4.12.静かな脱出
黒い影から弾き出されるように出てきたテールは上手く着地することができずに転がったが、メルは綺麗に着地した。
これが経験の差か、と思いながら服についた汚れを軽く払って立ち上がる。
移動してきた場所は仙人がいる庭であったようで、そこにはレミがいた。
一つの幌馬車があり、西行以外はその中に入っているようだ。
御者はレミが行うらしく、手綱を持って少し暇そうにしていた。
テールたちが来たことに気付くと、レミは笑顔を向けて手を振った。
「おはよ! さぁ乗って乗って!」
「あの、凄い数の兵士がいるみたいですけど……」
「大丈夫大丈夫! 西行さんが何とかしてくれるから!」
「あれ結構疲れるんですよ……?」
西行がぼそりと零した言葉を完全に無視して、レミは二人を馬車に乗るように促した。
少し戸惑いながらも、その馬車に乗り込む。
その中には胡坐をかいて目をつぶっている木幕と、寝ているスゥがいた。
二人が入ってきたと同時に木幕が口元に人差し指を当て、静かにするようにと伝えてくる。
スゥは木幕たちと同じように六百年以上生きてはいるが、昔から成長していないのだ。
朝早くに起きるというのは無理なのだろう。
静かに移動してとりあえず馬車の中に入った二人は、木幕と反対側に座った。
「よく来た。感謝する」
「おはようございます。えっと、これからどうするんですか?」
「お主らは何もせずともよい。上手く、人間は集まったようだしな」
木幕たちは気配だけでも、遠くに木幕たちを待ち構えている兵士たちがいるということが分かる。
だが今置かれている状況から脱出するのは赤子の手をひねるくらいに簡単だ。
とはいえドーレッグが言っていたように無茶な強行突破をするつもりはない。
人間たちとのかかわりに飽き飽きしていた彼らは、襲い来る兵士を殺すことも面倒だと感じている。
それに人がいるからこそ、この国の商会は困ることになる。
無駄な殺生をしないというのも、彼らの本音である。
「では西行、頼むぞ」
「はいはーい」
馬車の中から外にいるであろう西行に声を掛けた木幕は、返事を聞いてから目を開けた。
黒い瞳はこの世界では初めて見る。
初めて出会った時の様な恐ろしさはまったくなく、今は年相応の見た目をしている少し性格がきつめのお爺ちゃんのように感じた。
二人を交互に見た後、小さく唸る。
「テール。苦労を掛けるな」
「えっ。いやいや、全然……」
「死ぬ術を持たぬ某らの呪いを解くのだ。以前お主が申したように、言い方を変えれば人を殺すことになるやもしれぬ。だが辻間の言葉を聞いて考えを変えた。今一度聞くが、お主はそれで良いのか?」
木幕は未だにテールのことを案じていた。
最初こそ自分の意見をしっかりと口にしていたので、考えの変わった彼の言葉を信じないわけではないのだが、やはりもう一度しっかり聞いておきたかったのだ。
辻間は嘘を言っていない。
彼がテールに教えたことはすべて真実であり、木幕に残されている時間は少かった。
早く何とかしなければ、大変なことになる。
それを解決してくれる人物こそがテールではあるのだが、彼に重荷を背負わせてしまうのではないかとあれからずっと考えていた。
死にぞこないが成せなかったことを、まだ若いテールに任せるというのはなんだか気が引けた。
他の者はあまり気にしていなかった様ではあるが。
そんな木幕の心配をよそに、テールははっきりと口にする。
「大丈夫です。こんなに頼られるのは、初めてですから」
「……そうか」
とりあえずその言葉に納得した木幕は、これ以上問いかけるつもりはなかった。
テールの目を見れば、覚悟を決めたあの時と同じ瞳をしているということが分かる。
次にメルを見た。
メルは見られたことに気付いて背を正す。
「メル。某はこれより亡霊と相まみえる。その時、テールを守るのはお主だ。しかと学び、守れるだけの実力をつけよ」
「はい! ……ん? 亡霊……?」
聞き慣れない単語を聞いて、メルはつい口にする。
木幕は、‟亡霊と戦う”と確かに言った。
これはどういうことなのだろうかと、しっかり話を聞こうとするまえに、木幕の方から説明してくれる。
「過去に某らにかかわった者。奴らが動き出した」
「そ、そういえば……木幕さんたちとかかわった人にも呪いが掛かったって……」
「左様。とっくの昔に死んでおるのであまり気に留めていなかったが、死後動き出すとは思わなんだ」
ガタンッと馬車が揺れた。
一瞬周囲が暗くなったようで何も見えなくなるが、すぐに光が差し込んでくる。
瞬きをするくらい一瞬の出来事だったので特に気にせず、先ほどの木幕の言葉に喰らいつく。
「どうしてわかるんですか?」
「船橋牡丹という奴がおる。そいつの奇術と、辻間の奇術で導き出した答えだ。まぁ気にせずともよい。某らの問題であるゆえな」
そう言われると気になってしまうのではあるが、なんだか聞いても答えてはくれなさそうな雰囲気だったので、ここは黙っておくことにした。
それに相手は亡霊だというし、恐らく実体のある自分たちにはあまり関係のない話だろう。
「っ?」
「む、目が覚めたか、スゥや」
「っ~!」
伸びをしてから、御者をしているレミの所に走っていく。
そこで気付いたのだが、馬車はすでに動き続けているようだ。
大丈夫なのだろうかと思いながら二人は顔を見合わせて外を見てみると……そこは森の中ではなく整備された道であった。
「「え!?」」
「西行に頼んで移動させてもらったのだ。今頃、もぬけの空になった屋敷に気付いて奴らは騒いでいるだろうな」
「こ、この大きさの馬車を転移させたんですか!?」
「そうだが?」
「もうこれくらいで驚いてちゃいけない気がしてきた」
「私も」
既にリヴァスプロ王国は遠くに見える。
とりあえず無事に国を脱出することができたらしい。
ちょっと話していただけでここまでの移動をやってのける西行に驚くが、彼らは規格外だということを忘れてはいけない。
もう驚くことがない様に、違う意味で覚悟を決めたのだった。
「それと勘違いしているようだが」
「「?」」
「スゥは女だ」
「「ええええええええええ!!?」」




