3.11.到・着!
風がどんどん強くなっていく。
先ほどまで草木も揺れない無風が続いていたというのに、台風が直撃したように荒れ始めたのだ。
木が何とか耐えようとしているが、頭についている葉っぱと太い幹が風をまともに受け取ってしまう。
見たこともないくらいに曲がった木々は、中でミシミシと音を立てていた。
もう駄目だ、と思ったところで、ようやく風が静かになりはじめる。
九死に一生を得た木々たちは再び天に伸びる様に姿勢を正した。
だがその近くでは、地面に転がって肩で息をしている男女の姿があった。
「ぜぇ……ぜぇ……っ、おえぇ……」
「はぁ……な、はぁ……ツジ、ツジさん……? げほげほ……ど、どうして……もっと詳しく説明してくれなかったんですか……」
「んー? だって身構えられたらお前らの楽しそうな声が聞こえないだろう?」
「何言ってるのこの人……」
「はっはっはっはっはっは!」
愉快そうに笑っているツジを見て、メルはさすがにイラっとした。
そもそも『飛ぶぞ』だけで本当に飛ぶなんて予想できるわけがない。
風魔法は移動に使われることは確かにあるが、せいぜい数メートルが限界だ。
戦闘では危険な場面に直面した時風を使って逃げるか、相手の攻撃を逸らすかくらいしか使い道はない。
だというのにここまでの長距離移動。
彼が強いということは知っていたが、まさかここまで強力な風魔法を有しているとは思ってもみなかった。
魔族領に行って無傷で帰ってくるだけの実力は兼ね備えているようだ。
「げっほごほごほ……お、おへぇ……」
「て、テール大丈夫!?」
「すごく……気持ち悪い……」
長距離の空の旅で振り回され続けたテールは、完全に三半規管をやられていた。
まだ目が回っているのでしばらくは立てそうにない。
冒険者活動で体力のあるメルは回復が早かったようだが、テールは基礎体力がそもそもあまりないので回復が遅いようだ。
だがとりあえず無事そうだということは分かったので、メルはほっと胸をなでおろした。
側に座って回復を待つことにする。
そこで周囲を見てみたのだが、この辺りはどうやら森の近くらしい。
少し歩けばすぐにでも森の中に入れそうだ。
だが肝心のリヴァスプロ王国が見えない。
ツジが近くまで連れて来てくれているのであれば、大きな城壁がここからでも見えていいはずなのだがそういったものは見受けられなかった。
首を傾げながら、隣でクスクスと笑っているツジに聞いてみる。
「あの、ツジさん」
「んー? なんだ?」
「リヴァスプロ王国はどこですか?」
「ああ、ここからあと二日歩けば到着するぜ」
「近くに降りたんじゃないんですか?」
「そりゃそうさ。俺の魔法は周りに結構な被害を出しちまうからな。国に降りれば大惨事さ」
言われてみれば確かにそうだ。
爆風を吹き散らしながら国に降りればいろんなものが飛んでいくし下手すれば人も建物も飛んでいきかねない。
考慮としては満点だと思うが、もう少し近くに降りることはできなかったのだろうか?
飛んで移動したというのにここから歩いて二日というのはいささか遠すぎる気がする。
とはいえ運んでもらって文句を言うのもあれなので、黙っておくことにした。
話を聞いている内にメルは完全に回復したので、立ち上がって周囲の警戒をしはじめる。
ツジがいるので問題はないと思うのだが、これは冒険者としての癖だ。
それにやっていて損はないだろう。
メルが警戒していることにツジは気付いたようで、感心したように腕を組んだ。
「ほー。若いのにやることは分かってるんだなぁ」
「あ、ありがとうございます」
「んでもまだまだ。メルちゃん。それ、なにに警戒してる?」
「魔物とか動物とか……ですけど……」
「それじゃ足りない」
その瞬間、ツジが一瞬でメルの眼前に出現する。
驚いて一度距離を取ろうと下がったが、既に彼の手には小さなナイフが握られており、それが首筋に当てられていた。
それに気付いて動きを完全に止めてしまう。
よく見てみれば、そのナイフはメルが所持していた物だ。
あの一瞬で奪われて武器にされてしまったらしい。
どうやったらそんなに早く相手の動きを封じることができるのかと疑問に思っていると、彼の顔が目に入った。
獲物を狩る為に待ち伏せしていた獣。
目をランランと怪しく光らせて完璧なタイミングで飛び掛かる。
獲物の息の根を止めるまで決して離さんとする鋭い意志を持ったような表情を、彼はしていた。
誰もが一目見れば委縮してしまいそうな顔。
先ほどのけらけらしていた彼とは別人のように思えた。
一拍の間を置いた後、ツジは楽しそうに笑顔になる。
クスクスと笑いながら手の中でナイフを回転させて弄ぶ。
「ククククッ、敵は外からくる奴だけじゃない。中にも注意しておかないと寝首を搔かれる。君みたいな可愛い女の子は特に注意しないとねぇ」
「……び、びっくりしましたよ……」
「悪い悪い。だがこれで足りない物は分ったかい? まぁ本当は教えちゃいけないんだけどね、こういうのは」
「お、覚えておきます……ありがとうございました」
「どういたしまして」
軽く放り投げて指でキャッチしたナイフを、メルに返す。
器用だな、と思いながらそれを受け取り、鞘に納めてしっかりと固定した。
それを見てツジはまた頷く。
一度やられたことは何か対策をしなければならない。
これができなければただの馬鹿だ。
「よーし、じゃあ行くかぁ!」
「あ、はい! テールは行ける?」
「なんとか行けそうだよ……。ていうかさっき何を話していたの?」
「な、なんでもないよ! よし、じゃあ行こ!」
目的地は近い。
二日歩けばリヴァスプロ王国には必ず到着する予定だ。
初めての国の移動。
旅をして初めていく国。
二人にとって初体験の出来事がこの数日間で数多く起きている。
次は一体何が待っているのだろうか、と彼らは期待しながら軽い足取りでリヴァスプロ王国へと向かったのだった。




