4.15.他の十二人・かかわった人間
事も無げにそう言った藤雪は、項垂れていた頭を上げてテールを見た。
不気味に笑う口元から、青い煙が吐き出される。
「負けたから……?」
「……神も心を持っている。死ぬのであらばと、悪あがきをして道づれにしようとするは当然のこと……」
神は負けを認めたが、ただでは死ななかった。
その結果どうしたのかというと、木幕たちに死なない呪いをかけたのだ。
「神の魂は既に死んでいる。だが、奴の呪いは生き続けていた。さすが邪神と呼ばれる存在だと褒めねばなるまいな。無論、皮肉だが」
「……いい神様ばかりではないんですね」
「人と同じだ。悪人がいたなら善人もいる。それと同じこと」
立場が違うだけで、本質は同じなのだと藤雪は言いたいらしい。
神も嫉妬するし、怒るし、悲しむ。
自分たちと何ら変わらない存在なのだ。
「話を戻そう」
髪をかき上げて黒い瞳をこちらに向けた藤雪は、これからが本題だといった風に姿勢を正した。
それから先ほどよりも真剣な様子で語り始める。
「この呪いは、主に二人の人物に向けられて掛けられたものだ。一人は言わずもがな木幕」
死ぬことのできない呪い。
そして最後にはすべてを破壊してしまう程の力が世界を襲う。
長く生き続けている木幕の体は、いうなれば爆弾だ。
既に導火線に火が付けられており、あともう少しで爆発してしまうというところまできている。
それだけ彼はギリギリなのだ。
しかし、それを何とかすることができる人物が一人居る。
「そしてもう一人が、君だよ」
「……僕? 僕に呪いが向けられているってことですか?」
「左様。目を覚ました魂は、お主を殺しに行く」
「え」
藤雪はゆっくりと頷いた。
神は木幕に永遠に生き永らえ続ける呪いをかけたが、それを解くことができる人物がいつか必ず現れると予見していた。
それがテールだ。
彼が木幕と接触した時、すべての呪いが発動し、木幕を殺させないためにテールの命を狙いにくる。
他の神が作ったこの世界を木幕に破壊させるまでが、邪神ナリデリアの目的。
それを阻止することができるテールの存在は、神にとって脅威であると言えよう。
「我を含む十二人の侍と、木幕にかかわった魂がお主の命を狙っている。それをお主に伝えるために、我は夢に入り込んだ」
「ぜんっぜん嬉しくない!!!!」
今の藤雪は死の宣告をしに来た死神のようだ。
忠告をしてくれたことに感謝こそするが、過去に生きた人間の魂が襲ってくるとなれば、ただでは済まないことくらいテールにだってわかる。
木幕たちと同じような力を持つほどの人物が十二人、襲い掛かってきたのであればテールに勝ち目はない。
木幕たちと仲間になることができたのは不幸中の幸いだっただろうか。
とはいえ状況としては芳しくない。
十二人がテールの命を狙ってくるは確定として、更に他の魂も襲い掛かってくるのだ。
それに相手は魂。
幽霊ともいえる存在なので、自分たちの攻撃が効くとは思えない。
加えて藤雪の話からするに、彼もテールの命を狙う一人だというのだ。
その言葉を思い出し、ザザッと距離を取る。
「ていうか貴方も僕を殺しに来るんですか!?」
「うむ」
「嘘じゃんこわっ!!」
「だが、我は最後だ」
「……最後?」
順番など決められるのだろうかという疑問がよぎるが、その言葉は本心であったように思える。
藤雪は最後の最後までテールを襲う気はないようだった。
それにもし本気で襲い掛かってくるつもりであれば、こんな事を言うはずがない。
加えてここは夢の中だ。
襲われたとしても痛手にも何もならないだろうということに気付き、少しずつ冷静さを取り戻す。
心が穏やかになっていく姿を完璧に読み取った藤雪は、静かに口を動かす。
「そう、最後だ。我が殺した十一人の魂が、まず襲い掛かる。奴らは呪いにより操られているが、一時であれば話をすることができよう」
「そ、そんなことよりその十一人のことを教えてください! 魔法とか、戦い方とか、武器とか! それが分かれば何とかなるかもしれないですし!」
「無理だ」
「なんでですか!?」
「言ったであろう? 我らも、呪われていると」
少し前に、藤雪は確かにそう言っていた。
彼は鬱陶しそうに喉をさすり、何かを話そうと試みるが青い煙が口から出てくるだけで、言葉らしきものは一切聞こえない。
口から青い煙が出る度に、藤雪の顔は歪んでいく。
口の中に残った煙をフッと吐きだして嘆息した。
どうやら、重要なことは青い煙によってかき消されてしまうらしい。
彼を除く十一人の侍の情報は話すことができないようだ。
「……神は、我ら十二名の魂を保管していた。木幕たち十二名の魂がお主を守るのであれば、その守りを破ることができるのは我らだけだと考えたのだろう」
「それは話せるんですね……」
「仲間のことはあまり話せん。すまんな……」
そこでテールは自分の体の異変に気が付いた。
どんどん体が薄くなっていき、消えていこうとしている。
夢の中だということが分かっているのでそこまで焦ることはなかったが、意識がはっきりとしているのでなんだが不気味な感じだった。
テールが薄くなり始めていることに気付いた藤雪は、座った状態で前のめりになる。
片方の拳を地面であろう場所に付け、捲し立てる様にして忠告する。
「時間がない。よく聞け。お主らの下に現れる一人目の侍は里川器。落ち武者だ」
「ほ、他のかかわったっていう人の名前は知りませんか!?」
「それは木幕が知っている。我は己が殺した者の名しか口にできぬ。だが気をつけろ。奴の奇術は、すべてを──」
青い煙が藤雪の口からあふれ出る。
それを最後に、テールの意識は暗転した。




