3.16.いざ、挑戦!
打撃音が響き渡り、挑戦者がまた蹴り飛ばされた。
様々な腕利き冒険者が何度も何度もドーレッグに立ち向かうが、誰もが彼の一撃を喰らって地面を舐める。
どうやって勝てばいいのだと苛立たし気に叫ぶ者もいるようだが、それはただの実力不足である。
手甲がまた打ち鳴らされた。
その度に声が聞こえてくる。
『っしゃどんどんこいやあああああああ!!!!』
「うっるさ……」
ツジの武器と同じく、触ってもいないのに声がここまで届いてくる。
長年愛用している武器であればこうして声が聞こえてくるのだろうか?
それにしてもリヴァスプロ王国冒険者ギルドマスター、ドーレッグの体力は無尽蔵だ。
数十人の挑戦者の相手をしているはずではあるが、息はまったく上がっていない。
なんなら鼻で呼吸しているほどだ。
彼からしてみれば、これまでの模擬戦はそれ程に余裕な戦いなのだろう。
攻めれば返され、攻めあぐねれば吹き飛ばされる。
どちらを取ってもどの道吹き飛ばされる未来しかない。
魔法で戦う者もいたが、その場合はドーレッグがすぐさま距離を詰めて吹き飛ばす。
詠唱に長い時間が必要な魔法では彼に接近される前に魔法を放つのはほぼ不可能に等しいだろう。
「……よし。テール、行ってくる!」
「え!? だ、だだだ大丈夫!?」
「うん!」
その場で跳躍して手すりに着地し、もう一度跳躍してドーレッグのいる訓練場の中央に足を踏み込んだ。
女性冒険者は珍しくもなんともないのだが、こうしてドーレッグに立ち向かう女性はまったくといっていいほどいない。
メルを見た冒険者たちは、驚きの声を上げている。
それはドーレッグも同じだった。
さてどうやって手加減をしようか考えているようだ。
「武器はこれでもいいですか?」
「……短剣……?」
そう言ってメルが取り出したのは、テールに研いでもらっている短剣である。
ドーレッグはそれを見て首を傾げていたが、何かに気付いたようで表情を引き締めた。
しかし、外野がうるさい。
メルが取り出した武器を見てゲラゲラと笑っている。
「おいおい! そんなんで倒せるなら俺だってできるぜ!」
「腰についてる立派な武器は何のためにあるんだー!? はっはっはっは!」
「そういえば短剣の木の剣ってないよなー。まぁ意味ないと思うけど」
「あちゃー馬鹿だなー。可哀そうに。ってことで俺はドーレッグさんに掛けるぜ!」
「あ、私もー」
そんな声を完全に無視しているメルは、すっと静かに構えを取った。
短剣を逆手持ちにして格闘の構えを取る。
ドーレッグも手甲を打ち鳴らし、甲高い音を立てた。
「小娘、名前は」
「メルです」
「ランクは」
「Bにです。もう少ししたらAでした」
「ほぉ、若いのにやるな。ではギルドマスター直々に格闘術を教えてやる。来い!!」
「はい!!」
ドーレッグの圧の籠った声と同時に、メルが飛び出した。
姿勢を低くして接近し、攻撃に備える。
低い姿勢、それなりの速度、視覚外での短剣の持ち替え。
それをドーレッグは瞬時に理解した。
姿勢を低くしたのは持っていた短剣を反対側の手に見せないように持ち変える為のフェイク。
なかなか面白いことをする子だ、と心の中で称賛した後、地面を殴る。
「はぁっ!!」
『どりゃああああああ!!!!』
「おわわわっ!?」
ドーレッグがここで初めて違う攻撃を見せた。
これによって周囲がざわめくと同時に、地面が盛大に揺れる。
とんでもない馬鹿力だ、とメルは苦笑いをして地面に伏せた。
その瞬間、頭上のすれっすれを手甲が通り過ぎる。
「!? 低い!?」
「よし!」
跳ね上がる様にして飛び起きたメルは揺れる地面をしっかりと踏みしめて移動した。
それを掴もうとドーレッグが腕を振り回すが、跳躍して紙一重で回避する。
パンッ!!
