4.4.仙人の扱い
ドーレッグについて行くと、彼の書斎へとやってきた。
多くの本が並べられており、読めない文字もいくつかあるように見受けられる。
戦いのスタイルとは打って変わって、彼は読書が好きなのかもしれない。
ドーレッグは椅子に腰かけると、前にある椅子に座るように二人へ促した。
こんな形でリヴァスプロ王国冒険者ギルドマスターと実際に話ができると思っておらず、道中から緊張してギクシャクとしていたテールではあったが、メルに連れられてなんとか着席する。
「急なことですまない。だが重要な話なのだ」
「え、そんなに重い話なんですか?」
「そうだ。まずは端的に君たちの状況を教えてやろう。……今君たちは仙人様をこの国から引き離そうとしている人物だとして、命を狙われている」
「「……え?」」
特に何もした覚えがない二人は、なぜそんなことになっているのかまったく理解することができなかった。
悪いことをした記憶は一切ない。
自分たちが仙人を旅に手引きしたわけではなく、彼らの方が興味を持って誘ってくれた側なのだ。
それに旅に出るかどうかは彼らの自由だ。
誰の許可が必要なわけでもなく、自分で決められるもの。
今の現状では、ドーレッグが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「ちょ、え!? どど、どうしてそうなるんですか!?」
「そうですよ! 私たち何もしてないです!」
「今から説明するから少し落ち着け。まず君たちは、この国で仙人様がどういう扱いを受けているか知っているか?」
「扱い……ですか?」
そう問われて思い出す。
基本的には人の接触を避けるために、ギルドや兵士が面会を制限しているようだったと記憶している。
簡単に会えるものではなく、何か特別な手順を踏まなければならない。
今回のイベントではドーレッグに勝てば一度だけ会う権利を貰えるというものだった。
妙にお金がかかったことが少し気になったが、それ以外は妥当な条件だったと思う。
そもそもドーレッグに勝てる程の実力がなくてはあの場で気絶してしまうのがオチだ。
彼はそれを心配して本気で戦ってくれていたのだろう。
閑話休題。
彼らに会うこと自体がプレミア感が付いているような気がした。
それだけ特別視して、イベントごとに使われている。
「まさにそれだ。仙人様は大きな商会の提案を一つ飲んでいる」
「その提案って?」
「あのお方は人間嫌いだ。強いからというだけでどこに行っても方々から人が集まり、見世物を見るような目で見てくる人間に嫌気が差したらしい。そこで商会は『人を遠ざける代わりに、この国に滞在してくれ』という提案をしたんだ」
「それだけ聞くといい提案に思えますが……」
「問題はその後だった」
商会は権力と財力をふんだんに使って兵士を雇い、冒険者ギルドとも協力して本当に彼らに人間を近づけさせないような環境を作り上げた。
それが今日に至るまで守られ続けている訳なのだが、言い方を変えれば商会は仙人を独占しているということになる。
そして最強の人物を一目見ようと集まる人々は多く居た。
完全に集客目的として使われ始めた仙人の名前の効果は絶大であり、数々の冒険者、人々、商人が集まって物流の流れは今も濁流の様になっている。
金が動けば経済が潤い、様々なところで商売が成功していく。
国も自国が発展するならと、この事をあまり深く気にしていないようで、なんなら商会に全面的に協力している有様だ。
そして時折小さなイベントごとを開き、冒険者や民衆からお金を巻き上げる。
先のドーレッグとの勝負試合も、商会に頼まれてやっただけのこと。
今回はメルが早くに彼を負かしてしまったため、あまり稼げなかった様ではあるが。
話を聞いたテールは自分が置かれている状況にうっすらとではあるが気付きはじめ、青い顔をする。
メルも商会が絡んでいるということを知ってから眉を顰めていた。
「つ、つまり……商会の人たちは仙人さんがこの国からいなくなるのを良しとしていない?」
「その通りだ。だからこそ、その原因を作った君たちの命が狙われている。あの人たちは君たちに興味を持ったから、旅に連れていってくれるんだろう? だったらその話を聞いていたディネットが黙っているわけがない」
「あの人が商会のメンバーの一人なんですか!? 宿の店主じゃなくて!?」
「儂との模擬試合を提案した商会の人間があいつだからな。今頃元締めにこの話をしに行っているはずだ」
なんとなくそんな感じがしていたテールはあまり驚かなかった。
しかしそうなると、ドーレッグがあの宿にもう戻るなといった意味が理解できる。
出発は明日の予定だ。
その前にケリを付けるために、商会は急いで準備を整えてくるはず。
どういう手法で何を行ってくるかは未知数ではあるが、あのまま商会の管理下の宿に泊まっているのは危険すぎる。
管理下であれば隠蔽も簡単だろうし、無理な説明も押し通すことができる。
なにより宿の内装をすべて知り尽くしている彼らの土俵にいるということ自体が危険なのだ。
この事を教えてくれたドーレッグには感謝しかない。
だが最後の最後まで商会が諦めるとも思えず、難色を示した。
この国を出てしまいさえすれば問題はないのだろうが、商会の権力と財力は想像を絶するほどの力がある。
それをかいくぐって国を出る自信は、テールはもちろんメルにもなかった。
なにせ仙人の名前のお陰で発展し続けている国なのだ。
どう考えても生存のビジョンが見えてこない。
「まぁそう難しく考えるな」
「と、とは言いましても……」
「出発は明日だな? だったら今日一日耐えれば儂らの勝ちよ」
「み、見込みはあるんですか……?」
「向こうも商売で発展してるが、こっちだって人の流れが増えれば戦力は増える」
ドーレッグが指を鳴らした。
「レミさんからの最後の仕事だ。お前たちを無事に旅立たせてやるぜ」




