3.21.興味
仙人の目の前で、怪しく光る黄色い塊が出現する。
それは次第に形を成していき、人の形を取った。
黄色い光が次第に落ち着いてくると、色が判別できるようになる。
その姿は老人でとても柔和な表情を浮かべていた。
皺の刻まれた顔は仙人とはまた少し違っていて、目は細く顔も細い。
髪の毛は真っ白であり、長い髪の毛は下に流すようにして一つに束ねられている。
茶色の和服が非常によく似合っており、白い髪も相まって老人らしさをより一層際立たせていた。
彼は少し曲がった木の棒を持っており、それを腰に携えている。
木剣だろうかと思って見てみるが、ガードがない。
本当に少し太めの木の棒のようだ。
「んぬぅ~~! っと、久しぶりに出てくると体が訛っとるのぉ」
伸びをすると体がぱきぽきと鳴った。
体の調子を確認し、腰に携えている木の棒を確認した後、バッとテールを見る。
次の瞬間、老人とは思えない速度で移動して目の前に顔を持ってきた。
「!?」
「この世で研ぎ師とは珍しい! どれどれ、お主の使っている砥石を見せてはくれんか? あ、儂は沖田川藤清じゃ。よろしくなテール君や」
「えっ、あ……は、はい」
急なこと過ぎて理解が追い付かなかったが、言われたことくらいはこなすことができる。
背負っていたバックを降ろし、その中から砥石を取り出す。
丁寧に包んでいた布をはぐっていき、コトリとその場に置いた。
三つの砥石をすべて取り出し、それを沖田川に見せる。
彼は興味津々といった様子でそれを手に取らずじっと見つめた。
「手に取っても良いか?」
「どうぞ」
一度確認を取ってくれたというのはなんだか嬉しい。
こういうのは気持ちの問題だが、こうしてくれると気持ちよく渡してあげられるというものだ。
沖田川砥石を手に取ると、まずは面を見た。
次に手の平で面を撫で、元の場所に戻す。
「良い砥石じゃな。手が吸いつく様じゃ」
「あ、ありがとうございます!」
「ほっほ、実は儂も研ぎ師でな。お主に興味が湧いたから出してもらったというわけじゃ」
「えっと……ごめんなさい、なんか普通に話してるんですけど沖田川さんって亡霊ですか?」
「む? んーーーー」
沖田川が出てきたところを目撃してしまっている身からすると、普通に話ができている事自体が不自然だ。
幽霊にしてはしっかりと実態があるし、なんなら砥石も持ち上げている。
仙人が出現させたということは何かしらの魔法なのだろうか?
考えれば考えるほど答えとはかけ離れていく気がする。
なので聞いてみたのだが、彼も上手く説明することはできないようだ。
ひとしきり考えていたようではあるがやはり説明はできないらしい。
ちらりと仙人の方を見るが、彼は目を閉じて会話が終わるのを待っている。
どうやら答える気はないらしい。
「まぁ、簡単に言えば魂じゃな」
「「魂?」」
「うむ。木幕の許しさえあれば物を触ることも人を殺すこともできる。面白いじゃろう?」
「木幕さんっていうのは……」
「ん? あやつじゃよ」
そう言って、沖田川は仙人を指さす。
木幕というのが彼の名前であるらしい。
「余計なことを言うな沖田川」
「まぁまぁ減るものでもあるまい。それよか木幕や、石動を出してはくれぬか?」
「なぜだ」
「あやつの持っておるクナイを研がせてみたいのじゃ。それであればよかろう?」
「であればスゥを呼べば良い。石動が打った武器を持っているのはスゥだ」
「ふむ、それもそうじゃな。スゥよ! スゥやー!」
庭に向かって沖田川は大声を出す。
しばらくは何の動きもなかったが、しばらくすると小さな子供がひょこっと顔を出した。
可愛らしい男の子。
そんな第一印象は持っていた武器で一気に変わる。
木幕の持っている武器を三倍くらいに長くした日本刀。
小さな子供であるというのに大きな武器を持っているというのは違和感でしかない。
だが重たそうな様子も見せず、男の子はテテテテとこちらに走ってくる。
「っ!」
「スゥや、クナイを幾つか貸してはくれぬかの?」
「っ?」
「研ぐことができる武器が欲しくてな。いいじゃろうか?」
スゥと呼ばれた子供はコクコクと頷いて魔法袋に手を突っ込んだ。
ごそごそと中をまさぐった後、二つの小さな武器を取り出した。
短剣のようではあるが色は真っ黒だ。
面白い形をしているなと思いながら見ていると、沖田川はそれをテールに一つ手渡した。
慌ててそれを受け取ってみると、随分な重量があるということが分かる。
どうやらすべてが鉄で作られている武器のようだ。
ずっしりとする武器の重みは殺傷力の高さ。
それだけで危険なものだということが分かる。
しかしここでは研ぎができない。
さすがに作業場でもない部屋の中で研ぎをすれば汚れてしまいかねなかった。
だが幸い近くに庭がある。
そこに砥石を持っていき、砥石を水に浸ける準備を始める。
だがそれは沖田川がすべて準備してくれた。
布と桶があれば下準備を整えることができる。
水は庭に流れている小さな小川から汲んできたようだ。
彼に礼を言ってから、持っていた砥石を水に浸けた。
あとはしばらく待てばいいだけだ。
ちなみにメルも近くに居て研ぎを見学するらしい。
どうにも向こうに一人だけ残されていると、不安で仕方ないようだ。
木幕とレミは座ってこちらを見ているだけだ。
ディネットも同様に見ているが、何やら思考にふけっているらしく、口元に手を当てている。
「そういえばテールが研ぐところあんまり見たことないかも」
「昔はずっと見てたけどね」
「だって忙しくなっちゃったんだもん」
「会える時間も少なくなったもんね」
「ふむ。テールや、そろそろいいのではないか?」
そう言って、沖田川は水に浸けている砥石を指でつついた。
だがまだ水泡が石から出ている状態だ。
「え? もう少し水に浸けていたんですけど……」
「……すまん、少し急いた様じゃ」
「そんなに気になりますか?」
「そりゃそうじゃよ。儂も長らく砥石というものに触れておらんからのぉ」
なんだか待つことができない子供みたいだ。
老人でもこんな人がいるのだなと、少し可笑しくなった。
クスリと笑ってから、砥石を見て水泡が止まるのを待つ。
ようやくいい感じに水を吸った砥石を桶の中から取り出し、布を地面に敷いてその上に砥石を乗せる。
ぐらつきがないかを確認した後、渡してもらったクナイを砥石に当てた。




