7.26.雷閃流開祖、雷閃流免許皆伝
先手を打ったのはライアだ。
バッと正手で柄を握り込み、鞘を引きながら大きく踏み込んで抜刀。
床をしっかりと蹴り、体を素早く前進させる。
しなるような動きから繰り出されるのは目にもとまらぬ斬撃だ。
シャコッという小さな音がしたと気付いた時には、刀身は既に抜き放たれ沖田川の眼前にまで迫っていた。
ギンッ!!
その斬撃を、沖田川は刀身を半分抜いた状態の日本刀で防ぎきる。
ただ腕をゆっくりと上げる動作だけではあったが、斬撃の勢い完全に止めた。
力強く、そして懐かしい一撃。
指がなくなっても自らを鍛え上げ続けたライアの一閃は、沖田川からしても脅威であった。
それに、ライアは未だに魔法を使っていない。
沖田川は今魔法を使える状態ではないので、不利になる可能性はあった。
だが、ライアは今のところ魔法を使用するつもりはないらしい。
間近に迫ったその目を見れば分かる。
完全な一騎討。
誰にも邪魔されることのない立ち合いで、そんな卑怯な手を使うとは思えなかった。
とはいえ……そのさっきは本物である。
手加減ができるような相手ではないとすぐに悟った沖田川は、すぐに身を引いてギロリとライアを睨む。
「雷閃流」
大きく踏み込み、抜刀した勢いを乗せたまま手の中で日本刀を一回転させる。
切っ先が円を描くようにして振り抜かれ、そしてまた鞘に戻った。
「戻り蜂」
バツンッ!!
辛うじてその攻撃に反応したライアは身をよじったが、掠ってしまったようで服の切れ端がひらりと床に落ちた。
既に攻撃態勢を整えた沖田川に追撃は不可能だ。
また隙を見て攻撃をするしかない。
ライアは斬られた服に手を当てながら後退する。
傷は負っていない。
まだ戦えると気を引き締めて、再び一刻道仙に手を置いた。
たった一度の攻防。
同じ雷閃流を持つ彼らの戦いは、それだけで濃厚だったように思える。
レアルが木幕の背に隠れて息をのむ。
あれが、雷閃流の境地に立った者同士の戦い。
たとえ今この眼が潰れようとも、何としてでも見届けなければならない戦いだと言えた。
「すごい……!」
「序の口だ」
「え?」
「見ていろ」
話している時ですら、木幕は彼らから目線を離さない。
師弟の戦い。
彼らを知っているからこそ、この戦いを見届けたいのだろう。
レアルもすぐに目線を戻す。
相変わらず一定の距離を取ったまま動かない二人は、今か今かと機を伺っていた。
「雷閃流横文字一閃」
ピュイッ!
空気を切る甲高い音が耳に残った。
正確な一撃ではあったが、辛うじて回避しされてしまったらしい。
そして抜刀後の隙はとても大きい。
そこをライアが狙うかのように、逆手持ちで柄を握った。
「雷閃流登り十文字」
下段からの逆手抜刀。
沖田川が踏み込んできて距離が近くなったため、逆手の抜刀に切り替えたのだ。
素早く迫る来る刃を、上体を逸らすことで回避した沖田川だったが、その後のライアの動きは初めて見るものだった。
大きく切り上げたライアは、その勢いを殺すことなく右足を軸にして回転し、逆手持ちのまま横から斬撃を繰り出す。
雷閃流登り十文字は本来、逆手持ちで下段から抜刀し、次に両手で柄を握り直し、右から切り込む技だ。
だがライアはそれを、逆手持ちのまま回転することによって勢いを乗せて斬撃を繰り出した。
握り直す瞬間を見切って攻撃に転じようとしていた沖田川は、思わぬ反撃を受けて咄嗟に身を引く。
だがそれは間に合わないと気付いたので、持っていた鞘でその攻撃を受け止める。
カコンッ!!
ズッ……。
ライアの斬撃は、沖田川の左腕に食い込んだ。
防いだはずの鞘は見事に割られてしまい、乾いた硬い音を立てながら床に転がる。
鞘で防いでいなければ確実にこのまま押し切られていただろう。
だが腕が使い物にならなくなった。
魂だとはいっても、攻撃を受ければ魂にダメージが入る。
木幕の中に戻ってしばらくすれば治るのだが、外にいるときはその加護を受けていない。
痛覚だけは無いのだが、腕に違和感は残り、思うように動かせなくなってしまうのだ。
未だに食い込んでいる刃を、自分の武器で叩き返した。
一歩距離を置こうとしたライアだったが、沖田川は日本刀を肩に担いで滑らすようにして……“抜刀”する。
「雷閃流極地、虚鞘抜刀術!」
その急な反撃に、ライアは目を見開いた。
即座に日本刀を両手で握り、一撃を往なす。
スタッタッとステップを踏んで後退したあと、納刀して抜刀の構えを取った。
雷閃流には二つの型がある。
一つは鞘に日本刀を収めた状態での抜刀術。
もう一つは、抜身の刀身にさも鞘が付いているかのように抜刀する、虚鞘抜刀術。
この域に達するのに途方もない長い年月を沖田川は過ごし、そしてついに完成させた。
その結果、全方向からの抜刀を繰り出す術が手に入ったのだ。
ライアは生前、この域にまでは達していなかった。
免許皆伝を受けているので、もちろんその技は知っている。
だがそれを極めるだけの時間が……というより、肉体がなかった。
「……魔王軍との戦いの時、指を失っていなければその技も覚えられたのですがね」
「今からでも遅くはないがのぉ」
「ご冗談を」
バヂリッとライアの体が電気を纏う。
本人もこの現象に驚いているようで、鎮めようとするがまったく上手くいかなかったらしい。
困惑しているが、意識だけは乗っ取られていない。
十中八九邪神の呪いが発動しているのだと沖田川は理解したが……侍の時とは少し勝手が違う様だ。
「っ……なんで?」
「構わん」
「いや、しかし……」
「ライア。お主の本気を見せるのじゃ」
その真剣なまなざしに、ライアは一瞬気圧された。
だがすぐに決意したらしく、鞘を握る手に力を込めた。




