8.24.何故に死なぬのか
暴力的な熱が乾芭を襲ったが、彼は既にそこにはいなかった。
灼灼岩金の魔法は一時的に視界を遮ってしまう。
それに乗じてかれはその場から逃げ出したのだ。
テールは術者になっているので熱は感じない。
そのおかげで守りに重きを置くことはできているのだが、如何せん攻め込むことが難しそうだった。
「ど、どこに行きました!?」
『後ろだ! そのまま横に振り抜け!』
「はぁっ!!」
キィインッ!
タイミングよく乾芭の顔に当たりそうだった刃は、忍び刀で危なげなく受け止められた。
乾芭はその後すぐにすさまじい速さで灼灼岩金を弾き、テールを蹴飛ばす。
想像以上に強力な攻撃はテールを簡単に吹き飛ばし、地面に背を打つことになった。
痛みをこらえてすぐに立ち上がろうとしたのだが、乾芭は既に目の前に来ている。
忍び刀の切っ先がこちらを向いていた。
「! 灼さん!」
『はぁ!!』
地面を手で叩くと、溶岩が再び噴き出した。
丁度足元から噴出したのだが、乾芭は体をねじって地面を蹴ることなくその場を離れる。
服に少し溶岩が付着して溶けてしまった様だが、その程度では痛みを感じないらしい。
相変わらず鋭い表情のままテールを睨みつけており、一度距離を取って仕切り直した。
木の影に移動する。
相手から体が完全に見えなくなったところで跳躍し、木を蹴って木の上に登った。
西行が使っていた闇陰流のその場から消えるカラクリだ。
この程度であれば、乾芭は簡単にこなすことができる。
そして木を蹴って音もなく跳躍し、上を取った。
重力に従って落ちると同時に忍び刀を突き立てるようにして切っ先をテールへと向ける。
あとは待つだけだったが、どうにも勘がいいらしい。
「!!」
テールはばっとその場から飛びのいた。
先ほど立っていた場所に乾芭が落ちてきて、忍び刀が地面に深く突き刺さっている。
それを抜きながらこちらを睨みつけたあと、血振るいをする様にして接近してきた。
『下から振り上げろ!』
「やぁ!!」
『右に足を踏み込め!』
「ぐっ……!」
『頭を下げろ!』
ギンッ!! ギャンギンッ!!
灼灼岩金の指示通りに動くと、凄まじい速度で動く乾芭の攻撃は不思議と当たらなかった。
回転、跳躍、武器の構えを幾度も変えているので目まぐるしい。
何処に忍び刀があるのかもわからなくなりそうなほどだ。
しかし防げているとはいえ、結構ギリギリった。
一歩でも間違えてしまえば確実に彼の持つ忍び刀が体を貫くだろう。
当たらないことに業を煮やしたのか、乾芭は距離を取りながら手裏剣を六つ投げた。
だがそれは灼灼岩金の魔法で簡単に対処する。
ギリリと歯を食いしばって、腕に力を込めた。
「なぜに……! 当たらぬ……!!」
「助かります、灼さん……」
『我の奇術は奴の動きを教えてくれる。長年の経験が生きたな。しかし小僧も良い動きだ。以前よりだいぶましになったではないか』
「筋肉痛がまだ痛いですけどね」
未だに体は悲鳴を上げているが、ここで体を庇えばすぐに死が迫ってくる。
今感じている痛みは気のせいだと思い込むことにし、とにかく乾芭の攻撃を往なし続ける。
攻撃のタイミングは少ないが……これであれば何とか時間を稼げそうだ。
大きく息を吸い、そして静かに息を吐く。
切っ先を乾芭に向け続け、灼灼岩金の言葉に耳を傾ける。
『忍具は任せよ。何とかしてやる』
「お願いします」
『大地を踏め!』
「はいっ!!」
右足は怪我をしているので、左足を上げて地面を踏む。
すると周囲が熱を帯び始めた。
異変を感じ取った乾芭が構えを低くとると、彼を取り囲むようにして溶岩が出現する。
爆発するように噴出したそれは、容赦なく彼を襲った。
『あ、主様! 主様! お逃げくださいませ! お逃げくださいませ!』
「くそ」
でろりと溶けた肉体が、地面に吸い込まれる。
その瞬間大量の溶岩が流れ込んできて、その大地も焼いていく。
真っ赤になった大地は常に熱を放ち焼き続けているが、これで終わったとは到底思えなかった。
テールは気を抜くことなく灼灼岩金を構え続け、灼灼岩金は大地から乾芭の位置を教えてもらう。
反応がないということは一度姿を溶かしたのだろう。
しばらくすれば、現れるはずである。
『!! 小僧縦に防げ!!!!』
「え──」
ぎゅんっと目の前にやってきた乾芭の狂気的な笑みが、こちらを覗いていた。
その瞬間は非常に遅くはあったが、何をされたのか理解することはできない。
脳が思考するよりも速く、脊髄が反応するよりも速い勢いで接近した乾芭は忍び刀でテールの肉体を貫いた……かに思われた。
鈍い打撃音が聞こえたかと思うと、テールの視界から乾芭が消えてしまう。
するとすぐに真横からどさっと人が倒れ込むような音が聞こえた。
バッと振り向いてみれば、そこには吹き飛ばされた乾芭が地面を滑り、何とか体勢を立て直すためにとんぼ返りをしている姿が目に入る。
そして……その間にもう一人の人物がいた。
じゃらっと鎖を引っ張って伸ばし、鎌の切っ先を乾芭に向けて立っている人物。
前に見た時とは少し姿が違った。
彼はぼさぼさの髪を束ねていたが、今はそれを解いて額当てを装着している。
三尺ある手拭いを口元に巻き付け、後ろで結んで残った部分は後ろに放り投げていた。
鋭い目つきは人一人を殺すには十分すぎる鋭利なものだ。
だが乾芭の様に怒気は纏っておらず、ただ純粋な静かな殺意のみが零れだしていた。
そしてなぜか腰に隼丸が携えられている。
男はそれを腰から抜くと、テールの方へと放り投げた。
「おわわわっ!」
『『投げんなよ!!』』
「遅くなったな、テール」
「! 助かります! ツジさん!」
武器を構えたままこちらを向いた辻間は、目元を細めて笑った。




