7.28.生光流奇術
ぐるぐると肩を回して体の調子を確認する。
小さく足を踏み込み、手を握ったり開いたりしたあと、手にしていた槍を今一度握った。
西形正和は少し変わった槍を持っている。
以前メルと戦った時に使用していた物と同じ物だ。
この槍の名前は片鎌槍といい、彼が最も得意とする槍であり、自身の持つ流派に一番よく合う形でもある。
石突をコンッと地面に叩き、音を出す。
その瞬間、西形はライアの目の前にいた。
「!?」
反射的に抜刀したライアの攻撃だったが、それは結局空を切るだけに終わった。
目の前から再び西形はいなくなり、気付けば数歩間合いを取ったところでニコニコと笑ってこちらを見ている。
眉を顰めながら、一刻道仙を納刀した。
『これは奇なり』
西形の動きを見ていた一刻道仙が、感心するようにそう呟いた。
先ほどとは打って変わって興味津々な口調は、知識を欲する魔法使いのような言い草だ。
それからはしばらく言葉を口にしなかったが、クツクツと笑って愉快そうに事の成り行きを見守ることに専念することにしたらしい。
その笑い声が少し不気味ではあったが……テールは気にしないでおくことにした。
西形は相変わらず笑っている。
ライアは今度はこの人物が立ちはだかるのか、と嘆息して睨みを利かせた。
「久しぶりだってのに、随分手荒い挨拶だね」
「……」
「さてしかし、僕は君に奇術を見せたことがあったかな」
「……」
「分からなかっただろう?」
「っ!!」
最後の言葉が、左から聞こえた。
即座に抜刀してみるが、結局空振りに終わって甲高い音を鳴らすだけに終わる。
次はどこに出現した?
納刀しながらババッと周囲を確認すると、先ほどまで立っていた場所に、西形は面白そうにして佇んでいた。
弄ばれている。
普通であれば真っ先にこちらが斬りかかるところではあるが……西形は遊ぶだけの余裕を残し続けているのだ。
完全に翻弄されているライアは、そのことに気付いて酷く焦っていた。
目に見えず、いつの間にか移動し……西形がその気であれば、自分の首など既に刎ねられていてもおかしくはない。
バツンッ!!
大量の電気を体が帯びる。
西形に勝つためには、向こうが反応できない速度で切り伏せるしかない。
幸い、ライアはその術を一つ持っていた。
雷閃流奇術……雷神の雷鼓。
電撃を自分に喰らわせることで体中の電気信号を無理やり動かし、一瞬の内に百連撃を繰り出す神の御業である。
捨て身の魔法ではあるが、今のライアは自分の攻撃で死ぬことはない。
だからこそ、致死量レベルの電撃を自分に放つことができるのだ。
それにより……先の雷神の雷鼓は三百連撃を繰り出すことに成功していた。
これであれば、西形を斬れるだろう。
斬撃の余波で周囲はボロボロになっているが、あと一度くらいであれば建物も崩壊しないはずだ。
もちろん保証はしないが。
「西形」
「はい、なんでしょう?」
後ろから木幕が呼ぶ。
それに反応こそすれど、目線は一切ライアから放さない。
「勝てるな?」
「無論です」
自信たっぷりにそう言った彼は、再び石突を床につく。
カツンッと音がした瞬間、ライアの目の前にいた。
「!!」
「一手手合わせ願おう!」
「雷閃流!! 雷神の雷鼓!!」
ドンッ!!!!
大地が大きく揺れ動く。
立っていることも困難となったテールとレアルは、その場に膝をついてその揺れを何とか耐える。
ガギャザギャギャギャンッ!!
多重斬撃音。
だがこれは何かを切っている音ではなく、硬い何かに連続で攻撃を繰り返しているような音だった。
否、どちらかといえば……。
──斬撃を、凌いでいる音。
そして、衝撃は一拍遅れてやってくる。
次の瞬間、地面が大きく割れた。
近くにあった財宝は四方へと飛び散り、天井にも大きな亀裂が入る。
もうライアの立っている周囲はデコボコだ。
というより、斬撃が床やら地面を切り裂き続けて鋭利になっている。
裸足で歩けば一瞬で怪我をしてしまうだろう。
だが、一箇所だけ何の被害も受けていない足場があった。
それは西形が立っている場所だ。
槍をしっかりと握り込み、ライアの最後の一撃をその片鎌槍で受け止めている。
ギチギチという音がなり、両者武器を握る手に力が入る。
「……ぐっ!」
「雷は、確かに速い。しかし雷は光と音を合わせて雷だ。だから遅い。でも僕は、光だけ」
ギャチンッ!
一刻道仙を払った西形は、即座に石突でライアの腹を突く。
打撃なので致命傷にはならないが、強烈ではあったので何歩か後退させることに成功した。
そして深く腰を落とし、足を大きく広げ、その切っ先をライアの首元へと向ける。
「生光流」
ぐっと槍を握り込むと、今まで垂直となっていた片鎌槍が真横に向いた。
「一閃通し」
スッ。
西形が消え去り、ライアの後ろに現れた。
ライアは目の前から消えた西形を追って後ろを振り返るが、その時首元に違和感を覚える。
つーっと赤い線が伸び始めた。
手で触ってみると、赤い血が手にべっとりと付く。
「……お見事です」
「まぁ、奇術だけなら三番目ですので」
その言葉を最後に、ライアの首がごとりと落ちた。




