7.30.後方からの刺客
クオーラクラブが絶命し、静かな気配が周囲を包む。
しばらく静寂が流れていたが、メルがへたりと地面に座り込む音がやけに大きく聞こえた。
「よ、よかったぁ~~~~……」
「っ、っ」
クスクスと笑いながら近づいてきたスゥが、手を差し伸べてくる。
自分より小さな子供の手を借りるのは申し訳なかったが、ここは素直に手を取った。
すると想像以上の力でぐんっと持ち上げられる。
驚いてたたらを踏んだが何とか体勢を立て直してその場に立った。
「び、びっくり……」
「スゥは獣ノ尾太刀の力を使いこなしている。その日本刀は大地を動かし、自身の力を増大さ、大地を通して周囲を調べられる」
足音を殺しながら歩いてきた柳がそう説明する。
獣ノ尾太刀は元々葛篭平八が所持していた日本刀だ。
正確には三尺刀という。
持ち主の手から離れた獣ノ尾太刀は大地に自分から埋まり、そしてなぜかスゥの下へと辿り着いたのだ。
その理由は今の尚分かっていないが、何度かスゥを助けたことがある。
これがいなければ、彼女は今ここには居ないだろう。
自らの魔法で新しい持ち主を選んだ日本刀。
それだけの力をこの武器は所持している。
魔法としては地味なものではあるが、その威力は強大で、効力は特殊だった。
「凄いですね……」
「うむ。何よりすごいのはスゥだがな」
「そうなんですか?」
「これだけのことを成せる刀に気に入られたのだ。ああ、いや……。ただ獣ノ尾太刀が子供好きだけだったのやもしれぬがな。フフフフ……」
柔和な笑みを浮かべて笑う柳は、いつの間にかクオーラクラブの甲羅の硬さを確認しているスゥを眺めた。
体が小さい分甲羅が分厚かったようで、満足そうにスゥは甲羅を引っぺがす。
使えそうな場所は全部魔法袋に突っ込み、ついでにクオーラ鉱石もすべて回収した。
一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を大袈裟に拭ったあと、魔法袋を掲げながらこちらに戻ってくる。
それをレミに渡して確認してもらう。
「メルよ」
「はい?」
「よく見ていたな。あれが正解だ」
「スゥさんにヒント貰ったので……」
「否。その考えに至ったお主の実力だ。謙遜するな」
ぽん、と頭に手が置かれる。
それから撫でられることもなく、もう一度優しく叩かれるわけでもなかった。
すぐにするりと手が離れていく。
ただそれだけではあったが、メルはこれだけでとても嬉しかった。
実力者に褒めてもらうというのは、なんとも気分がいい物だ。
思わず口が緩み、可愛らしく笑った。
さて、これで荒砥石の材料が集まった。
中砥石の材料はクオーラ鉱石があるのでこれも集まっている。
最後の一つは……クオーラウォーター。
水中の中にある鉱石だ。
となれば地底湖へと向かわなければならないのだが、どこにあるのだろうか?
先ほどクオーラクラブが歩いてきた方向へと向かえば、あるとは思うのだが……どれだけ先にあるか分かっていない。
大きな洞窟なので、地底湖を探すのは難儀しそうだった。
「さ、次ね。着いてきて頂戴」
「場所分るんですか?」
「私は魔法使いよ~?」
レミが人差し指に小さな水の塊を作り出した。
それは一つの方角へと伸びている。
「水場を探すのに使ってた魔法よ。捜索水って言うんだけど、知ってる?」
「し、知らないです……」
「これもなくなっちゃったかー」
旅をするには重要な魔法なのだが、それすらなくなってしまったのかとレミは少し残念そうに肩を竦めた。
だがすぐに気を取り直して捜索水が示す方角へと足を伸ばす。
これに従っていれば、地底湖もすぐに見つかるだろう。
他三人も、レミの案内を頼りにその後ろを歩く。
そこでスゥが足を止めた。
誰も分からない不穏な気配に気づき、後ろを振り返る。
気付かれないように遠くで見ていた冒険者たちだろうか。
それであれば対処は簡単ではあったが、事はそう簡単ではなかったようだ。
──悲鳴が聞こえる。
大地の力を借りて索敵ができるスゥは、音すらも拾うことが可能だ。
クオーラクラブを懸命に捕らえ、背にあるクオーラ鉱石を採掘していた男たちの断末魔。
今はそれしか聞こえない。
クオーラクラブが暴れているのか?
いや、そうではない。
甲高い音は甲冑を切り裂く音であり、水っぽい音は冒険者が一人倒れたことを意味する。
そして何より……クオーラクラブの足音が一切聞こえなかった。
──化け物!!
──たすぎょぇ
──亡霊だ……亡霊が出た!!
冒険者の声がどんどん減っていく。
僅かに聞き取れた声を頼りに、今こちらへと迫っている脅威の存在を想像した。
──ぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおぉ…………。
その声に、スゥは聞き覚えがあった。
「っ!!」
「え、なに?」
「っ!!」
地団太を踏んで自分に注意を向けさせたあと、魔法袋にあった木の棒を取り出してがりがりと地面に文字を書いていく。
古い文字だがレミであれば読める。
書かれていく文字をレミが小さく口にしながら読み進める。
「……後ろから、冒険者の、悲鳴。敵は、バネップ……ロメイ……タス……?」
「バネップだと?」
「バネップ・ロメイタスって……魔王軍と戦争時、人間軍の総指揮官だった人!!?」
「っ!!」
スゥが大きく頷いた瞬間、洞窟を揺るがさんばかりの低い声が、遠くから聞こえて来た。




