5.5.研ぎに必要なこと
朝日が馬車の中に差しこんでくる。
丁度それが顔に当たり、眩しくなって目が覚めた。
いつも通り早起きのテールは目をこすりながら馬車から出て周囲を見渡す。
昨晩起きた時と同じ場所に居るようだ。
あれから移動はしていないらしい。
木幕とレミ、スゥが焚火の前に座っており、レミが料理を作ってくれている。
少し離れたところに沖田川がいて、腰に携えていた棒を手に持って遠くを眺めていた。
馬車の中から荷物を取り出していると、物音に気付いたのか、沖田川が振り返る。
テールを見てにこりと笑い、片手を上げた。
「やぁ、テール。おはよう」
「おはようございます」
「早起きなのは良い事じゃ。早起きは三文の徳ともいうからのぉ」
「沖田川さん、それはこの世界の人には通じないですよ」
「むぅ、そうなのか」
レミの指摘に肩透かしを食らった気分となったが、気を取り直してテールの剣を指さす。
「見せてくれぬか?」
「あ、はい」
すぐに腰から剣を抜き、丁寧に沖田川に手渡した。
彼はそれを手に持つとすぐに光に照らして刃を眺め、軽く刃先を触って切地を確かめる。
その手つきは素早く流麗で、一切の無駄がない。
一瞬で剣の特性を理解した沖田川は手に持っていた棒を腰に差し、その剣を持って構えてみた。
中段にまっすぐ構えられた剣は素直で、とてもやさしい。
沖田川の構えはほとんど棒立ちの状態で剣を中段に構えているものであり、見た目だけで言えばあまり派手ではなかった。
しかし素人目のテールから見ても、彼の構えには一切の隙がなく、どこから衝撃を与えたとしても地面深くに根を張っている大木の様に動く気配はない。
自分が動く時のみ、その枷を外して強烈な一撃を差し込むような構えだ。
しばらくその状態で動かずにいた沖田川は、一つ息を吐いてもう一度剣を見る。
「……テールや、お主は剣を嗜んでいないのか?」
「す、少しだけです。ずっと研ぎをしていましたから……」
「左様か。では一つ振って見せてくれぬか?」
「分かりました」
丁寧に剣を手渡してもらい、テールは足を少し開いて中段に剣を構える。
一つ息を吐いた後、剣を重力に任せて落とし、跳ね上げる様にして振り上げた。
リバスから教えてもらった技だ。
振り切った後残身を残し、沖田川を見る。
彼は顎に手を当てて難しそうな顔をしていた。
「ふぅむ……。木幕や、テールには剣の師匠が必要じゃ」
「やはりか」
「えっ? え? ど、どういうことですか?」
「今のお主では儂らの刀を研ぐことができぬということじゃ」
「ええ!? ど、どうしてですか!?」
「圧倒的な経験不足」
「経験?」
ぴしゃりと言った沖田川は、テールの中に眠る力は最大限に発揮されていないと分かっていた。
それは彼が通った道であり、何度も経験した刀への理解。
テールにはその経験が足りなさすぎた。
「刀とは、使ってこそ刀であり、それぞれに“使われ方”というものが存在する。その刀がどのように使われ、どの様に研げばいいのかを知らねばならぬのじゃ。今のお主に、それは分かるまい」
古より研ぎとは、戦場で使われることを前提としてその刃を研ぎ師が鍛え上げてきた。
実際に戦場へと出て、使い、その戦い方に合わせた研ぎをしてやる。
刀には個性があり、使い手にも個性がある。
沖田川は刀を研ぐ時、まずは刀を見て使い手の性格を理解する。
そして実際に研いでみて、刀が渡り歩いた戦場を教えてもらいながら調整していくのだ。
一朝一夕でできる事ではないし、これを成すためには自らが剣術を理解していなければならない。
これが研ぎに絶対的に必要なことだった。
だがこれは沖田川の方針であり、他の研ぎ師がどうだったのかは定かではない。
「じゃ、じゃあ……」
「うむ。お主にもメル同様、儂らの技を教えねばなるまい。だが誰が良いだろうか……」
「あ、あの! 実は神様に剣術スキルを貰うことを約束されてまして、それからの方がいいかなって思うんですけど……」
「む? どういうことじゃ?」
「あ、それは私が説明しますねー」
鍋をかき回していたレミが、沖田川に声をかける。
「六百年前、この世界を統べていた神様が死んで神様の入れ替わりが起こりました。そのため、世界の在り方が一つ変わったんです」
「と、いうと?」
「沖田川さんたちは分からないと思いますが、私たちが生きていた時代は努力次第でスキルを獲得できたんです。今の私は槍術レベル千四百五十二。薙刀とひとくくりにされているみたいですけどね。でも今は神様がこの世界に産まれた人たちにスキルをあげているんです。適性を見て、この職に就きなさいって指示されるんですよね」
「そうだったんですか!!?」
「そうよー」
神様が死んだから神様が入れ替わり、世界の在り方が変わる。
スキルというものを神様から貰えるようになったのは、六百年前からであるということを知ったテールはとにかく驚いた。
今まで常識だったものが、つい六百年前から始まったというのだ。
これによって昔の神は本当に木幕によって殺されたということになる。
しかしそれによって、魔法は退化した。
適性があるということは、努力するということが無くなってしまうのだ。
先人たちの魔法の使い方を理解することができず、結局自分ができるところで努力を止めてしまう。
更に適当な本などが出版され、それを基にしてしまうから無駄が多く、一小節に籠める魔力が不効率なのだ。
今は何小節もある呪文を唱えなければ魔法を使うことができなくなっている。
あれでは戦闘で何の役にも立たないだろう。
実際レミは短略詠唱という技術を身に付けており、幾つかの魔法であれば無詠唱で唱えることができるらしい。
「で、話を戻しますけど、テール君はスキルを神様から貰えるってことなのよね?」
「はい」
「だったら、剣術を教えるのはその後の方がいいですね。スキルがあるのとないのとでは、身の入り方が違うので」
「「理解できん」」
「今はそういう世界なんですって!」
「っ?」
努力ですべてを勝ち取ってきた木幕と沖田川からすれば、スキルに何の意味があるのか全く理解できないだろう。
それはスゥも同じであった。
だがとりあえず方針は決まった。
今から向かう港には教会があるので、そこでテールの剣術スキルを貰うのがいいはずだ。
剣術を教えるのは、その後である。
「ま、ご飯食べましょう。テール君、メルちゃん起こしてきて」
「分かりました」




