7.25.師弟
両者構えを解き、見つめ合う。
死者であるのにはっきりとした意識を持つライアは、ひどく困惑していた。
手を見てみれば、失ったはずの指がしっかりと付いている。
周りを見てみれば、懐かしい宝物庫が今も尚残っていることに驚いた。
何度か改装、修復はされているようではあるが、面影は残っている。
懐かしい記憶が、鮮明に思い出される。
師である沖田川の声を聴き、一時的ではあるが本来の自分を取り戻していた。
だが彼の根底にある意志だけはなぜか揺らめかない。
沖田川の後ろにいる少年。
彼を見ているだけでなぜか体が駆り立てられる。
生かしていてはいけないと、心の底から思ってしまうのだ。
──何が何でも、殺さなければならない。
その手段は問わず、刺し違えてでも斬らなければならないと、何かが胸の内で駆り立てる。
自分の感情ではないことは既に分かっているのだが、どうしても抗えなかった。
師が止めたとしても、なさねばならないことだ。
ルーエン王国の英雄、ライア・レッセントは師を前にして静かに構えを取った。
腰を落とし、足を少しだけ広げ……居合の構えを取る。
一刻道仙の腹を上にし、手を広げて親指と中指だけを柄に添え、どの方向からでも切り込める形で沖田川と対峙した。
これが沖田川から受け継いだ流派、雷閃流の抜刀術の構えだ。
普通に握り込めば正手の握りとなり、手を返して握れば逆手の握りとなる。
これによって抜刀方向が幾重にも広がり、攻撃の選択肢が大きく増えているのだ。
上段、中段、下段……米の字を半分に割った方向から攻撃を繰り出すことができる。
雷閃流を編み出した沖田川は、ライアの構えを見て全く同じ構えを取った。
教えたことを死んでも尚使いこなしている。
まったく隙のない出で立ちは、今の沖田川でさえ油断すれば両断される危険性を有しているように思えた。
「ライアよ、何故構える」
「分かりません。ですが、そこの者を切り伏せなければならないと……何かが駆り立てるのです。是が非でも、刺し違えてでも殺さなければ……ならないのです」
「左様か。では……儂を、斬れるか?」
「必要とあらば」
再び、ライアの体から電撃はほとばしる。
先ほどよりも優しい電撃は、控えめに帯電されているだけで周囲を破壊するような勢いはなかった。
だがそれでも、彼が放つ強い殺気はテールとレアルを震え上がらせた。
「せっせせ仙人様……! こ、こここれは……!?」
「盗人が見つかったようだな」
「そ、そうかも……しれませんが……! あれは、あれはライア様なのですか!?」
「ああ」
「なん……」
レアルは彼の姿を見て、息を飲む。
英雄と呼ばれるに相応しい圧を見せつけられ、恐怖と同時に感動すらした。
感情が不安定となりどういう顔をすればいいのか分からなかったが、レッセント家初代当主の姿は勇ましかった。
今も尚、雷閃流は継承され続けレアルもその流派を嗜んでいる。
だが彼らの様に構えただけで対峙している者を負かすことはできそうにない。
二人はそれだけの領域に達しているのだろう。
雷閃流を少なからず知っているからこそ、それが理解できた。
不思議と、自分が腰に携えている合口拵えの日本刀を握る手に力が入る。
『これはたまげた。あの翁、あの雷閃流の開祖であったか』
「し、知ってるんですか?」
『主と共に山賊稼業をしている時、噂に聞いた程度だがな。雷の如し一閃を放つ翁がいる、と。流派を雷閃、弟子は多かったらしいが……免許皆伝に誰も手を伸ばせなかったと、聞いたな』
『『僕も聞いたことある。出雲で有名な研ぎ師を生業にしていたって』』
灼灼岩金と隼丸が、感心したようにそう口にした。
武器である彼らも、歩んできた道の記憶はしっかりと覚えているようだ。
武器が人を褒めるというのもなんだか新しい発見だ。
すると、隼丸が何かに気付いたようで魔法を使用する。
一瞬で宝物庫の外に移動したテールは、視界が一気に変わったことに驚いた。
灼灼岩金も動揺して『なんだなんだ』と声を張り上げる。
今のが隼丸の魔法だと気付くのにそう時間はかからなかったが、先ほどまで自分が立っていた場所は足元が真っ黒に焦げていた。
一拍遅れてバヂリッ! という音が耳に届く。
木幕は微動だにしなかったが、レアルは飛び跳ねて距離を取った。
「ライアよ。儂を前にしてテールを狙うとは、良い度胸じゃの」
「あれが居なくなれば、師匠と戦う理由もなくなるのですがね……」
「テールは儂の大事な大事な弟子じゃ。剣術の弟子ではないが」
「興味ないです。……では、師匠……」
重々しい口を開き、覚悟を決めたかのようにギッと沖田川を睨む。
優しく一刻道仙に添えられた手が、小刻みに震えていた。
「……レッセント家初代当主、ライア・レッセント。わが師、沖田川藤清が託されし雷閃流にてお相手いたします」
「雷閃流開祖、沖田川藤清。馬鹿弟子の性根を叩き直そう」
先ほどライアの電撃で割れたクオーラ鉱石に、ピシリと罅が入ったのが仕合の合図となった。




