7.19.予想通りの四苦八苦
目の前にクオーラクラブ。
対峙しているのはメル。
そして後方には何故か楽し気に成り行きを見守っている柳とレミ。
最後に心配そうにあたふたしているスゥが手伝いに行こうとしたが、柳に抱えられて止められた。
なんてことをするのだ、とスゥは真剣なまなざしで柳を睨むが、それすらも可愛いものだ。
彼はくつくつと笑って前方で剣を構えているメルを今一度眺めた。
「できますかねぇ?」
「忍びの世で言うなれば、できぬ者から死ぬ。さて、まずはスゥが伝えようとした言葉を常に頭に入れられるか否か」
「そんな余裕ありますかね」
「幸い、敵は侮ってくれているようだ。時間は、ある」
ある種の確信を持った言葉を聞いて、レミは頷く。
柳の戦いを見て、メルは一体何を学んだのか。
それを、同じ相手を通して彼は確かめたかったのだ。
数瞬の立ち合い。
そこから学べることは、人間の手足全てを使っても数え切ることはできない程に溢れている。
限りなく多い選択肢、問題点の中から、まったく無関係の何かに“気付く”ということは、ほぼ不可能に等しい。
厳密には無関係ではないのかもしれないが、考え方を変えなければ思い至ることすら難しいだろう。
──なにせ、それは戦いにおいて重要なことではないのだから。
睨みをきつくしてクオーラクラブの関節部位を睨みつけるメルは、得物を握る手に力を込めた。
無駄な力が入っているということは分かっているが、甲羅がどれほどに硬いのか、今だ想像がつかない。
イメージとしては骨程の硬さだと思っているのだが……なんにせよまずは一太刀浴びせてみない事には分からなかった。
クオーラクラブは、口に泡を溜めることなくわしゃわしゃと器官を動かしている。
その背中には、先ほど倒したクオーラクラブよりも多くのクオーラ鉱石が背に生えていた。
体は小さいのに、背に乗せている宝石は大きい。
甲羅の色も先ほどの個体より黒いということが分かる。
関節は、剣の届く位置にあった。
これであれば関節を狙うこと自体はそこまで難しくない。
とりあえず一撃、まずは入れてみることにする。
いつも通りの足暴きで走り出したメルに反応して、クオーラクラブが下がった。
それを見て眉を顰める。
(こいつ戦い慣れてる!)
少なくとも、先ほどの個体より戦闘経験は豊富なのだろう。
突っ込んできた敵に対して待ち受けず、引いて様子を見ながら対処するというのは生物では珍しい行動だ。
恐らく、普通の魔物よりも知性がある。
速度はメルの方が速いのだが、相手が下がっている分接近が少し遅れた。
そしてタイミングを合わせて、横から掬い上げるようにしてハサミが襲い掛かってくる。
体が小さい分、やはりハサミも小さい。
跳躍してそれを躱した瞬間、両刃剣・ナテイラを思いっきりそのハサミの関節に向かって振り抜いた。
ギャヂャッ!!
走っていた勢いを殺さずに跳躍したため、丁度関節部位が真下に来たのだ。
狙いとしては花丸だったが……その手応えにメルは歯を食いしばる。
「いぃ……たっ……!」
結論を言うと、ハサミは斬れなかった。
それどころか自分の手が悲鳴を上げている始末。
勢いの乗ったハサミの反対側から、さらに勢いを乗せての斬撃だったのだ。
その手に伝わる衝撃は、並大抵のものではない。
着地し、華麗なステップでクオーラクラブから距離を取る。
手を庇いながら剣を握るが、少し休まなければ先ほどと同じ斬撃を繰り出すことはできない。
「ていうか……分かってたけどかったい……!」
予想していた骨くらいの硬さ、などと思っていた自分が浅はかだった。
あれはもう完全に岩だ。
岩が蟹の姿をして動いていると表現しても何ら間違ってはいないだろう。
そっと両刃剣・ナテイラを見てみる。
刃こぼれがあるかと恐れたがそんな事はなく、まだ堂々とその剣身の影を落としていた。
心なしか、ナテイラが黒いオーラを放っている気がする。
目には見えないが、確かにそんな気がした。
今この武器は何を口にしているのだろう。
テールが居れば分かったのかもしれないが……今彼はこの場にいない。
あとで話を聞いてみたいな、と呑気なことを考えていると、自然と肩の力が抜けていることに気付く。
それと同時に、ナテイラが纏っているオーラが消え失せた。
「しー……! はっ!」
声を出して自分に喝を入れ、先ほどの柳と同じように猛進する。
彼が懐に入ってからの斬撃は速かった。
それを真似するのは無理だろうが、似たようなことをするのは可能かもしれない。
迫ってくるハサミの攻撃速度は遅い。
捕まったらただでは済まないだろうが、それを回避するだけの俊敏さがメルにはあった。
危なげなく回避し、懐へと潜り込む。
半回転して勢いを乗せたあと、両刃剣・ナテイラを水平切りの要領で左足間接に叩き込む。
ガヂンッ……!
が、やはり斬れなかった。
関節はしっかり狙っているし、懐にも潜り込むことができることは証明された。
だが……だが……!
「斬れない……!!」
クオーラクラブの数本の足が、ゆっくりと持ち上がった。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さですべての足が地面を叩きはじめる。
クオーラクラブの甲羅は非常に硬く、そして重い。
その性質は死んでも尚変わらないのだが、その代わりそれを支えるための足の筋肉は異常に発達している。
移動は遅くとも、足の上げ下げだけならば、地面を轟かせる程の足踏みを行うことができるのだ。
ただでさえ大きな体躯から繰り出される一撃だけでも脅威だというのに、十本の足全てが地面を叩けば軽い地震が起こっているのと大差ない。
その中心部に位置するメルからすれば、立っている事すら困難だった。
「っくぅ!!」
何とか移動を試みるが、この場合外に出ようとしただけでも足踏みで発生した衝撃波が行く手を阻む。
このままではマズい。
何とか脱出するために地面を踏み込むが、更に強い振動によって転倒してしまった。
その瞬間、地響きが止まった。
が……それだけでクオーラクラブの攻撃が終わるわけがない。
巨大な影が、自分の真上に立っている。
その影は、次第に色を濃くしてこちらに迫ってきた。
「え」
ズゥン………………。
クオーラクラブが、腹を地面に着けた。




