2.14.夢の中
そこにあった剣は……テールが王族のために研いだあの剣だ。
約一日、この剣を研ぐのに時間を費やしたのですぐに分かった。
輝いている剣身は研ぎ師スキルを持つ者にしか生み出せないものなので、見間違うはずがない。
しかしこれは先日バーシィに手渡していたはずだ。
「なんでこれがここに?」
コンコンコンコン……ジョリジョリ……。
音を聞いて目の前にいる彼が何か作業をしているということに気が付いた。
じっくり見てみみると、鑢で剣の根本を粗く削っている。
それによって刃が潰れ、大きな刃こぼれができた様になってしまった。
目を大きく見開き、自分でも驚くような大声を腹から出す。
「ぎゃああああああ!! なにしてるんですか!? ちょっと! おじさん!! 止めて!! それ止めてくださいちょっと!!」
「……」
「ちょ!! ちょっと本当に待ってちょっとやめてええええええ!!」
自分が完璧に研いだものをこうして扱われるとさすがに腹が立つ。
だがそれ以上に、ショックの方が大きかった。
誰の許可を得て数十時間研いだ剣の刃を潰しているんだと叫びたくなる。
何度も何度も男を止めようとするが、体はすり抜けてしまって止めることはできなかった。
作業はそのまま続けられ、鑢の半分の形にまで凹んでしまった刃は、見た目だけで言うと一種のデザイン性を感じさせるものになっている。
だから何だという話だが。
それ以前にこんな事をすると剣のダメージがとんでもないことになる。
そういう風に加工されている剣であればまだしも、まっすぐで綺麗な剣身の一部をこうして傷つけると折れる原因になってしまう。
「なんてことしてくれたんですか!? ちょっと!! それ作るのに、研ぐのにどれだけの時間がかかっているか分かってるんですか貴方ああああ!!」
「よし」
「よしじゃないですよ!!!!」
『ケテ』
「……はえ?」
可愛らしい綺麗な声が聞こえた。
喋ることをようやく覚えた子供の様な声であり、拙いながらにも何かを必死に伝えようとしてくれているのが分かる。
しかしどこからそんな声がしたのか分からない。
周囲を見渡しても小さな子供はいないし、この男がそんな可愛らしい声を出せるとは思えなかった。
すると、また声が聞こえた。
『タ、ウケ……テ。ター、ケ、テ』
「……剣……?」
『タスケテ』
剣が、声を発していると直感的に理解することができた。
男の持っている剣を注視すると、また声が聞こえてくる。
助けを求めている声が。
『タスケテ』
そこでまばゆい光がテールを包み込み、目を強くつぶってしまう。
声は次第に遠のいていくが、最後の最後まで助けを求める声がテールの耳には届いていた。
しばらくして、何とか目が慣れてきてようやく目を開けられるようになった。
目を擦ってから周囲を確認してみれば、そこは自分の寝室だった。
着ている服は寝間着で、ベッドをぼすぼすっと叩いてみるとしっかり音が聞こえる。
そこでようやく、あの現状を理解した。
「……夢?」
夢であれば、あの空間で起きた妙な出来事にも説明がつく。
良かった死んでなかった。
それに酷く安堵し、大きなため息を吐く。
ドンドンッ!
パパパパンッ!
外から軽快な音楽と人々が楽しんでいる声が聞こえてきた。
そういえば今日は王子の誕生日でそれを祝う祭りがあるのだ。
あの剣は確かその誕生日プレゼントとして、王子に剣を渡す予定のはずだ。
しかしあの夢の内容が少し気になった。
そんなにあの剣に未練があったのだろうか。
確かに長い間研ぎをして剣の性格を掴み、綺麗に研ぐことができたので少し寂しい気持ちはあるが……。
「……んー、なんだったんだろう……」
考えても仕方がない。
もうあの剣をお目にかかることはないかもしれないし、所詮は夢の内容だ。
特に気にするようなものではないだろう。
しかし寝過ぎてしまったようだ。
これではもうカルロは先に起きて下に降りているかもしれない。
「テールー! テーエールゥー!」
「……ま、仕事も終わったし、たまには昔みたいに遊ぼうかな」
ベッドから飛び降りて着替え、すぐにメルが待つ店へと降りていったのだった。




