2.11.Side-メル-依頼完了
解体を始めて数時間後。
コレイアの魔法のお陰で何とか三人でも解体作業を終わらせることができた。
さすがに巨大な肉や骨を小さなナイフで捌くのは骨が折れたが、なんせ切れ味が良かったので普通の数倍の速度で作業ができた。
解体した物は肉を入れる袋、骨を入れる袋、皮を入れる袋など、数種類に分けた魔法袋にすべて押し込んだ。
その後すぐに三人は地面にへたりと座り込む。
さすがに長い間作業をし続けて体が痛い。
魔法がなければもっと大変だっただろう。
「つーかーれーたー!」
「もうこんな仕事したくない……次は……仕事選ぶ……」
「私も……」
話とまったく違う魔物討伐。
これは追加の報酬も欲しいところではあったが、解体した肉や骨はもしかしたら依頼料よりも高額になるかもしれない。
大変ではあったが、そんな風に想像すると少し口元がほころぶ。
稼いだお金で何をしようか。
たまには高級スイーツ店で食べ物を食べてもいいかもしれない。
装備の新調も視野に入れておきたいが、今はこれで十分だ。
愛用の武器を長持ちさせるというのは、それだけ戦いの技術が上がっているということ。
体を守ってくれる防具を長く使うのは、それだけ戦闘で傷つかないということになる。
そう考えると日に日に成長していることが分かった。
アイニィの装備はいつ変えただろうか?
コレイアの杖はいつから使っていたのだろうか。
それを見て知らない間に、自分たちは強くなっていたのだと教えてくれた。
メルがそんなことを考えていると、アイニィがコレイアにお礼を言う。
「ありがとうねコレイア。貴方がいなかったら本当に日が回っていたわ」
「水魔法で解体した肉や骨を支えてただけだけどね……。それよりアイニィのナイフの方が凄かったよ? メルちゃんは剣で解体してたけど」
「そーなのよねー……」
アイニィは使っていたナイフを取り出す。
何度使っても刃こぼれせず、油を拭き取れば切れ味が復活する。
更にまだまだやれるぞと言わんばかりに輝くナイフは、疲れを知らなさそうだった。
あと数十回使っても切れ味は保持されていそうだ。
ナイフを見ていると、ニヤニヤとしながら顔を覗かせるメルの姿が視界に入った。
それに気付いて固まってしまう。
「……」
「どうだった? 凄いでしょ?」
「……はぁー、分かったわよ認めるわ……。やるじゃない不遇職のくせに」
「でっしょー!」
「ああ、そういえばそれ……研いでもらったんだっけ」
「そうよ。はぁー、私が今まで研いでいたのは何だったのかしら……。ぶっちゃけ比べ物にならないわ……」
そう言って使っていた研ぎ石を取り出す。
冒険者なら誰でも持っている小さな石であり、ナイフや剣を研ぐのに使用されるものだ。
ずいぶんと小さくなってしまっており、今ではナイフくらいしか研ぐことができない。
本来はここまでの切れ味を有している刃物を、この研ぎ石でそれを壊していたと思うとなんだかやるせない気持ちになった。
技量の差もあるのかもしれないが、自分が研いだナイフと、テールが研いだナイフとでは比べるのがおこがましいくらいの違いがあったのだ。
そのおかげで解体も普通より早く終わった。
これはもう認めざるを得ない。
ニコニコ笑って満足そうにしているメルは、アイニィの反応を楽しんでいるようだ。
何のために存在するのか分からなかったスキル、研ぎ師。
鍛冶師から購入した武器こそが完璧な武器であり、それが普通だと思って満足していた。
が、実際には違ったようだ。
「でもこれ……認めたくないって人が出てきそうよね」
「た、確かに……」
不遇職と蔑まれている研ぎ師。
彼らの本当の実力を知ったからこそ、懸念が生まれた。
そもそも冒険者は自分の武器を誰かに任せようとは思わない。
メルは好んでテールに研ぎを任せるが、他の人からしたら異常な光景だった。
そういった考えが払拭されない限り、彼らを認めてくれる人は出てこないだろう。
「でも、アイニィ認めてくれたじゃん」
「……うん、不本意ながら」
「なんで!」
「いや、そういうもんでしょ。ていうか不遇職に自分の使っているナイフを一回研いでもらったって思われるだけでも今は嫌だもん。メルがしつこかったから今回はやっただけで」
「ええー! でーもー!」
「いや、うん。実力は認めてる……本当に……」
これまで使っていたナイフが鈍らすぎた。
そう実感できるほどに、テールの研いだナイフの切れ味は恐ろしかったのだ。
そんな彼に研いでもらっているメルの両刃剣・ナテイラ。
あのナイフと同じ切れ味を持つ武器というのは魅力的ではあるが、やはり恐ろしかった。
今までと同じ調子で武器を使っていると、予想だにしない切れ味に目測を見誤りそうだ。
今回倒した魔物の首を切り裂いたメルの剣。
研いでいない普通の剣であれば、あそこまでの痛手を負わせることはできなかっただろう。
硬い毛に分厚い毛皮。
それらを一撃で切り裂く剣というのは、持っているだけでなんだか不安になりそうだった。
「……だから、私の槍は……いいかな……」
「別に普通だよー? ほら」
「ちょっと待って怖い怖い! 向けないで怖いから!」
「そう?」
「……メルの幼馴染が『危ない』っていった理由……今になって分かったわ……」
あのまま刃に触れていれば、少なからず怪我をしていたのは確実だろう。
止めてくれた彼に感謝しなければ。
すると、コレイアが立ち上がった。
パンパンッとローブについた汚れを手で払う。
「日が暮れる前に、依頼完了させちゃお」
「それもそうね。じゃ、内臓だけ地面に埋めてくれる?」
「分かった」
コレイアがトンッと持っていた杖で地面を叩く。
「土よ。大地よ。大陸よ。我らが住むに欠かせぬ恵みをもたらし、すべての礎となる汝らのお力を貸したまえ。守るに長ける精霊の長よ。小さき我に汝らの一部を貸さば力添えを致しましょう。鳴るなや、轟くなや、揺れるなや。我の前に姿を現し、臓物を埋めたまえ。ダートウェイブ」
詠唱のあと、地面が動いて放置されていた魔物の臓物を地中に沈めていく。
平らな地面になったあと、一つ息を吐いて踵を返した。
「疲れた……行こう……」
「お疲れ!」
「さー、帰ったら売り飛ばすわよー。これどれくらいになるのかしら……?」
「帰ってからのお楽しみだね!」
報酬と売却金に期待を寄せながら、彼女たちは帰路についたのだった。




