7.20.公爵家へ突撃訪問
高貴な者たちが周囲を歩いている。
ある者は豪華そうな馬車に乗り込み、執事らしき人物に扉を閉めてもらう。
ある者は手にした羽のついた団扇で口元を隠し、婦人との会話を楽しんでいる。
ルーエン王国貴族街。
公爵から候公がこの辺の土地を独占しており、自分の財力、権力を誇示するために莫大な資産を使って豪邸が建造されてていた。
この辺りまで来ると、王城は目と鼻の先だ。
しかし今回底に用事はない。
木幕は今も尚忘れていない昔の記憶を辿り、とある住宅へと向かっていた。
その場所は、公爵バネップ・ロメイタスという人物が住んでいた豪邸だ。
六百年経った今でもその場所にロメイタス家は存在しており、家の改修、建て直しこそされているものの同じ場所に住まいがあるようだった。
だが早速問題が発生していた。
テールは木幕と沖田川に挟まれるようにして守られており、向けられている鋭い切っ先にびくびくしながら縮こまっていた。
一方、まったくの無関心を貫き通している二人は、何故剣を向けられているのか心底理解できないといった様子でため息をつく。
これが公爵家の出迎えの作法というのであれば、こちらもそのように対応したいところだが……。
「何がどうしてこうなった」
「さっぱりわからぬのぉ~」
「いや! 貴方たちのせいですから!」
小首を傾げた二人に対して、テールが大声で突っ込んだ。
そもそも公爵家に一般人が近づくことさえおこがましいというのに、彼らは何の躊躇いもなしに貴族街へと入り、それを止めてくる衛兵を圧のみを以てしてひれ伏してしまった。
外的要因で倒されたわけではないので罪にはならず、そのまま堂々とここまで来ることができたのだ。
そんなごり押しあってたまるかと、何度もテールは彼らを止めた。
面倒ごとに発展するのは分かり切っていたことだ。
だからもう少し違う方法で向かおうと何度も提案した。
だが彼らは『時間が惜しい』との一点張りで一切耳を傾けてくれなかったのだ。
結局どう頑張っても引き止められないまま、三人はついに一つ目の目的地へと到着してしまった。
なぜよりによって公爵なのか。
レッセント家はどうしたのか、と叫びたいところではあるが、どうやらロメイタス家がレッセント家の住まいを知っているらしい。
その確証はどこにある、とまた叫びたくなるのをぐっと堪え、今はこの状況を打開するために思考を巡らせる。
今はロメイタス家の前で重々しい甲冑を着た十三人の集団に取り囲まれている状態だ。
公爵家に仕えている彼らでも木幕たちに敵うかどうかは分からないが、少なくともその辺の冒険者よりも強いということは分かる。
彼らの装備している武器を見る限り、相当使い込まれているのにも拘らず見た目は非常に美しい。
真っすぐに伸びたロングソードは刃こぼれもなく、美しい剣身が太陽の光を反射していた。
大盾を持ってハルバードを構える兵士は銀一色。
武器、防具を統一する一色はそれだけで屈強の戦士である証にも見えた。
(違う違う、そんなことを見てる場合じゃない!!)
