐ろしい瞳でビクッとする。
「うっ!」
二人がいなくなって、すぐにレオンは口元を抑えて横を向いた。
「レオン!?」
「うっ、おえっ、はっ、はあっ」
吐きそうなのに何も出てこない。でも、レオンはあまりにも苦しそうだ。どうしていいかわからず、レオンの背中をさすることしかできない。
「ご、め……」
「いいよ、いいんだよ、気にしないで。そんなことよりも大丈夫?何か飲んだ方がいい?水とか買ってこようか?」
そう言った私の手を、レオンはガシッと掴んだ。レオンの顔は、酷く不安げで苦しそうだ。
「……どこにもいかないでくれ」
その言葉に、私は目を大きく見開いてから大きく頷いた。
「うん、大丈夫。どこにもいかない。私はレオンの側にいる。大丈夫。落ち着いたら、帰ろう?」
そう言うと、レオンは小さく頷いて呟いた。
「……早く帰りたい、あの家に」
*
「レオンを殺すって言った男がいるぅ?」
遊園地から帰って来た私は、レオンを部屋まで送りレオンが寝付くまでレオンの側にいた。レオンが寝た頃にミリアちゃんたちが帰って来たので、共用スペースでミリアちゃんたちにディオと呼ばれる男のことを話している。
「何よその男、うちのレオンとノゾミンの仲を引き裂こうとしてるってこと?うちの最推しCPの平和を脅かそうなんていい度胸だわ。返り討ちにしてやろうじゃない」
ミリアちゃんはそう言ってパキッパキッと指を鳴らす。ええ、なんでそう言う話になるの?
「その男、もしかするのレオンと同郷かもしれないな。だが、ノゾミやノゾミのじじいに保護されたわけでもないのになぜこの世界で生きているのか」
ラースが考え込むように唸る。
「私も不思議なんだけど、その男の横に女の人もいて、その人はこっちの世界の人っぽかったの。もしかしてその人に拾われたのかな」
「運よく助けてくれた人がいたってこと?」
「たぶん。その人に向けた視線はすごく穏やかだったもの」
話を聞きながら、ノルンさんは片手を頬に添えて困ったような顔をしている。
「レオンはその男と会って、あり得ないほど動揺し、吐き気を催すほどだった、と」
「……うん。あんなレオン見たことなかった」
「詳しく調べてみる必要があるな。ノゾミ、その男女の特徴を詳しく話せ。それから、じじいにもこの件を報告しろ」
「わかった」
ラースにそう返事をしてから、ふと自分の両手をみると少し震えていた。あのレオンが命を狙われている。そう思うだけで胸が苦しい。不安で胸がいっぱいだ。両目を瞑って深呼吸すると、ライドさんの声がする。
「レオンの元の世界のことは何か聞いていないのか?」
ライドさんの瞳が私をジッと見つめているけれど、私はそれを見つめ返しながら、否定するように首を振る。
「レオンと初めて出会ったとき、レオンは瀕死の状態だったんでしょ?」
ミリアちゃんにそう聞かれて、私は静かに頷いた。
「ライドさんと出会ったときよりももっと酷い状態で、でも、出会ってしまったから、見捨てることができなかった。おじいちゃんに治癒魔法をかけてもらって、ずっと看病していたの。意識が戻るまでも、レオンはずっとうなされていて……見ていて辛いほどだった。だから、目が覚めてからも詳しいことは聞く気になれなくて」
私がそう言うと、ミリアちゃんが私の目をジッと見つめてぽつり、と言葉を発した。
「……たぶんなんだけどさ、レオンはアサシンだったんだと思う」
「アサシン……?」
「そ、えっと、暗殺者とか刺客とかって言えばわかりやすいかな。レオンは何も言わないしこっちも詳しく聞いてないけど、立ち振る舞いとかでなんとなくそうかなって思うんだよね」
ミリアちゃんの発言に、その場にいた他のメンツも皆同意するように頷いた。え、異世界人にはそういうの、わかるものなの?驚いて絶句していると、ミリアちゃんが渋い顔で話を続ける。