張っていた何かが千切れてしまう音がした。
戦闘中にあまり聞くことのない音ではあるが、ドーレッグには聞き覚えがあった。
まさか、と思って自分の付けている手甲を見てみると、手甲を腕に固定していたベルトが完全に切られている。
それを確認した瞬間、ごとりと地面に手甲が落ちた。
「なっ……!? ドルグネイドの革で作ったベルトだぞ!? 何故……!!」
ドルグネイドとはワニの様な姿をしている魔物だ。
柔軟性と耐久性に優れた皮と鱗を有しており、基本的に物理攻撃が効かない。
解体するためには何度も何度もナイフを突き立て、小さな穴を開けなければならないのだが、これだけでも二時間は無駄にする。
それだけ強靭な皮を持っているので、そう簡単には……いや、どう頑張ってもその革で作られたベルトが斬れるはずがないのだ。
「よっしゃまず一つ!!」
ガッツポーズを決めたメルは、すぐに追撃に向かった。
落としたとはいえ防御や投擲に使われてしまっては意味がない。
拾われる前に接近戦に持ち込み、その場から離れさせる。
地面の揺れもすでに収まってしまった為、ドーレッグはメルの接近を簡単に許してしまった。
残されている左手の手甲でその攻撃を受け止める。
メルは初めからドーレッグを倒すということは考えていなかった。
彼女が考えた策は無力化。
ドーレッグは手甲を使っての攻撃を基本とし、それ以外は余裕を持った弱い攻撃でしかなかった。
重い武器を持てば動きは単調になるので、先ほどずっと見学をしていて大体のくせは理解できていた。
しかし熟練の猛者ということもあり、もう左手の手甲のベルトは斬らせてくれそうにない。
なにせ、先ほどの攻撃はドーレッグですら予想していなかった攻撃。
刃がぶつかっただけでは簡単に切れるはずのないベルトがこの瞬間斬られるなど思ってもみなかったのだ。
本当に面白いことをする小娘だと、年柄にもなく熱くなっていることにドーレッグは気付いた。
久しく見ない挑戦者。
これは自分も楽しまねば大損だ。
「そら!」
「ほっ!」
「はぁ!!」
「よっ!!」
「飛ばないとはいい判断だ!」
「空中は身動き取れませんからねっ!」
ドーレッグの素早い大振りを、メルは華麗なステップで躱していく。
リーチはメルより体の大きなドーレッグの方が有利ではあるが、素早さであればメルの方が上手だった。
だがどちらも決め手に欠ける。
どうやら体力はドーレッグの方があるらしく、素早い大振りを数十回繰り返しているが息を荒げる様子は一切見せない。
一方メルは隙を探しつつ回避行動を行っている為、集中している状態が続いていた。
油断すれば持っていかれるのは自分。
この大振りは一度も喰らってはいけない。
ドーレッグが横からの大振りでメルを捕らえようとする。
右腕も使っての行動だ。
彼もこれで決めるつもりなのだ、と理解することができた。
だからメルは、ここで跳躍した。
「お!」
重りのついていない右腕は動きが速いが、武器を持っている相手を掴むのには躊躇する。
だからこそ手甲のついている左腕でメルを捕えた。
ガッ!!
大きな手甲はメルを捕らえるのには十分であり、ようやく勝負が決まったとドーレッグは少し寂しく思った。
だが戦いは戦いだ。
これに終止符を打つため、メルを遥か彼方まで吹き飛ばす勢いで冒険者の群れの中へと投げ入れる。
ぶんっと大きくメルを投げ飛ばした瞬間、左腕がふっと軽くなった。
「……なに?」
ガッシャーンッ!!
「うぐっ!」
メルと一緒に、手甲が投げ飛ばされた。
急に腕が軽くなったので目測を見誤り、意外と近くにメルと左腕の手甲が転がった。
「……掴まれる直前にベルトを斬ったか……!」
「はい、その通りです」
「っと……」
状況を理解した瞬間、メルに短剣を胸元に当てられた。
こういう場合、動けば死が待っているのが冒険者というものだ。
静かすぎる空気が流れている。
周囲で見ていた冒険者も、まさかこうなるとは思っていなかったのだろう。
ぽけーっとした様子で、武器を当てられているドーレッグを見ていた。
長い沈黙を破ったのは、ドーレッグだった。
小さく笑ったあと大笑いしてメルの頭をガッシガッシを撫でまわす。
「はっはっはっは! 中々面白かったぞ小娘! いや、メルだったか!」
「あうう、えっと……」
「儂の負けだ! なんだなんだ面白い奴もまだまだいるじゃないか! 仙人様としかやり合えないと思っていたぞー!」
「で、でも完全に勝ったわけでは……」
「武器の無力化は手甲術にとっては致命的でな。どうも刃物が刺さるという恐怖があると動けないからいかんなぁ。はははは!」
ひとしきり大笑いした後、ドーレッグはメルの手を握って上げさせる。
その後大きな声で宣言した。
「この勝負、メルの勝ちだ! さぁお前らこの挑戦における約束事は知っているな! 勝者が出ればその時点で挑戦終了! 儂の暇つぶしの企画だったがなかなかいい人材が釣れたものだ! さぁ今日はこれでお開きだ! 散った散ったー!」
そんな約束事があったのかと、メルは少し驚いた。
遠くで話を聞いていたテールをも同じである。
冒険者は詰まらなそうに文句を言ったりブーイングが起こったりしていたが、結局お開きという流れになって外へと出て行ってしまう。
残されたのはギルド関係者とドーレッグ、メルとテールだけであった。




