7.36.時を同じくして
西形正和がライア・レッセントの首を落とすのと、メルがバネップ・ロメイタスの首を落とすのはほぼ同時だった。
カンッと石突を床に突き、勝利を決める西形。
頭部が落ちた後にライア・レッセントの胴体がどさりと倒れる。
バネップも同じタイミングで地面に倒れ、動かなくなった。
それを確認したメルは残身を残して後退し、大きなため息をついてへなへなと地面に座りこむ。
バネップの体はそのままゆっくりと朽ちていく。
彼自身が負けを認めてしまった時点で、それは始まっていた。
体の中身はスカスカで、腐った皮膚がぼろりと崩れれば、空いた空洞に風が吹き込む。
「……ぉぉ、ぉむ、すめ」
「はぁ……はぁ……え?」
「こむ、すめ」
カサカサになった唇から、辛うじて聞き取れる声でバネップがメルを呼ぶ。
転がっている頭も次第にぼろぼろになり始めているが、幸いにも頭部から崩れ始めているようだ。
まだ口は、動かせる。
相変わらず真っ白な目玉がこちらを見ていたが、よく見てみれば左目だけ普通の眼球に戻っていた。
しっかりとした輝きがあり、瞳が存在し、優しい眼差しでこちらを見ている。
「……名を、なん、と、いう」
「……メルです」
「メ、ル……。よ、い腕、だ」
言葉を発しにくい。
だがそれでも、彼女の名前だけは知っておきたかった。
自分を倒せる力量を持った人物は、そうそう居ない。
かつて木幕とも一線を交えたことのある彼ではあったが、あの時は魔法を使用しなかった。
完全な自分の実力での真剣勝負。
それには負けてしまったが、今し方使っていた魔法を使って戦ったのであれば、軍配はこちらに上がっていたかもしれない。
陸王、海王と呼ばれたあの二人にも、これであれば対等に肩を並べられただろうか。
そんなことを思いながら余生を過ごしたが、終ぞ彼らと出会うことは叶わなかった。
だがメルと戦って、敗北して、全力を出したとしても彼らには追いつけなかっただろうと直感した。
情けない話だが、これは事実だ。
自分の本当の実力を確かめたいがために、自分はまたここに降りてきたのだろうか。
だが心の内を支配する目的は、何やら異様だった。
確かに目の前にいるメルという人物、そして近くにいる三つの気配を完全に消さなければならないという感情が渦巻いている。
しかし、何故そうしなければならないかがまったく分からなかった。
「お、まえ、ら……は、な、ぜここ、に……?」
「……砥石を……」
「では、なぜ、わ、た、し、はお前、らを、ころ、し、たい、とおも、う? のだ?」
「呪いではないでしょうか」
「な、ん、の……のろ、い、だ?」
「木幕さんが倒した、邪神の……呪い……」
面白い事をいう小娘だ、とバネップは普通なら鼻で笑うところだったが、今はなぜかその言葉をすっと理解することができた。
呪いの内容をバネップは知らないが、この蘇りがその呪いの影響で起こってしまったことなのだろう。
いくら操られていたとはいえ、将来有望の小娘を手に掛けようとしたことに、バネップは小さく情けないと呟く。
だがそんな中でも、メルとの戦いを通じてうっすらと戦いの楽しさを思い出した。
結果としては負けてしまったが、そのおかげで、今だけは自我を取り戻している。
だが、もうそろそろ……体が朽ちそうだ。
であれば……今自分に起きていることと分かっていることを、伝えておくべきだろう。
意味があるかは分からないが、どうせこの小娘にしか口を利く時間は無いのだ。
「メル、き、け」
「はい」
「十八、人……。わた、しと、ラ、イア、を除く、か、すか、に、感じ、と、れ、る、たまし、い。」
「十八人……? 微かに感じ取れる魂?」
「わ、たし、と、似た、そん、ざいが、おまえ、ら、に……刃を、む、ける」
バネップが言っているのは、彼と同じように呪われた人間……木幕たちとかかわりのあった人物のことを言っているのだろうか。
そう考えるのであれば……。
残り、十八名の人物が自分たちを襲いにかかってくるということだ。
侍ほどの強さは有していないかもしれないが、それでも六百年前の人間は脅威でしかない。
魔王軍との戦いで立ち向かった彼らの実力は……今の冒険者と比べ物にならないだろう。
既に口と顎だけしか残っていないバネップは、最後の言葉をメルに投げた。
「だがき、を、つけ、ろ……。陸王、メディ、セ、オ・ランバ、ラル、海王、ナルス・アテーギ、アには、気を、付、け、ろ」
「メディセオ・ランバラル……ナルス・アテーギア……。ナルスって……あの……」
「……魔王、柳に、も、な……」
「え?」
メルが疑問の言葉を口にした瞬間、ファサッと一瞬で残りの部位が朽ち、砂塵となってどこかへ消えた。
彼が残した重要な情報。
十八人の人間と、その中でも気を付けなければならない二人の人物。
そして、柳という名の魔王。
その最後の言葉だけが、いつまで経ってもメルの耳に残り続けた。
呆然と立ち尽くしていると、青い鉱石を嬉しそうに掲げて走ってくるスゥと、少し遅れて歩いて戻ってくるメル。
最後に、腕を負傷した……柳が申し訳なさそうに頭を搔きながら戻ってきた。