「レオンがアサシンとなると、そのレオンに殺すって言った男、レオンが暗殺してきた人間の関係者か、もしくはレオンを狙う組織の人間ってところじゃないかな」
「しかもその男を見てレオンの様子もおかしかったとなると、こちらに来る直前、レオンへ致命傷を負わせた人間という可能性もあるな」
ラースがそう言うと、ライドさんは盛大に眉間に皺を寄せた。心臓が、またバクバクと嫌な動き方をする。どうしよう、レオンの命が本当に危ないってことになる。
ふと、ラースさんが何かに気付いて突然姿を消した。えっ、と思った次の瞬間にはまた姿をあらわしたけど、そこには首根っこを掴まれたレオンもいる。
「レオン?えっ?どうしたの?」
「こいつ、勝手にどこかへ行こうとしていたから捕まえてきたぞ」
「……はっ?勝手に!?どうして……」
レオンを見ると、バツの悪そうな顔をして視線をそらしている。そんなレオンに、ミリアちゃんがあきれたような顔で声をかけた。
「どーせノゾミンの側にいたらノゾミンが危ないから、とか思ったんでしょう。ってかその前に、私たちはノゾミンのおじいちゃんに監視魔法で監視されてるんだから、逃げたところで見つかるでしょうに」
「それでも、ノゾミからは離れているべきだと思ったんだよ。……ノゾミを巻き込みたくない」
レオンが静かにそう言って俯くと、その場が静かになった。
「レオン、私のことを心配してくれるのはありがたいけど、勝手にいなくなるなんてしないでよ。私、レオンがいなくなったら心配で……」
「俺がそばにいるせいでお前の命まで危険にさらされるんだぞ!そんなの絶対にダメだ!」
「レオン……」
レオンの怒号に驚いて目を見張ると、レオンは私の顔を見て傷ついたような顔をして視線を逸らす。
「悪い……」
「あのさあ」
ミリアちゃんが腕を組んで口を開いた。
「レオンがノゾミンのこと心配する気持ちはわかるよ?でもさ、もうこれはレオンだけの問題じゃ無くなってるわけよ。私たちのようにノゾミンやおじいちゃんに助けられた異世界人だけじゃないってわかったんだもの。この場所だって特定される可能性はゼロじゃない」
そう言って、ミリアちゃんはじっとレオンを見据える。
「レオンはまるで一人で戦うみたいな口調だけどさ、私たちだっているじゃん。最強の魔術師、魔王、聖女、騎士。これだけのメンツが揃ってるんだから、ノゾミンを守れないわけないでしょ?」
「ミリア……」
「一体何があったかは知らないけどさ、一人でなんでもやろうなんて思わないでよ。何より、そんなのノゾミンが望んでないでしょ?これ以上ノゾミンに悲しい思いさせるつもり?そんなの、私が許さないんだから」
ふん、とノゾミンが鼻息を荒くすると、ラースたちも同意するようにレオンをじっと見つめている。レオンは頭をガシガシと書いて、小さくため息をついた。
「はあ、わかったよ。……迷惑かけることになって、本当に悪いと思ってる」
「そこはよろしく頼む、でしょ!」
「……ってぇっ!叩くなよ!」
ミリアちゃんとレオンのやりとりにその場のみんなが笑っているし、私もつられて笑ってしまう。よかった、ミリアちゃんのおかげで、いつもの雰囲気に戻っている。
「とりあえず、今後どうするかの作戦会議はまた明日朝に行うとして、レオン、ノゾミちゃんとちゃんと話をしたら?ノゾミちゃん、すごく心配してたの。安心させてあげて」
ノルンさんが優しく微笑みながらそう言うと、レオンは悲しそうな顔で私を見た。
「……ノゾミ、部屋に行っていいか?」
「……うん。ちゃんとレオンのこと知りたい。話せることだけでもいいから、聞かせて」




