7.32.死しても死なず
一歩、二歩、三歩四歩と足を踏み進めるにつれ速度を上げていくバネップは、その間に長剣を片手で二度振り回して突風をぶつけてきた。
だが大した風ではない。
とはいえ、それがこちらに届くまでの強さで長剣を片手で振るうバネップの力量に、メルは目を瞠った。
あの一撃は受けてはならない。
往なすのにも相当な力量が必要だと即座に感じ取ったので、回避に専念することにした。
それは柳も同じだったようで、走ってくる勢いを殺すために数歩下がって様子を見る。
メルも同じようにトントンッとステップしながら下がった。
とはいえバネップの速度の方が速い。
大きく振りかぶった長剣をまずは柳へを叩きつけるため、無理やりな体勢から肩を使った一撃を叩き込む。
上段からの攻撃は武器の重さも合わさって強烈だ。
振り下ろしただけでも空気を切る甲高い音が鳴る。
ヒョウッ!!
ガァンッ!!
長剣の切っ先が地面に叩きつけられ、突き刺さって岩を大きく抉った。
だが標的を捉えることはできなかったようで、低く唸る。
柳は半歩で回避し、バネップの長剣の上に日本刀を添えていた。
あとは滑らせて切り込むだけである。
小さく踏み込み、最小限の動きで切り上げる。
キンッ。
長剣の角度を無理やり変えたバネップがその攻撃を長剣のガードで受け止める。
止められることが分かっていたのか、今の一撃はなんだか力がこもっていなかった。
異変を感じたがその時にはすでに遅く、次手をすぐさま叩き込む。
籠手を狙う要領で手首を利かして日本刀を持ち上げ、ガードを乗り越えバネップの腕を切る。
両断とまではいかなかったが、相手は痛みを感じるかもわからない屍だ。
これではまだ動くだろう。
その予感は的中し、突き刺さっていた剣が再び動き出す。
ガショァッ。
真横から飛び込んできたメルが、跳躍してバネップの上を取って両刃剣・ナテイラを振るう。
頭を思いっきりかち割ったはずだったのだが、すぐに首を持ち上げて睨んでくる。
グッと力を入れたあと、長剣を大きく振り回す。
何とか攻撃を防いだ柳は否応なく後退させられてしまった。
それを確認することなく、バネップはメルを追撃した。
「あれでダメなの!?」
「相手は屍だ! 断ち切れ!」
「おおおお!!!!」
咆哮を聞いて身がすくむ。
だがすぐに自分を奮い立たせて武器を構え、突きを繰り出してくる動きをしっかりと見て見切る。
突きであれば往なせる、と両刃剣・ナテイラを操って突きの軌道を逸らし、その直後バネップに直進した。
あと一歩でバネップに剣が届きそうだ、というところで肩に強い衝撃が走る。
「ぐ!?」
「ぉぉぉぉおおおお」
ガードが肩に直撃したのだ。
バネップの持っている大きな長剣は分厚く、ガードが少し長い。
その先端は鋭利というわけではないが、これがあるお陰で長物の弱点である接近を許してもある程度対処できるようになっていた。
体勢が崩れてしまった。
即座に持ち直そうとしたが、その間にバネップは大きく長剣を振り上げる。
上段からの攻撃だと見切ったメルは、焦っていた為少し早く動いてしまう。
それを見たバネップは、この攻撃をわざと外した。
「え──」
長剣を横に薙ぎ、右足を軸にして回転して横からの攻撃へと転じる。
真横にステップを踏んで回避しようとしたメルはすぐに跳躍することができなかった。
故に、この攻撃は……防ぐしかない。
遠心力の乗った攻撃の恐ろしさは、レミの攻撃で知っている。
同じほどの質量を持った長剣が遠心力を乗せて迫ってくれば……どうなるかは想像がつく。
それでも防がなければならない。
バッと両刃剣・ナテイラを両手で支え、次の攻撃に備えた。
ギャリァアンッ!!!!
とんでもない衝撃が両腕から伝わってくる。
突っ張っていた腕が悲鳴を上げ、今の一瞬で手が痺れて感覚が消えた。
「ぐぅ!! がっ!」
体の軽いメルは簡単に吹き飛ばされてしまう。
体勢を整えるだけの余裕は一切なく、背中をしたたかに地面へと打ち付ける。
それでも勢いはまだ残っており、体を引きずってようやく止まった。
傷は多いが、まだ動くことはできそうだ。
痺れる手を振りながら立ち上がり、背中の痛みを無視して剣を握る。
恐れてはいけない。
怖気てはいけない。
教えてもらったことを思い出しながら、再び剣を握る手に力を込めた。
バネップの方へと顔を向けてみると、柳が再び強い斬撃を防いで無理矢理後退させられていた。
ザザーッ、と足を滑らせているのを見るに、力ではバネップの方が上のようだ。
だがバネップは体中に新しい傷ができていた。
どうやら柳がダメージをしっかり与えたようなのだが……未だに彼は生きて動いている。
「まったく不便な体よの。こちらが使えぬ奇術を使いよって……」
「柳さん大丈夫ですか!?」
「心配ご無用。お主は?」
「なんとか! ええと、これどうするんですか!? 攻撃効いてませんけど!」
「関節を狙え。肉体を断ち切るのだ」
「そんな簡単じゃないですよ……」
簡単に言ってのける柳ではあるが、彼も苦戦している。
普通であればすでに決着が付いているほどの攻撃をバネップに与えているのではあるが、やはり屍というだけあって痛みは感じず、死にもしない。
厄介な相手だ、と柳は眉をひそめた。
「メル! 拙者が武器を弾く。その間に断ち切れ」
「え、ちょっとま……」
「いざ……!」
すり足で接近し、日本刀を握り込む。
肉体を狙うのではなく武器を狙うのであれば、幾分か楽に立ち回れるだろう。
「冷雨流……受け水」
剣を振り下ろしてくるバネップの一撃を回避し、その剣を下段から弾く。
大きく弾かれた長剣は持ち上げられ、予想だにしない一撃にバネップは目を瞠る。
だが持ち上げられたのであれば振り下ろすだけだ。
そう思った瞬間、真横から接近する小さな足音に気付いた。
目視はできていない。
だが目の前にいる柳に剣を振り下ろせば、メルからの攻撃は受けなければならないだろう。
とはいえ所詮死なない身。
どうなっても問題ないはずだと、バネップはそのまま柳に長剣を振り下ろす。
「鈍っておるな、お主」
「おおおおぉぉぉぉ……?」
柳の言葉が妙に引っ掛かった。
その瞬間、右腕の感覚が消え去った。




