5.8.猛攻
完全に退路を塞がれた。
周囲は溶岩で固められてしまい、近づこうものなら灼熱が襲ってくる。
もし飛び越えようとしても彼の魔法ですぐにでも捕らえられて重傷を負ってしまうだろう。
とんでもない魔法だ。
そもそも無詠唱で魔法を発動させるなど、今この世界にいる人々はどう頑張ってもできないはずだ。
詠唱の中に魔力を乗せて発動させるのが基本だというのに、それをなしでやってのけるのだからいつ攻撃してくるか全く予想ができない。
彼の癖なのかどうかは分からないが、魔法を使う時は必ず足を大きく踏み込む。
だがあの様子だと、呼び動作なしで魔法を使うこともできるはずだ。
そもそも溶岩を操る魔法など、冒険者活動をしていたメルでも聞いたことがない。
キュリアル王国の高位ランクの魔法使いもこんな魔法を持っている人物はいなかった。
それに限らずどんな魔法使いでもこれ程の物量の流動物を動かすことはできないだろう。
灼熱の中で気泡が外へと逃げ出し、ゴポゴポという不気味な音が周囲から聞こえている。
その中央より少し離れた場所で、レミが最前線に立って里川と対峙している。
更に後ろにはメルがテールを守るようにして武器を構えており、テールも自衛のために剣を抜いていた。
『殺してやる。殺させろ。殺させてくれ。殺すしかない。殺さなければならない……。ぐぬはははははは!! さぁさぁ参ろうぞ主!! 我らを滅した藤雪を!! 今度こそ切り伏せるのだ!!』
「う、うわ……」
里川の持つボロボロになった日本刀から声が聞こえてきた。
心底恨みを抱えているような低い声は、聴いているだけでぞっとするほどだ。
憎しみの籠った声は次第に大きくなり、叫び始める。
先ほどと同じことを繰り返し口にし、必ず眼前にいる敵を滅さんという意志が伝わってきた。
一体どんな経験をしたら武器がここまでの恨みを持つのか。
木幕から里川は怨みの剣を使うと聞いていたが、それが武器にも浸透するとは知らなかった。
どちらも恨みと憎悪に埋もれた者同士。
そこから放たれる圧は、尋常ではない。
里川が一歩、歩く度に圧が増す。
重く、息苦しくなるような重圧が襲い掛かり、テールの胸を締め付ける。
ある程度剣を嗜んでいるものであればまだ耐えることができるようではあったが、この中で唯一まともに戦えそうなのはレミだけだ。
メルも必死に剣を構えて切っ先を向けているが、額から汗が大量に噴き出している。
テールに至っては膝をついてしまっていた。
これでは戦う以前に、逃げることも難しい。
二人が行動をとることが難しいということを気配で悟ったレミは、里川から一切目線を離さずに睨み続けていた。
垂直に立てた薙刀を自身の身に寄せ、刃を里川の方に向けている。
彼が一歩、また一歩と歩んできても顔色を一切変えることなく集中し続けて相手の力量を推し量った。
(最悪ね)
レミは心の中で舌打ちをした後、呆れるように眉を寄せた。
木幕の中には十一人の魂が眠っているのだが、彼らと共に強さの順位付けをしようものなら、レミはどう見積もっても一番下となる。
つまり、仙人の仲間の中で一番弱いのだ。
これは謙遜しているわけでも何でもない。
事実、本当に弱いのだ。
そして今対峙している里川の力量は、彼らの中でもトップクラスに入るとレミは理解していた。
彼の殺意からなる重圧を肌で感じれば、それくらいのことは分かる。
いうなれば一番弱い者が一番強い者に勝負を挑むようなものだ。
戦う前から勝負は決まっている。
しかしこれは、剣の技量のみで判断した場合だ。
彼らに負けない程の強みを、レミは一つだけ持っていた。
「氷よ! 冷やせ!」
基本姿勢の状態のまま魔法を詠唱する。
周囲に冷たい風が吹き、近くにあった溶岩をぴしゃりと固めてしまう。
狙いを絞るのが難しい魔法ではあるが、これくらい大きな対象であれば簡単に氷漬けにすることができる。
レミが唯一他の十一人に勝ることといえば、使える魔法の多さである。
さすがに強力な魔法は適性がない限り不可能ではあるのだが、たいていの魔法は使うことができる。
氷魔法もその一つであり、レミは意外にもこの氷魔法に適性があった。
そのため他の魔法よりも強力な攻撃を繰り出すことができる。
自分の魔法が凍らされたことに気付いた里川は、その場で跳躍した。
その瞬間、足元が一気に凍り付く。
普通ならあの一撃で捕えることができているはずだったのだが、さすがというべきか。
危機察知能力は軒並み外れているらしい。
「ぐぁっは、であらば奇術合戦といこうか」
「望むところ!」
里川が提案したのに対し、レミは大きな声でそう言った。
跳躍から自由落下した里川は、地面に着地した瞬間大量の溶岩の塊を地面から持ち上げる。
一方レミは薙刀をぐるりと半回転させ、石突で地面を突いた。
氷の壁が周囲から囲うようにして里川へと襲い掛かる。
しかしその氷は一瞬で溶けた。
溶岩の熱量が先ほどの比にならないほど上昇し、氷を一瞬で蒸発させたのだ。
氷が水となり、溶岩に触れて大量の水蒸気が周囲を覆った。
そこで里川は『しまった』と口にする。
視界を奪われてしまったことにようやく気付いたが、その時すでにレミは里川に攻撃を仕掛けていた。
「ふんっ!」
「とっ!」
下段から突き上げる様にして振るわれた薙刀を紙一重で回避する。
その瞬間片手だけで灼灼岩金を握って水平に振るう。
薙刀をバッと垂直に立ててそれを防いだレミは華麗な身のこなしで後退し、右足を軸に回転しながら基本姿勢に戻る。
「あっ!」
「ぐぁっはっは」
一瞬視界を切った。
ただそれだけのミスを的確に狙い、里川は後方にいるメルとテールに襲い掛かっていた。
回転方向と同じ方向に駆け出し、常に死角となるように位置取ったのだ。
してやられたと思った時にはもう遅い。
大きく振るわれた刃が動けないテールに向かって振り上げられた。




