3.25.弟子にしよう
木幕の言葉にその場にいた誰もが耳を疑った。
先ほどのツジの話を聞いていたはずだ。
このままであれば、彼の力は何処かで必ず暴走する。
それがこの呪いの最終的に行きつくところなのだ。
長きにわたり永遠とも思える時を生き、生き地獄を与えられたところで眠り続けていた力が暴走して世界を滅ぼす。
その後、再び彼は……一人となる。
世界がどうなろうとも生き続け、無を作り出したとしても彼は生き永らえる。
この事は承知しているはず。
レミも沖田川も知っていた。
だが木幕の口から出た言葉は、拒絶の言葉だった。
「木幕……? お前今なんて言った?」
「聞こえなかったか?」
「ああ、すまねぇ。老人の声は聞き取りにくくてな」
「……断る、と言ったのだ」
「何言ってんだてめぇ!!?」
テールをぱっと放し、怒気を含んだ様子で縁側に近づいて両手を叩きつける。
想像以上に大きな音が立つが、誰もそんなことは気にしていない。
ツジはそのままの体勢で唾を吐き散らしながら木幕に怒鳴った。
「お前の体はお前が一番よく知ってんだろ!! いつ暴走したっておかしくねぇ!! 俺たちを殺したお前の力が今どれだけのものになってるのかは誰も想像つかねぇんだ!! 木幕!! 貴様は自分の手で最愛の女性と長年付き添ってきた子供を殺す気か!? ああ!? どうなんだ言ってみやがれ!!」
彼の言葉に、木幕はただ呆れたように小さく息を吐いた。
ツジが口にした言葉は何一つ間違ってはいない。
本当にいつ力が暴走するか分からない状況なのだ。
それはレミもよく分かっているし、木幕自身も理解している事だった。
だが、彼は頷くことは絶対にできなかった。
腰に携えられていた武器を鞘ごと抜く。
優しく手に取り、膝の上に丁寧に置いた。
「忍びであるお主には……分かるまい。真の侍の神髄を」
「あ?」
「刀とは、すなわち半身。体の一部。魂。……見ず知らずの赤の他人に、某の魂は預けられぬ。それに……」
スーッと、ゆっくりとした動作で木幕はテールを指さした。
ぴたりとその動きが止まる。
「某は……テール。お主を認めない」
侍の持つ刀は、魂と同義。
自分の命と同じ程に大切な物だ。
他の人に触られることすら嫌悪するほどに執着している。
枕よりも長く生活を共にしてきた木幕の持つ日本刀は、鞘から刀身が抜かれていないというのに存在感が異常なほどに強かった。
反った武器というのはそれだけで芸術的だ。
それに柄頭、柄、鍔、そこから刀身を隠す鞘が伸びているのだが、鞘ですらも芸術品の一部となっている。
鞘には葉の紋様が描かれているところは、姿が名を表しているようだ。
この世界に一つしかない武器。
幼少期よりこの武器を手にしている木幕は、この日本刀を手放したくはなかった。
しかし彼は自身の日本刀を一度研ぎ師である沖田川に研いでもらったことがある。
だが彼は本物の研ぎ師であり、信用できる人物であった。
だからこそ安心して預けることができたのだが、テールは違う。
この世界で日本刀を研ぐ機会はないはずだ。
そんなど素人に自分の半身とも言える愛刀を手渡すわけにはいかなかった。
彼の鋭い言葉にテールの背筋に悪寒が走る。
今のままでは何一つ足りないと指摘されたような気がした。
「っ……」
「では木幕や。儂がテールを弟子にしよう」
「へっ!!?」
「テールには才能がある。教えれば儂と同じ高みまですぐに上り詰めるじゃろう。そうすれば認められるのではないか?」
沖田川の提案に、テールはとにかく驚いた。
だがその話を聞いて木幕は腕を組んで小さく唸る。
研ぎ師を極めた沖田川がテールを教えるのであれば、技術の継承が可能だ。
そうなれば木幕が不足していると思うところを補うことができる。
これであればどうだ、と沖田川は得意げな顔をして木幕を見た。
彼は無表情のまま目を見つめていたが、目を閉じて頷いた。
答えが決まったようだ。
「……いいだろう」
「決まりじゃな! ほっほっほ、テールや、これから宜しくのぉ」
「えっあ……は、はい! 宜しくお願いします!」
「ったく、テールの覚悟を聞いたあとでへし折るようなことすんなよ……。テールの覚悟を返せっっての木幕!」
「……それ以外にも理由はある」
「あ?」
カクッと不気味に首を傾けたツジは、本気で分からないといった風に眉を顰めた。
しかし他の者は理解しているようだ。
少し憐れむような様子でツジを見る。
「なぜ分からんのじゃお主は」
「分かんねぇもんは分んねぇよ爺ちゃん。で、なんだ?」
その問いには、木幕本人が答える。
「……お主らの魂は某の中にある。某が初めに消えれば……お主らはどうなる?」
「あっ」
「武器を研ぎ、呪いを解く。であればお主らの武器も探さねばならぬ。どちらにせよ、某は最後でなければならぬのだ」
「そういやそうだった」
彼らの呪いを解く方法は、武器を研ぐこと。
恐らく武器に呪いが掛かっており、それを何とかしないことには死ぬことができない。
各々が得意としている武器が一つあり、それを研がなければならないということは今の話の流れで分かる。
だが数人の魂は木幕の中に眠っており、木幕が一早く消えてしまえばその魂は依り代を失くしてしまうのだ。
木幕の魔力か何かで具現化されている彼らは、木幕がいなければ存在することもできない。
だからこそ、木幕は最後に死ななければならなかった。
「ま、いいや。んじゃ、俺たちの武器を探しに行かねぇとな」
「また旅ができるなんてこの三百年思ったこともなかったですね、善さん」
「ふむ……」
「よっしゃ旅の準備だ! テールとメルちゃんは準備できてっか!?」
「僕は大丈夫です!」
「私も!」
「よしよし! んじゃあまずは──」
「何を言っている、辻間」
ツジの動きがぴたりと止まる。
今度こそ何を言っているのか分からない、と言った様子で木幕を見た。
「……えぁ? 俺今、なんか変なこと言ったか?」
「連れていくのはテールだけだ。女子は要らん」




