3.23.生い立ち
死を求める仙人一行。
木幕はその方法がようやく見つかって喜びを露わにしたが、テールを見てその喜びは次第に消え失せていった。
だがレミは大喜びで立ち上がり、テールの下へと駆けていく。
一歩の踏み込みだけでテールに接近する様はまるで砲弾の様だ。
がばっと抱き着いて顔をぐりぐりと押し付ける。
「テール君貴方は神様より神様よ! こんな幸運今までに一度だってなかった! 貴方がいなければ私たちはこのまま一生死を求め続ける屍になっていたわ!」
「っぐ……ほぐ……」
「れれ、レミさん!! レミさん!? テール潰れてる! 潰れてます!」
「あっ」
ようやく怪力から解放されたテールはぐでーっと伸びていた。
女性なのにどこにこんな力があるのだろうか。
仙人の仲間というのはやはり化け物揃いらしい。
レミとメルは慌てた様子でテールを介抱する。
申し訳ないと謝っているレミではあったが、やはり喜びは常に感じており満面の笑みは一向に崩れる様子はない。
その光景を微笑ましく眺めていた沖田川はしゃがみ込み、テールと同じ目線に立つ。
「レミや。まずは説明せねばならんじゃろう。儂らの生い立ちを」
「ええ、ええ……! そうですね!」
涙ぐんで頷くレミ。
彼らが求めているものは決して甘美な物とは思えない。
だというのに、涙を流すほどに嬉しいようだ。
この感覚は、まだ若いテールとメルには分からなかった。
「ごめんなさいテール君。大丈夫だった?」
「え、ええ。大丈夫です。それで……その……。すいません、何が何だか分からないので説明をしていただけると……」
「そのつもりよ。だから安心して。でもどこから話せばいいのかしら……」
困ったように沖田川に顔を向けるが、彼もどうやって話を切り出せばいいのか悩んでいるらしい。
彼らの人生は想像を絶するものだ。
それを一から話せば長くなるし、短く話せば重要なところが抜けかねない。
さて困った、と頭を悩ませていると木幕が口を開く。
低く鋭い声がよく響いた。
「某らは、呪いをかけられた。某が殺した……神によって」
「「えっ?」」
衝撃の言葉を聞いて、変な声が出る。
神様を殺したなどという人は初めてだし、いくら仙人とはいえそんなことができるはずがない。
この地上とは全く別の所にいるのだ。
普通の人はその姿を見ることもできないし、ましてや声を聞くこともできないだろう。
だが彼の言葉には、嘘偽りを一切感じさせない程の強さがあった。
疑っても疑うこと自体が間違いだと言われている気がする。
木幕は確かに神様を切り伏せ、そして今までずっと生きているのだ。
まだ理解が追い付かないが、木幕は更に言葉を続けた。
「友を殺し、神の領域へと入った。某は友を殺させた主犯なる神を切り伏せ、不死の呪いをかけられたのだ。老いが酷く遅い。六百年生きているというのに、まだ七十そこらの爺の体だ。腹を切っても再生し、首を斬り飛ばしてもいつの間にか元に戻っている。餓死しようとしたが体が動けないだけで意識は常にあった。痛みも苦しみも何も感じぬ。生き地獄とは、まさにこの事」
木幕がかけられた呪い、不死。
初めこそ長らく生き続けることに楽しみを覚えていたが、数々の別れや速すぎる時の流れを目にしては憂鬱になった。
ここにいる者以外友と呼べる存在は、既にいない。
この世に飽きた。
木幕たちはそう思い、死ぬことを決断する。
だがそこからが本当の地獄の始まりだった。
先ほど木幕が言った様に痛みも苦しみも何も感じない体になった彼らは、死ぬことができなかったのだ。
不死とは絶対に死なないということ。
まるで生ける屍だ。
何をやっても死ぬことができず、今では死ぬことを探すことすら意味のないようなものであると感じていた。
神の呪いとは恐ろしい。
長く生き続けるというのはここまで辛いものだったのかと、生きて初めてようやく理解できた。
死があるからこそ人生がある。
だが終わりの見えない人生というのは、なんとも詰まらないものだった。
レミはその話を聞きながら、少し俯く。
彼女も同じだったのだ。
「私も、不老不死の呪いをかけられた。善さんの周りにいた人はなにかの呪いをかけられたの。善さんが神を殺した時、周りに居たのは私とスゥちゃん。だからスゥちゃんも、呪いを掛けられてる。……現状維持っていうね」
レミの掛けられた呪い、不老不死。
老いることのなく、更に死ぬことができない呪いだ。
だから彼女も年齢は六百歳を超えている。
長い年月を木幕と共に過ごし、彼を常に支えてきたのは彼女だ。
そしてスゥの掛けられた呪い、現状維持。
これが一番辛いものだ。
スゥの精神年齢は六百年前と何も変わっておらず、強さも知識もあの時とまったく同じで成長することは絶対にない。
当の本人は何も気づいていないようで、もしかしたら逆に幸せなのかもしれないが、見ている方からすると辛いばかりだ。
成長を禁じられた子供。
それだけでこの子のすべては奪われているのだ。
この呪いは六百年前の状況を常に作り出している。
だから怪我をする事もないし、死ぬこともない。
「ちなみに儂は木幕に殺された一人じゃ」
「「ええええ!?」」
「そしてテールや。お主の力が必要だ」
沖田川は片手でテールの肩をがっしりと掴んだ。
掴まれている感触はしっかりあるが、熱がない。
冷たくもなければ熱くもなく、ただ掴まれているという感触だけが肩に残っている。
やはり彼は、魂だけの存在なのだろう。
とはいえ、力が必要と言われてもただ武器を消してしまっただけ。
それが必要と言われるとなんだかわけが分からない。
しかしそこも、沖田川が説明してくれた。
「儂は木幕と共に死ぬ方法をずっと探しておったのじゃ。まさか武器がその方法に直結するものだとは思わなかったが……」
「えっと、つまり……?」
「テールがクナイを研いで消した時、微かに魂が霧散するのが分かった。あの魂は石動のもの。クナイを作ったのが彼であり、その魂が霧散したということは……武器をお主に研いでもらえば、儂らは成仏できる!」
「成仏?」
「要するに死ぬことができるということじゃ」
使っていた武器、作った武器が魂解放の条件。
今までそんなことは思いついたこともなかったし、そもそも研いだとしてもテールと同じように武器が光るわけではない。
彼だからこそ、魂を解放できる。
研ぎ師を極め続けた彼にしかできない事なのだ。
「で、でも……それって……」
「ああ、心配ご無用。儂らの使っていた武器は保護魔法なるものが施されておってな。どうやら風化はしないようなのだ。しかしそうなると武器を──」
「いやそうじゃなくて!」
「む?」
武器があるないの心配をしているのではない。
彼らが求めていることは分かった。
それを与えてあげられるのが自分だけしかいないということもなんとなく分かった。
だが……そうなると……。
「僕が……貴方たちを殺すことになるの……ですか?」




