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10 二人の物語

「ノゾミ、見つかったぞ」


 レオンを狙った男を見つけるのは時間がかかるかと思っていたけれど、予想に反してあっさりと見つかった。ラースがおじいちゃんと協力して居場所を突き止めたらしい。さすがはおじいちゃんと魔王、仕事が早い。


 マンションの談話スペースにみんなが集まる中、ラースがみんなの目の前に魔法でウィンドウを開いた。そこには、遊園地で出会ったレオンを狙った男の姿が映っている。


「ディオ、という名前でやはり異世界から来ているようだ。ユカリというこちらの世界の女と一緒に住んでいる。恐らくユカリがディオを拾ったのだろうな。ユカリと一緒にいるときのディオは穏やかで殺気めいたものは感じない」


 ウィンドウに映るディオとユカリさんを見ていると、本当に仲睦まじい様子がわかる。遊園地で見た時のような、恐ろしい顔はどこにもない。


「ノゾミのじじいと相談して、ディオを周囲になんの障害物もなく人がいないだだっ広い場所へ連れて行き、レオンがディオと話をするのが一番いいだろうと言うことになった。素直に話に応じるかどうかはわからん。戦闘になってもいいような場所をじじいが選んでくれる」


 ラースの言葉に、レオンは真剣な顔をして頷いた。ノルンさんは心配そうにレオンを見ている。その横で、ミリアちゃんが勇ましい顔で口を開いた。


「戦闘になるようだったら私やラース、ノルンもレオンの援護をするから心配しないで」

「そのことだが、できればディオと二人きりで話をさせてほしい」


 レオンの言葉に、ミリアちゃんは驚いた顔をする。二人きりだなんて、どう考えても危なすぎる。


「レオン、私がレオンを見つけた時、レオンは瀕死の状態だったんだよ。あの人、きっと強いんだよね?二人きりだなんて危なすぎるよ!」

「……それでも、いきなり知らない場所に飛ばされて目の前に俺だけじゃなく他の人間がいたら、警戒して話し合いにならないかもしれないだろ。すぐに戦闘になっても困る。できることなら、きちんと話し合いたいんだよ。だから、最初は二人きりにさせてほしい」


 私の言葉に、レオンは神妙な顔でそう返事をする。


「それならば、何があってもすぐに駆け付けられるよう二人を遠隔で見張っておこう。戦闘が始まるとわかったら、お前の許可なく俺たちはお前の援護をする。いいな?」

「……ああ」


 ラースの言い分に、レオンは渋い顔でうなずいた。それなら安心だと私もノルンさんもホッとする。皆がそれぞれ自分にできることをするなら、私だってレオンの役に立ちたい。私は皆のように戦うことはできないけど、私には私なりのやり方でレオンを助けたいんだ。


「あの、私からもひとつ提案があるんだけど、いいかな?」


 私は、そっと片手を上げて皆の顔を見渡した。



 

 *



 それから数日後。ついに決行の日はやってきた。私は、隣町のマンションの一室の玄関前に立っている。ふーっと静かに深呼吸をしてから、インターホンを押す。


「はい」

「初めまして。佐々木と言います。ディオさんの件でお話したいことがあってお伺いしました。……ディオさん、今朝突然いなくなってますよね?うちのレオンと話し合うためにディオさんをお借りしています」

「……っ!」


 インターホンのカメラに向かってそう言うと、ガチャン!と切れる音がしてすぐに玄関が勢いよく開いた。そこには、焦った顔で私にすがりついてくるユカリさんがいた。


「ディオは、ディオは何処なんですか!?どうしてレオンさんと話し合わせるなんてことしたんですか!?二人は、会わせちゃいけないのに!!あなただってレオンさんのこと大切なんでしょう!?どうして……」

 「……落ち着いてください。話をすると長くなるので、中に入れていただいても良いですか?」


 ユカリさんは私を見て明らかに動揺している。でも、すぐに視線を落とすと、小さく息を吐いてからどうぞ、と中へ促してくれた。




「紅茶しかないんです。すみません」

「ありがとうございます。あ、これ地元で人気のお菓子です。ディオさんとお二人で食べてください」

「……」


 お菓子を受け取ったユカリさんは、静かに私の向かいの席に座る。シンプルな内装の部屋には、ユカリさんとディオさんが一緒に暮らしているのだとわかる生活感が漂っていた。きっと、おだやかであたたかい暮らしをしているんだと思う。


「それで、今ディオはどこに?レオンさんと一緒にいるってことですよね?二人は無事なんですか?」

「二人は、とある場所で話し合いをしています。……きちんと話し合いができているかどうかはわかりません。私の仲間たちが二人を遠隔で見守って、二人が戦うようであれば止めに入ることになっています」


 私の話を聞いて、ユカリさんは自分で自分の体を抱きしめるようにしながら、ぎゅっと唇を噛みしめた。


 「私が今日ここに来たのは、ユカリさんにディオさんを止めてほしいんです。レオンからディオンさんとの確執については聞いています。ユカリさんも、きっとディオさんから聞いているんですよね?」


