7.24.宝物庫
固く閉ざされている扉が一つ一つ丁寧に開けられていく。
計三枚の分厚い扉は鉄製で頑丈そうだが、重さはそこまでないらしい。
軽々と開け放ち、最後の扉を開錠する。
そこからは黄色い光が零れだしてきた。
幾重にも反射して眩しさを強めているのは、クオーラクラブの背中にあるクオーラ鉱石。
一抱えあるクオーラ鉱石は遥か昔に採掘されたものであり、ライア・レッセントがここに納めたと聞いている。
それ以外にも金銀財宝、装飾の凝った大剣、盾、装備などが丁寧に置かれており、誰がどう見ても宝物庫と呼べる場所がここにはあった。
クオーラ鉱石の輝きは凄まじく、眩しさに慣れるのにずいぶん時間がかかる。
ようやく目が慣れてきたテールは、壁に多くの剣が立て掛けられているのを発見する。
そしてその中央……。
壁から突き出している引っ掛けを二つ発見することができた。
あれは何だろうかと小首をかしげていると、レアルがそれを指さした。
「あそこに、一刻道仙が置かれていました」
テールは沖田川が魂から形取っていた、あの白い棒を思い出す。
それがそこに飾られていたのであれば良く目立つことは間違いない。
周囲に武器があるということもあり、誰が見てもそれが珍しい武器だということは分かるだろう。
ゆっくりと腕を下したレアルは、当時の状況をぽつぽつと話はじめる。
「開け放たれていた扉の奥には、男女の死体がありました。二人とも胴体が真っ二つになっていましたね。後ほど清掃させましたが、あれが盗人だとすると仲間割れをしたのではないかと思っています」
そう言いながら、先ほど入ってきた廊下を指指した。
「あのあたりで周辺の魔道具を無効化させる音波魔道具の使用痕がありました。兵士は全員眠っていましたので、睡眠系魔法が使用されたのだと思います。音波魔道具の出所は今現在調査中です。ですが盗まれたのは一刻道仙だけでした」
「……妙じゃな」
「はい、そうなんです」
沖田川の言葉に、すかさずレアルは肯定した。
盗人は最低でも三人入ってきたということになる。
そして何かが原因で仲間割れをし、二人を惨殺して逃走。
その原因が何かは分からなかったが、盗人が一刻道仙だけを所持して逃走するというのは考えにくい。
だが周りを見る限り、他に盗まれているものは無いように思えた。
実際、殺害した二人が所持していた魔法袋に財宝が詰め込まれていたが、それすらも奪い取っていない。
犯人は、財宝に興味がなかったのだろうか?
しかし一刻道仙の価値だけは理解していたのか、それは持ち去っている。
「……木幕や」
「……」
「嫌な予感がする」
沖田川はすっと腰を落とし、魂から一刻道仙を作り出す。
木幕はテールとレアルを下がらせるべく、手で後ろへと押しやった。
だがその最中、ずっと探していた存在が目の前にあることに気付いたレアルが大声を上げる。
「え!? ちょそれ!! 一刻道仙!!」
「あれは違う。魂から作り出したまがい物だ」
「えぇ?」
「仙人の仲間は自分の魂を使って武器を作り出せるんです。なのであれは似てはいますが、本物ではありません。木幕さんの許可があれば斬れるらしいですけど、原理は分かんないです」
「な、なるほど?」
とりあえず納得したようだが、木幕が二人を下げた理由が少し気になる。
沖田川はなにやら戦闘準備を整えているし、後ろに控えている兵士も不安そうにこちらを見ていた。
なんなら武器を握る手に力を込めているようだ。
あんまり変に動くと敵対されかねない。
一体沖田川は何を考えているのだろうか、と木幕に尋ねようとした時。
部屋の中の雰囲気ががらりと変わった。
それは沖田川の殺気でも、木幕の圧でもない。
明るかった部屋が急に暗がりを帯びた様にどんよりしている。
クオーラ鉱石の光がぼんやりとしてきて、ついには輝きを失った。
その代わりバヂリバチリと黄色い電撃が鉱石の間を走り回り、点滅するようにして部屋が照らされる。
「な……なんだ!?」
「木幕さん!? これなんですか!?」
「……テール。お主なら、分かるはずだが?」
「え? ……あっ……」
ふと頭の中に浮かんだのは……『木幕と関わりのあった人物』。
ライア・レッセントという名前を先ほどからよく聞いていた。
木幕たちは彼とかかわりがあり、そして沖田川の弟子ときている。
木幕と関わりのあったナルス・アテーギアが現れた時と同じように、ライア・レッセントが襲い掛かってくるのであれば……。
そこまで考えて今まさに殺気が溢れかえりそうな部屋の中に目線を戻す。
一人の青年が立っていた。
ナルス・アテーギアの様に半透明ではなく、体が腐っているわけでもない。
綺麗な顔立ち、高貴な服装、レアルによく似た顔を持つ青年は……体に電気を常に帯びていた。
そして注目するべきは……彼が左手に持っている“一刻道仙”だろう。
バヂリ、と強い稲妻が自身から駆け出すと、それはクオーラ鉱石を一つ砕いた。
伏せていた目をゆっくりを持ち上げ、目の前にいる標的を見据える。
なぜ自分が出てきたのかは理解できていない。
だがはっきりとわかるのは、そこにいる少年を何としても殺さなければならないという強い意志。
バヂリッ!!
バギャンッ!!
クオーラ鉱石がまた一つ砕かれた瞬間、青年が一刻道仙を優しく腰にあてがって構えを取る。
足に雷が集中し、一撃にて切り伏せるために鋭い殺気を少年に向けた。
「久しいの、ライアや」
その言葉を聞いた瞬間、殺意、意思、雷すべてが霧散した。
ぱりぱりと静まる雷が、ついに収束してしまう。
大きく見開かれた瞳は、かつて自身が師と仰いだ人物が変わりない姿で立っているところをしっかりと捉えていた。
懐かしい声に涙さえ流しそうになる。
だが未だに心の中に燻る目的が、それを辛うじて阻止していた。
「…………師匠……?」
「ああ」
邪神は、残酷な戦いを……強制するらしい。
師弟が数百年ぶりに、顔を見合わせた。




