3.7.毒探し
男の取った行動にメルはひどく驚いた。
ポズウォルフの毒は人の肌を簡単に溶かしてしまう程に強力なものだ。
素手で掬おうものなら体の中に毒が大量に侵入してしまう可能性がある。
すぐに止めようと思ったが、平然としている男を見て体がぴたりと止まってしまった。
彼は掬った毒を瓶の中に流し込み、蓋を閉める。
満足げに頷いた後、それをシャカシャカと振るってもう一度見つめた。
微妙な顔をしてから目を閉じて考え、鼻で笑ってからそれを魔法袋の中に仕舞い込む。
「ああ~、これも駄目っぽいなぁ~」
「え、ちょ……痛くないんですか? 大丈夫ですか?」
「んぁ? ああ、これくらいならな」
そう言って、手をひらひらと向けてくれた。
男の手は溶けるどころか荒れてすらおらず、鍛錬を続けてきたであろうごつごつとした手をしている。
それだけでとんでもない実力を持っているのだということが分かった。
ウォルフの群れとポズウォルフを瞬殺しただけのことはある。
「ど、毒を集めているんですか?」
「まぁな~。ああ、ていうか久しぶりに普通の人間と話すなぁ……」
「えっ?」
男の言葉を聞いて少しぞっとする。
先ほどの見えない誰かと話している姿を見ているので、今の発言が冗談であるとは思えなかったのだ。
それに気付いたのか、彼は取り繕うように明るく振舞った。
「ああ、いやいやこっちの話だ気にするな! えっとな、俺は今色んな毒を求めて旅をしているんだ! 強力な毒であればあるほど望ましい! できれば一滴で死ぬやつが! なんかそういう毒、知らねぇか?」
「そ……それも相当だと思いますけど……」
「これ以上に強い毒なんかないかぁ?」
「パッと思いつかないです……ね」
「そうかぁ~」
少し落胆したようにして男は頭を掻いた。
だがすぐにぱっと笑顔になって、メルに顔を近づける。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「あ、メルです。あっちで倒れてるのはテール……」
「大丈夫かあれ」
「旅に慣れていないので仕方ないかと。で、貴方は?」
「ああ、俺はつじ──」
男は名前を言う前に一度ぴたりと止まった。
目をキョロキョロと動かして背を伸ばし、頭をトントンと叩く。
「すまんすまん。亡霊に声を掛けられた。俺の名前はツジだ。よろしくな」
「ツジさんですね。えっと、亡霊って?」
「俺の周りには亡霊が何体かいてな。大丈夫、怖いもんじゃねぇ。皆俺みたいな話の分かる奴だ。その辺のイタコとはわけがちげぇ」
「いたこ?」
「ああー……えーっとここではなんて言うんだったか……。しれ、しし、しれー……」
「死霊術?」
「ああ! そうそう、それそれ!」
ツジはパンッと手を叩いてメルを指さした。
思い出せなかった言葉を聞いてスッキリしたようだ。
「んで、お前らは二人で旅してんのか?」
「はい。リヴァスプロ王国へ行く予定です」
「ほーん。俺と向かう先は一緒か。まぁこうして会ったのも何かの縁だ。国まで一緒に同行ってのはどうだい?」
「いいんですか?」
「いいさいいさぁ! 旅は道づれ世は情けって言うしなぁ! ……あ、いやこの世の人間はあんまりよかねぇが……」
最後の言葉は小声で聞こえなかったが、ウォルフの群れを一瞬で倒してしまう程に強い人物が同行してくれるのであれば、心強い事この上ない。
それに恩人でもあるので、この誘いを断るのは失礼というものだろう。
道中の安全も確保できるし、知らない人と仲良くなったりすることこそが旅の醍醐味でもある。
冒険者活動をしていた時とは少し違うな、と思いながら、これからよろしくという意味も込めて握手をしようと手を差し出した。
「これからよろしくお願いします!」
「ああ、よろしくだ」
ツジは握手はせずにパンッと手をメルの手に当てる。
これが彼なりの挨拶の仕方なのだろう。
特に気にするようなことでもないので、メルは伸びているテールを起こしに走っていった。
近づいてみると、テールは息をすでに整えて寝転がっている。
メルが近づいてきたことを確認すると上体だけを起こし、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「た、戦えないと危ないね……。ごめん」
「いいよいいよ、大丈夫! ツジさんもこれから一緒に来てくれるって言うし、これからは安全だよ!」
「ツジさん?」
「テールっていうのはお前か? よろしくなぁ~」
なんとなく話の流れを理解したテールは、とりあえずツジに挨拶をした。
不気味な格好だが……なんとなく悪い人ではないような気がする。
『『『『ジー……』』』』
「……え?」
そこで大量の小さな声が聞こえてきた。




