5.10.出したくない味方
濃厚な重圧が周囲に襲い掛かる。
それに反応してか溶岩が更に熱を発しているような気がした。
これは里川は自らに向けられている殺意に反応しているものだ。
ゴボゴボと気泡が噴き出しているだけだった溶岩が、今では大量の赤い粘液質の液体を大量に噴き出している。
初めて姿を見たテールとメルでも分かる。
恐らく味方であろう炎を纏った男は、まったく喜ぶことのできない危険な増援であると。
レミが叫び散らした理由は見ただけでなんとなく分かる。
どう考えても周囲に悪影響を及ぼしかねない人物。
里川よりは不気味な姿をしていないが、それと同等な恐ろしさを有していた。
それだけで言えば里川よりも一枚上手かもしれないが。
男はゆっくりとこちらに近づいてきて、溶岩で固められた壁に足を乗せる。
ズジュッと肉の解ける音がしたが、まったく気にすることなく体重を乗せて簡単に乗り越えて見せた。
しっかりと足跡が溶岩についているし、服も少し燃えているようだが彼も魂だ。
瞬きをした瞬間に先ほどの傷は癒えており、彼はなんともない顔をしている。
ギョロリとレミを凝視したあと、今度はテールとメルを見た。
不気味な笑みを浮かべメルを指さす。
「俺を見とけ」
一言だけそう言って、男は里川へと目線を戻した。
彼がどういう意図を持ってメルにそう言ったのはテールには分からなかったが、言われた本人はしっかりと理解したようだ。
だからこそ痺れで震える手を押さえ、彼らの戦いを凝視する。
『俺の戦い方を見ておけ』
男はそう言ったのだ。
あの手の人物と戦う時は、それ相応のやり方というものがある。
姿を見ただけでメルの実力を看破した男は、それにあった戦い方を実演しようと頭の中で思い浮かべ、肩を回した。
「レミぃ……熱から、守れぇ……」
「言われなくても分かってますよまったくもう!! 槙田さんも手加減してくださいよ!?」
「ははぁ……、承知しかねるぅ……」
「知ってました! 凍れ!」
槙田と呼ばれた男の指示に苛立ちを露にしながら氷魔法を使って周囲を凍らせる。
ほとんど意味がない行為かもしれないが、何もないよりはマシだろう。
ツカツカと里川に向かっていく槙田の後ろ姿を見続けているテールは、守りに徹しているレミに問いかける。
「れ、レミさんあの人は?」
「槙田正次。善さんを除いた十一人の内、魔法では二番目の強さを持つ人よ」
「炎魔法?」
「そう……。なんで津之江さんじゃないのよ! 水瀬さんでもいいのにー!」
ただでさえ周囲が熱されているというのに、これではさらに熱くなる。
他にもいい人選はいるはずなのだが、どうして木幕が槙田を選んだのかレミには分からなかった。
確かに実力はある。
レミでも戦いに苦戦を強いられていた里川に勝るだけの実力は持っているはずだ。
しかし彼の素行は少し問題があった。
強者との戦いを、心底楽しむ。
その為だけにわざと手加減したり、明らかに一撃が入るタイミングでも打撃だけで終わらせて間合いを取ったりするのだ。
これだけであれば何ら問題はないのだが、彼の扱う魔法に問題があった。
木幕、槙田……西形や辻間もそうなのだが、彼ら侍と呼ばれる人物の持つ魔法はとにかくとんでもない火力と特殊性を持っている。
魔法が衰退していなかった遥か昔でも“すごい”と言わしめるだけの威力があったのだ。
では、戦いを心底楽しむ炎魔法使いが長い時間戦闘を続けたらどうなるか。
レミが昔に見た彼の戦いでは、炎は周囲を焦がし、建物を燃やし、人間を火葬した。
一戦だけでとんでもない被害が一つの街を襲ったのだ。
数十年という歳月をかけて作られてきた町が、一夜にして滅びるというのは他国からどの様な目で見られただろうか。
その原因は未だに分かっていないとされているのだが、その犯人はここにいる。
「……もしかしなくても、この港町やばいんですか?」
「多分消えちゃう」
「ぅえ!?」
これは比喩表現でも何でもない事実だ。
冗談を言っているとは思えないレミの顔を見て、これは真実であるとテールでも理解できた。
街が一つなくなるほどの戦い方をするということは、その間近くにいる自分たちはもっと危ない。
すぐさまこの場から逃げた方がいいのではないかと思って立ち上がろうとしたが、メルに腕を掴まれて立ち上がれなかった。
未だに振るえている手が、懸命に力を入れている。
もう手の痺れはほとんどなくなっていた。
ではこの震えは何なのかというと……一つの覚悟の表れだ。
メルは槙田に言われたことを真剣に遂行しようとしている。
よって、逃げることは許されない。
圧倒的強者からの指示というのは、一つの安心感と恐怖を覚える。
この場合は恐怖の方が上回っており、今はテールにしがみつくいてその恐怖を緩和させていた。
心のよりどころを必要とする“見取り稽古”。
だがこれを耐え抜き、彼らの戦いを目に焼き付けることができたのであれば、その心のよりどころを守るための道が開けるかもしれない。
だからこそ見る。
どれだけ怖くても、どれだけの熱が襲い掛かってこようとも。
視界の中でメルが彼らの戦いを何としてでも見るという決断を下してその場に固まっていたことを見ていたレミは、それに付き合うという選択肢を既に取っていた。
これからとんでもない戦いが始まる。
妖の剣、恨みの剣。
地獄から這い出てくるようなおどろおどろしさを無音の足音が表していた。
憎悪にまみれた怒りにも似た威圧が唸る喉から零れ出ている。
似た者同士の剣が、今……相まみえた。




