3.9.武器を持って行った弟子
遠い昔のことを思い出すように、弟子という言葉を口にした。
呆れたように言い放った言葉ではあったが、懐かしみを感じているように遠くを見ている。
「お弟子さんがいたんですか。まぁその強さなら納得ですが……」
「んぁー、弟子っつってもあいつが勝手に俺のこと師匠って言ってただけだからなぁ。弟子と認めたことはなかったが、まぁーそう言った方が話がこじれにくいし」
「なんですかその微妙な関係性は……」
「なんだろうな? はははは!」
笑いごとではないと思うのだが、ツジとしてはあまり気にしてないらしい。
それにその弟子が武器を持っていったとなると、本当に笑っていられる状況ではないと思う。
長い間冒険者活動をしているメルであっても、武器を勝手に持っていく弟子なんて聞いたことがない。
話からするに譲ったわけでもなさそうだ。
それなのに怒っていない彼は、見た目よりも優しい人なのかもしれない。
「で、でも持っていったって……。そのお弟子さんがどこに行ったかは分からないんですか?」
「あー、なんていうかなぁー。まぁそうだな、どこに行ったか見当もつかん。ずいぶん長い事探したが、もう足取りも掴めないからなぁ」
「そうなんですか……」
「ああ、最後に訪れた場所は魔族領だってことだけは分かってる」
「「魔族領!!?」」
その地名を聞いて、二人は驚くしかなかった。
魔族領には普通の人々が住む場所にはいない魔物が多く生息していて、その場に行くことさえ危険とされているのだ。
足を踏み入れたら最後、もう戻ってくる事はできないらしい。
有名な場所なのでテールですらその危険性は知っている。
古くから住まう魔物は高ランクの冒険者でも倒すのは難しいとされており、ひょっこりと顔を出しただけでも大騒ぎになってしまうのだ。
だがその魔物たちは、ローデン要塞とライルマイン要塞という魔族領に一番近い都市が侵入を防いでくれている。
なのでその都市にいる冒険者や兵士は他の国よりも強い。
危険な魔物を退けるだけの力を持っていなければ役に立たないからだ。
この辺りの国で名声を得て、勇者気取りでローデン要塞に向かった冒険者が秒で死んだという話は有名である。
ローデン要塞、ライルマイン要塞は強さを求める冒険者には魅力的な場所ではあるが、その場で生まれ育った者でなければ、なかなか都市に馴染むことができないらしい。
最も、実力があればすぐに馴染むことができるらしいが。
「え、おで、お弟子さんは魔族領に行ったんですか!? っていうことはツジさんみたいに強かったり……?」
「うんにゃ、弱い弱い。ま、なんにせよそっからの足取りは分らねぇんだ。もう見つからねぇだろうなって思ってる」
「そ、そうなんですか……」
彼は諦めているようだったが……鎖の方はまだ諦めてはいないらしい。
『でもご主人が探してくれてるはず! 待とう! いつまでも!』
『『そうだなー!』』
「……わぁ」
鎖たちはそう言って、ツジに大きな期待を寄せているようだ。
だが本人はもう探す気はないらしい。
さすがに出会ったばかりでこのことをツジに伝えるのは憚られたため、テールは黙っておくことにした。
「まっ! こんな事は些細なことさ! 戦える武器があるから問題はねぇ!」
「け、結構妥協してるんですね……」
「妥協? 何言ってんだメルちゃん。いいか、武器ってのは一つだけじゃダメなんだ。あるもの全て武器にする。それができてようやく第一歩を踏み込むことができるんだ。そうでなきゃしの──」
「「……?」」
またツジがぴたりと止まって言葉を止めた。
目だけでキョロキョロと周囲を見た後、咳ばらいをする。
「ゴホン。ま、まぁ……武器が一つだったらそれが壊れた時どうするんだ、っていう話な」
「なるほど……確かに」
話を聞いている感じだと、ツジは武器に対する執着をあまり見せないようだ。
恐らく高位冒険者であればまず武器を壊さないように使うのが基本である。
武器を失ったというのにあまり焦っていないところからして、とりあえず使えれば何でもいいといった様子だ。
こんな人もいるんだなと、テールは少しだけその考えに感心した。
すると、ツジが一度手を叩く。
ニコニコと笑っており、なにやら楽しそうにしている。
しかし髪がぼさぼさで少し不気味だ。
「にしてもお前ら面白い奴だな! 俺は気に入ったぜ? 特にテールだったな」
「えっ!? ぼ、僕ですか!?」
「武器と会話できるなんて聞いたことがねぇ! メルちゃんもその辺の奴より強そうだ。それに久しぶりに人と話ができたからな! 俺としては感謝でしかねぇ!」
「それは良かったです! じゃ、そろそろリヴァスプロ王国へ行きませんか?」
「そうそう! そのことなんだがよ、今から俺が連れてってやる」
「「……え?」」
なにを言っているのだろうか、と首を傾げる二人。
今から一緒に行くという話ではなかったのだろうか?
だがツジはこの言い方に間違いはないといった風に胸を張っていた。
すると二人の肩を掴んだ。
「飛ぶぞ?」
「「はっ?」」
「俺は昨日、キュリアル王国にいた。だが一昨日はナロストロ領にいた」
「えっ!? そ、そこって……キュリアル王国から一週間はかかりますよ!? 一日で移動してきたってことですか!?」
「そういうことだ。ではどうやって? そりゃあなぁ……」
ボウンッ!!
大きな音が鳴った瞬間、土煙が舞って飛び上がった。
強烈な風が音を立てながら吹いており、三人は……空中で停止していた。
「「えええええええ!!?」」
「俺の奇術……じゃなかった。俺の魔法は風魔法! これくらいはどうってことないぜ!」
「ほえ!? うわゎわわっ!?」
「ちょ、ちょっとツジさん!? ま、まさかこのまま……」
「飛ぶぜ?」
「「やめてええええええ!!」」
その瞬間、視界が一気に動きはじめた。
ツジが風魔法を使って移動を開始したようだ。
経験したことのない空の旅は二人の恐怖を駆り立てるのには十分すぎるものであり、終始叫び散らしながら唯一の安心を保てるツジの腕をしっかりと掴んでいた。
大地のありがたさを身を持って体験している二人は、ツジの笑い声に気付かない。
彼はその叫び声が心地よいといった風に笑い散らかしていた。
「あっはははははは! こういうのも悪かねぇなぁ! はぁーっはっはっはっは!!」
「きゃああああああ!!」
「うあああああああ!!」
だんだん叫び声が遠のいていく。
小さなつむじ風が掻き消える頃には、その声は既に聞こえなくなっていた。