頭を振るって邪念を払い飛ばし、兵士の隊長格らしき人物を木幕の後ろからこっそりと覗き見る。
木幕の前に立ってロングソードを肩に担いで睨みを利かせる彼は、独特の凄味を持って相対していた。
日に焼けた肌の色は濃く、細長であるものの屈強な顔つきをしている男は太い眉の間に皺を作る。
額に大きな傷があって痛々しいが、それこそ戦死の誇りだと言わんばかりに隠すことなく堂々とさらけ出していた。
銀色で包まれている部下と違い、彼だけは黒い防具を身に纏っている。
動きやすそうな真っ黒な鱗の鎧。
グローブだけは少し頑丈に作られており、他の防具よりも少しだけ分厚く、ごつい。
じゃらじゃらと音を鳴らしながら、片手を上げた。
「お前ら引け」
「!? ですが隊長……! この者らは……!」
「俺らが敵う相手じゃねぇって分かんない? 報告聞いたでしょ? 一人も殺さずここに来たって。全員無傷だし殴られた形跡もなし。そんなのに勝てるかっての」
「……ですが」
それでも食い下がろうとした部下を鋭い目つきで睨む。
気圧された部下は思わず足を引き、じゃりと音を鳴らした。
そのあと諦めた様に頭を軽く下げ、武器を仕舞って五歩下がる。
他の者も同じように動き、剣の切っ先はすべて下げられた。
話が分かる人物もいるのか、と感心したように顎を撫でる沖田川は気分がよさそうだ。
その様子を見ていてテールはじっとりとした目で彼を見る。
この原因を作った一人は自分だと気付いていないのだろうか。
すると、隊長格の男が一歩前に踏み出した。
堂々と振舞っているようではあるが、額には汗がにじみ出している。
彼には分かっているのかもしれない。
木幕たちが、何者なのかを。
「……ふぅ。で……何の用だ……?」
口調からは明らかな緊張が伺えた。
先ほどまでは気丈に振舞っていたが、どうやらずいぶん無理をしていたらしい。
そんな彼を労わりもせず、木幕は淡々と用件を口にした。
「レッセント家はどこだ」
「……? レッセント家……?」
男は訝しみながら、木幕が問うたことを自分でも口にした。
もちろん場所は知っている。
あの英雄が住んでいた家で、今も尚その血は続いている。
だが一抹の不安を覚えてしまった。
見ただけでも圧倒される彼らが、その家に何の用があるのか。
明らかに異国の出で立ちをしている木幕を前に、男は勇敢にも気を張って問う。
「……その理由を、聞かせてくれ。そうしたら、教えてやる」
「儂の武器を返してもらいに行くんじゃ」
ひょこっと後ろから出てきて、急に声を掛けた沖田川に驚きつつ、男は何とか踏ん張って心を落ち着かせた。
「……か、返してもらいに……というのは、奪いに、ということか?」
「何を言うか。そんな乱暴な真似はせんわい。それともなにか、お主には儂らがそのようなことをする下手人に見えるか?」
「そうではない、が……。レッセント家はロメイタス家と強い結びつきを持っている。お家を守ること俺らの使命でもある。お前たちが何者かは知らないが、仇なすものである可能性も否定はできん」
「確かにのぉ~」
彼の言い分は最もだ。
何処の誰とも知らない危なさそうな人物に対し、親切にものを教えてくれる人物は限りなく少ないだろう。
とはいえ、木幕たちにも目的がある。
その武器がなければ、沖田川の魂を解放することはできない。
穏便に済ませたいつもりではあるが、最悪の場合ももちろん想定している。
そうならないように立ち回っているつもりではあるのだが、既に嫌な気配が周囲を包み込もうとしていた。
「……目的は話した。して、場所は、どこだ?」
区切るようにして口にした言葉には、強い圧が乗せられていた。
目の前にいる男は平気だったが、武器を下したばかりの部下は再び剣の柄に手を掛けている。
カタカタと振るえている音がした。
「ちょちょちょちょちょちょ木幕さんストップストップ!」
次第に重くなり始めていた空気が、若い声によって霧散させられた。
テールは一回木幕の前に出て、その体を両手で押す。
一切動かないのが何だか癪だが、今ここで争うわけにはいかない。
「ぼ、僕が話しますんで! ちょっと一回! 一回任せてくれませんかね!?」
「……いいだろう」
「儂は……」
「沖田川さんも下がってくださいね!」
「むぅ……」
不服そうに喉の奥を鳴らしたあと、沖田川は三歩下がった。
木幕はゆったりとした動きで、その場を去って遠目から見守ることにしたらしい。
脅威が居なくなったと、気が緩んだ部下たちは一斉に息を吐く。
目の前にいる隊長格の男も気取られないように胸をなでおろした。
この少年には感謝しなければならないな、と心の中で呟く。
しかしあれだけの圧を間近くで受けていたのにも拘らず、平気なこの少年は何者なのだろうか?
ふとそんな疑問が頭をかすめたが、それを深く考えるより先にテールは頭を下げた。
「す、すいませんでした……」
「ん!? いや、こちらこそ疑うような真似をしてすまなかった! どうやら、怒らせてしまったらしい……」
「あははは……。木幕さんたちも焦ってるんです。えっと、とりあえずお話を聞いていただいてもいいですかね?」
「ああ……。あの御仁より、君の方が話をしやすそうだ」




