3.6.逃走中
「おーーーーわああああああ!!」
「テールもっと早く走って!」
「無理無理無理無理!!」
「「「「ヴァウルルッル!」」」」
あれから二日。
今現在、二人は魔物の群れに追われていた。
どうやら血の匂いを嗅いで自分たちを追跡していたウォルフがいたらしく、群れを成して襲い掛かってきているのだ。
ただのウォルフの群れというだけであればメルだけで何とかなるのだが、今回はそうも言っていられない。
「ゴボヴォボボヴォ……」
群れを指揮していると思われるリーダー格のウォルフがいるのだ。
ウォルフは生息地によってその毛並みの色を変える。
だが時たま、その生息地に適応するために進化してしまう個体が存在するのだ。
他のウォルフより一回り大きい魔物、ポズウォルフ。
毒沼付近に生息していた過程で進化し、毒を体に纏わりつけたり、吐き出したりして攻撃をしてくる厄介な存在だ。
ポズウォルフの一番厄介な能力はその防御性能である。
攻撃をすれば毛の中に纏わりついている毒が飛散して攻撃してきた者の肌を溶かす。
なので遠距離攻撃主体での討伐が推奨されている危険極まりない魔物なのだ。
しかし、今の二人は強力な遠距離攻撃を使うことはできない。
メルは接近戦主体で行動するし、テールはせいぜいナイフを投擲するだけだ。
だがポズウォルフがいる場所は遠いので、テールの肩ではそこまで届かせることはできない。
なので二人はとりあえず逃げていた。
「め、メル! こ、こういう時は! どうするの!?」
「まずはウォルフをある程度始末しないと! でもポズウォルフが近くにいるから難しい!」
「ポズウォルフの毒はウォルフに効かないの!?」
「効くけど調整して当てないようにしてる! あの個体仲間の重要性をよく知ってるみたい!」
今のところ打つ手なし。
こんなところで死んでたまるかと全力で足を動かすが、だんだんと足が重くなってきた。
今日の今日まで歩き詰めで筋肉痛が走っており、速度を著しく低下させている。
「ここで使いたくなかったけど! そいっ!」
メルが魔法袋の中から小さな球体を取り出し、それをウォルフの群れ目がけて投擲する。
飛んできた玉を一匹のウォルフが噛み砕こうと飛び掛かり、それを口でキャッチした。
がりっと力を入れて噛み砕いた瞬間、ボフンッという音を立てて赤い煙が周囲に広がっていく。
唐辛子の粉を混ぜた煙玉である。
近くにいたウォルフはその煙を吸って悶絶し、その場に倒れるか、えづきながら足をとめたりしていた。
これで少しは時間稼ぎになるかと思ったのだが、そんなことはなく数体のウォルフと一匹のポズウォルフは未だに追いかけてきていた。
「うわー! ちょっと噛み砕かないでよ!! 狙ってた位置と違う場所で爆発したじゃーん!!」
「も、もう一個ないの!?」
「高いから一個しか持ってなかったのよー! こんなことならお金ケチらずに買っとけばよかったぁ!」
「ぜぇ……ぜぇ……ちょっと、ヤバイ……」
「え、うそ!」
体力の限界が近づいてきていた。
明らかに逃げる速度が遅くなり、ウォルフが迫ってくる速度が速くなっている。
このままではマズい。
しかし戦っていい状況ではなかった。
ポズウォルフは危険すぎる魔物だ。
遠距離特化の冒険者がいれば討伐はそう難しくはないのだが、近距離主体の冒険者パーティーだと壊滅させられることも多い。
一人で戦うなど無謀ではあったが、ここで引いてしまってはテールを失うことになってしまう。
それだけは何としても阻止しなければ、と意を決して両刃剣・ナテイラを抜き放った。
「メル……!」
「行って! さぁ来なさい!」
「「ヴァグァアア!」」
ズバン!
ズバン!!
ズバンッ!!!!
計三回の断絶音が体の芯を捕らえて振動させる。
まるで大きな音を思い切り浴びたような感覚だ。
初めて感じる衝撃を理解しようとするが、何が起きたのかさっぱり分からない。
だが唯一分かることがあった。
目の前まで迫っていたウォルフの群れと、一匹のポズウォルフが固まっている。
時間でも止まったのかと思えるくらいビタリと静止した彼らは、次の瞬間首だけがボトリと落ちてようやく体も地面に倒れ伏した。
「……え?」
「ごへっ!」
「て、テール!? 大丈夫!?」
「へ、平気……。ぜぇー……はぁー……」
脚をもつらせて転倒したテールは、寝転がったまま息を整えている。
立ち上がるのにはしばらく時間がかかりそうだ。
その間にメルはあれだけの群れのウォルフを倒した人物を探すことにした。
これだけの技量を持つ人物だ。
相当な手練れだということが分かる。
魔法を使ったということは確実なのだが、メルから見てもどんな魔法を使ったのかさっぱり分からない。
しかしウォルフたちの首はしっかりと落ちており、地面には斬撃の傷痕が幾つも刻まれていた。
「……何処……?」
「あーあぁ、こりゃ硬い肉の狼だなぁおい」
「ひょわっ!!」
「命を粗末にするなって? 知らん知らん。んなこと忠実に守ったとしても仏様の所に行けるはずねぇだろうしなぁ。どーせ地獄だよ地獄。うんうん」
「……?」
一人の男が一匹のウォルフの前でしゃがみ込んで、その肉を突っついていた。
声を聞いてようやくその存在を見つけることができたのだ。
気配を殺していたのか、それともただ気付かなかっただけなのか。
男はぼっさぼさの長い髪の毛を後ろで一つに束ねており、腕には鎖を巻いていた。
見たことのない七分丈の分厚い服を着ており、袖の口はとても大きい。
だらしなく着飾っている彼は、立ち上がったと同時に腰に巻かれている帯の結び目をもう一度しっかりと結び、大きな欠伸をした。
「~ぁ……。あ? 子供? そんなの何処に──いるじゃねぇかおい」
「えー……と……。あ、ありがとうございました!」
「え、なにが?」
「え?」
「んえ?」
何者かは分からないが、彼は二人を助けてくれたことに違いはなかったので、とりあえずお礼を言った。
しかし予想していた言葉とはまったく違う言葉が返ってきたのでキョトンとしてしまう。
彼も彼で、メルが何を言っているのか本気で分かっていないようだったので、首を傾げているようだ。
すると、男は横を向く。
「……え、そうなのか? ……ふぅん。命拾いしたな小娘」
「あ、えっと。はい」
「ってぇ!! おい貴様殴ることねぇだろ! というかなんで実体もってやがるどこで覚えた! ……あぁん!? あんにゃろこいつらにまで体持たせなくていいんだよ!」
なんだかぎゃーぎゃーと見えない誰かと会話をしている。
それを少し薄気味歩く思ったが、死霊術を使うことができる人なのかもしれないと勝手に納得しておいた。
「あのー……」
「っと、悪い悪い。いやなに、俺の狙っていた獲物に他の奴らが追われていると気付いてなかったんだよ。ああー、つまりだ。別にお前らを助けるためにこいつらを倒したわけじゃないってこと。変な誤解与えて感謝されたくねぇからよ。でも気分悪くしたらすまねぇな」
「い、いえいえ! どういう経緯であれ貴方のお陰で助かったのは事実ですからお気になさらず!」
「そうかい」
彼は本気で気にしてないらしく、そのままポズウォルフの方へと歩いていく。
血液と一緒にどくどくと流れ出している毒を見たあと……それを手で掬った。
「え!?」