 ユカリさんは、小さく頷いた。


「佐々木さんは、レオンさんがその、この世界の人間じゃないことを知っているんですよね?」

「あ、ノゾミって呼んでください。……レオンが異世界人ってことは知っています。実は私、異世界から来た迷子を拾ってひとつのマンションに住んでもらい、この世界で問題なく生活できるようにサポートしているんです。私の祖母と祖父が始めたことなんですけど、今は私も手伝っています」

「……異世界人を、拾ってサポート?ということは、レオンさんやディオ以外にも異世界人がいるってことですか?」


 私の話に、ユカリさんは驚いて目を大きく見開いている。


「皆知らないだけで、結構異世界人がいるんですよ。今同じマンションに住んでいるのは、レオンを含めて四人です。他にも、以前マンションに住んでいて今は独り立ちしてる異世界人が何人もいます。あ、この話はどうかここだけにしてくださいね。まあ、他の人に言ったところで、何をおかしなことを言ってるんだと信じてもらえないと思いますけど。ちなみに、私の祖父も異世界人です」


 祖母が異世界に飛ばされて住んでいたこと、そこで祖父と出会い恋に落ちたこと、それからのあれこれを一通り話すと、ユカリさんは大きく見開いていた目をさらに大きく見開いて唖然とした。


「そんなことが……あり得ないと思いたいですけど、でも実際にディオはこの世界に迷い込んできてますし、本当のことなんでしょうね」

「ほとんどの迷子は祖父と祖母、私で保護していたので、まさか一般の人が異世界人を保護して一緒に生活しているなんて思わなかったんです。ユカリさんはディオさんと一緒に住んでらっしゃるんですよね」

「……もしかして、ダメなことでしたか?」


 ユカリさんが不安げな瞳で私を見ているので、私は否定するように慌てて両手をバタバタと振った。

 

「いえ、そんな!ただ、詳しいことも知らず異世界人と一緒に暮らすのってすごく大変だったんじゃないですか?それに、見ず知らずの異性を家に入れるのも危ないと思いますし……」

「それは……そう、ですね。でも、ボロボロになって倒れているディオを見て、そのままほおっておくなんてできないと思ったんです。最初は異世界人だなんてわからなかったですし、すごく綺麗な人だなってしか思いませんでした。当時、私も色々あって全てがどうでもいいと思っていたんです。だから、ディオを家に入れることも抵抗がありませんでした」


 ユカリさんがディオを見つけた時、ディオはボロボロな状態で道に倒れていたらしい。家のすぐ近くだったから声をかけ、家に連れて行ったそうだ。


「傷の手当てが終わったら、急に抑えつけられて押し倒されて、お前は誰だ、何者だ、俺を助けてなんになる、とものすごい剣幕で言われたんです。俺の姿を見たんだから生かしておくわけにはいかない、このままお前を殺してやるとも言われました。でも、私は全然怖くなかった。こんな美しい人に殺されるなら別にそれでもいいと思ったんです。そのくらい、当時の私は本当に疲れ切って、やさぐれて、全てがどうでもよかった。でも、それを言ったらディオはなぜか私を解放したんです。あの時のディオの怒ったような、悲しそうな不思議な顔は忘れられません」


 ユカリさんは、ふわっと穏やかな笑みを浮かべてそう言った。


「それから、なんだかんだでディオはうちに居座って、二人で住むようになっていました。ディオが来てから、すさんでいた私の心も日々も、どんどん色づいてキラキラとしていたんです。……それが、あの遊園地の日以来、ディオの様子がおかしくなってしまった。今まで向こうの世界での話は一切しなかったのに、レオンさんとのことについて話したんです。ディオは仕事でレオンさんの命を狙っていて、あと一息というところでレオンさんの姿が急に消えてしまった。それを知った雇い主が、レオンさんを殺せず逃がしてしまったということで今度はディオが命を狙われることになった。自分が死にそうになったのはレオンのせいだと、ものすごい形相で言っていました」


 俯きながら、震える声を絞り出すようにしてユカリさんは言う。さっきまで幸せそうだったのに、今はこの世の終わりだと言わんばかりの顔をしている。見ているこっちまで辛くなるほどだ。


「もう、あっちの世界のことは忘れて暮らそうと何度も言ったんです。それでも、遊園地でレオンさんを見て以来、ディオは夜うなされるようになりました。レオンさんがいる限り、自分はどこにいても幸せになんてなれないと言うんです」


 涙を目にいっぱい浮かべてユカリさんは私を見る。


「私は、ディオの向こうの世界のことなんて気にせず、こっちで幸せに暮らしてほしいだけなんです。だから、もう二度とレオンさんと会うことのないようにって、思っていたのに……!」


 両手で顔を隠しながら、ユカリさんは泣いている。ユカリさんの気持ちは、よくわかる。私だって、レオンには向こうの世界のことなんて気にせずこっちで幸せに生きて欲しい。皆と今まで通りたくさん笑ってほしい。


「私も、レオンにはこっちの世界で幸せに生きて欲しいんです。だから、ユカリさんの気持ちはすごくよくわかる。ユカリさん、一緒に、レオンたちのところへ行きましょう。ディオさんを止めることができるのは、ユカリさんだけです」





 

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