3.4.仙人
メルもようやく落ち着きはじめ、今は街道を見つけてゆっくりと歩いていた。
とはいえ、さすがに歩いてリヴァスプロ王国に向かうわけにはいかないので、馬車を見つけたら乗せてもらえるか聞いてみる予定だ。
旅に慣れていないテールからすれば、今歩いているだけでも相当堪えている。
重いバックに長距離移動。
自分の剣を腰に携えて歩くだけなのだが、それだけでも息が切れてしまう。
しかし冒険者であるメルは軽い足取りで鼻歌を歌いながら歩いていた。
「はぁ……はぁー……。メルー、ちょっと休憩しよう……」
「え? あっごめん気付いてなかった……」
バックを地面に降ろして座り込む。
水を取り出して喉を潤し、一つ息を吐いて脱力した。
普通に長距離を歩くだけの体力が今はない。
これから付けていかなければならないことだが、初日でこれだけ歩けばまぁいい方なのではないだろうかとテールは自分を褒めておく。
少しだけ張った足をトントンと叩いて軽くマッサージした。
旅に慣れていないのにこれだけ重いバックを背負うのは少し大変だ。
メルに魔法袋に入れようか、と言われたが、この中には大切な仕事道具が入っている。
さすがにこれを任せるわけにはいかなかったので、このまま持っている。
自分の手が届くところにないとなんだか落ち着かないのだ。
「はぁ~……疲れたぁー……」
「半日歩いたもんね。丁度いいしご飯でも食べよっか」
「街道のど真ん中じゃマズいかな?」
「そうね。あっちまで移動しよ」
メルが指差したのは街道から少し離れた場所で、そこには木が数本立っている。
奥の方にはうっそうと茂った森があるのでなんだか怖かったが、入るわけではないので危険はないのだという。
であればと、テールは重い体を何とか持ち上げて指定された場所に移動した。
到着するや否やメルは魔法袋からいろんなものを取り出して調理を開始する。
先ほど狩ったウォルフの肉にフライパンやら調味料やらといろいろしまい込んでいたらしい。
それを見て魔法袋は便利だな、と改めて思った。
今はお金があるのだから、もし機会があるのであれば購入してもいいだろう。
自分も手伝おうと思って声を掛けたのだが、何故だか断固拒否された。
その反応に首を傾げつつ、もう一度座り込む。
「……そういえば、そのリヴァスプロ王国にいる最強の人ってどんな人なの?」
前々から気になっていたことだ。
テールは冒険者の話などをメルからよく聞いていたりしたが、この事は初めて聞いた。
彼女も実際に会ったことはないはずなので、どういう顔をしていたりどんな性格なのかは分からないだろうが、彼が成した功績くらいなら噂として聞いているはずである。
すると、メルはすぐに答えてくれた。
「えーっとね、噂に尾ひれがついていることもあるんだけど、一番面白いなって思ったのは自分のことを仙人って呼ばせてるんだって」
「千人?」
「仙人ね、仙人」
「えっと……仙人ってなに?」
「あー…………さぁ?」
「ええー」
一番大事なところを知らないというのはなんとももどかしいものだ。
とはいえ知らないのであれば仕方がない。
他のことを聞いてみることにする。
「他には?」
「これ信じてくれるか分からないんだけど……」
メルは言おうかどうか少し悩んでいたようだが、結局教えてくれる気になったらしい。
少し困った顔をしながら、口を開いた。
「その人、死なないんだって」
テールの頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。
この世界には数種類の種族が存在しているが、死なない種族は絶対に居ない。
生物である限り死は必ず迎えるものであり、避けられるようなものではないのだ。
しかしその中で不死に近い存在をテールは知っていた。
「アンデッドなの?」
「それが違うらしいの。ちゃんと意思疎通ができて、食べ物も食べて……敵味方の区別を付けて戦ったり、手加減してくれたりするらしいのよ。アンデッドはそうじゃないでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
テールの知っているアンデッドは意思疎通はできず、まともな食事は摂らずその辺を徘徊し、敵と認識した生物を食い殺す、そんな存在だ。
メルも何度か対峙したことはあるらしい。
そもそもアンデッドが最強になれるわけもないので、この考えは早急に捨てられた。
「それにね? 傷がすぐに回復しちゃうんだって」
「本当に?」
「これは私も見たことがないから分からないけど、この話は本当みたい」
「何歳なのかな?」
「お爺ちゃんって聞いたけど……本当にその人は強いみたい。なんでも竜を一人で倒したり、魔族の襲撃を三人で倒したり……その指揮官の首を持って帰ったりしたっていう凄い人なのよ。とにかくすごい人!」
「竜? ま、魔族……? それこそ尾ひれがついてるんじゃ……」
「そうだとしても、それだけの力があるっていうことにはならない?」
「ああ、考えを変えてみればそうかもしれないね」
テールは面白そうにその話を聞いていたが、内心ではあまり信じていなかった。
だがそこまでの噂を作り上げられる実力があるというのは、メルの言葉を聞いて確かに、と頷いた。
会えるかどうかは分からないが、メルは会う気満々らしいので気のすむまで付き合ってあげることにする。
その後に自分の方を手伝ってもらうのがいいだろう。
今のところ何の目途も立っていないのだし、これくらいの寄り道なら許されるはずだ。
「よーし! テール出来たよ! ウォルフのステーキ!」
「ありがとう」
とりあえず腹ごしらえだ。
しかし二人は想像以上に筋張っている肉を食べて、苦笑いをしたのだった。




