7.16.クオーラクラブ一匹目!
洞窟を移動していくと、深い水溜り……地底湖らしき場所に出てきたらしい。
だが水深は低いようで青白い光が水底を照らしている。
そんな光景に目を囚われていると硬い音が聞こえてきた。
それが何かすぐに理解した柳は、早速手を置いていた日本刀を抜刀する。
抜き放たれた刀身は美しい真っすぐな波紋が伸びており、その素直さに合わせる様に反りは控えめだ。
青白い周囲の光を受けてそれを反射し、景色の中に溶け込んでいる。
一瞬どこに刀身があるのか分からなかったが、鍔の位置からおおよその存在を把握することはできた。
静かに抜刀した柳の動きは洗練しつくされており、息を吐くのと同じくらい自然だ。
これから目の前にやってくるであろう存在に対し、集中して眼光を鋭くさせる。
すると、硬い音がこちらに近づいてきた。
クオーラクラブが硬い足を地面に突き立てて歩いている音だ。
明らかな殺意を感じたのか、クオーラクラブは一度立ち止まって柳に真っ黒な瞳を向ける。
口に泡をため込み、威嚇する構えを取った。
大きくハサミを振りかざしたその姿は、八メートル程になるのではないだろうか。
足を伸ばせばもっとその姿は大きく見えるが、硬く頑丈な甲羅のせいで足の関節位置は低い。
歩く速度もそこまで速いというわけではないので、柳としては一人でも十分にやり合える相手だった。
「ふむ、よい個体だ」
構えたままクオーラクラブが背負っている鉱石に目を向ける。
そこには先ほど冒険者が捕まえようとしていたクオーラクラブよりも大きなクオーラ鉱石が生えている。
数も多いようで、これであれば目的の物を二つ簡単に手に入れることができるだろう。
「じゃ、私たちはもう少し下がりましょうか」
「えっ、一人でやるんですか!?」
「大丈夫大丈夫」
心配するメルを他所に、レミは彼女の背を押しやって下がらせる。
それを見てにこやかに笑った柳は、困ったようにこちらを見ているメルに目線を合わせた。
「見ておけ」
ただそれだけ口にして、クオーラクラブに向きなおる。
下段に降ろした構えは一見無防備に見えるが、柳が放つ気配でそれは偽りだということが理解できた。
クオーラクラブも自然界を生きる生物だ。
本能の直感か、それとただ様子見をしているだけなのかは分からないが、未だに襲い掛かってくる様子はない。
で、あれば。
柳が一歩、二歩とすり足で近寄っていく。
この巨体を前に一人で対峙しようとしている彼は、傍から見ればただ無謀な戦いを挑んでいる死にたがりだ。
だがそれこそ見せかけ。
こんな畜生相手に、手傷を負わせられるほど彼は弱くない。
ついにクオーラクラブが振り上げたハサミが、柳目がけて振り下ろされる。
硬い甲羅頭というだけあって、その重量は折り紙付きだ。
分厚い甲羅を思い切り叩きつけると、地面が揺れる、
それだけでその攻撃力が推し量れるというもの。
だが、柳はその攻撃を受けてはいなかった。
地面の小さな揺れもまったく気にすることなく、ただ半歩動いてその攻撃を紙一重で回避している。
そして目の前には……ハサミの関節があった。
ヒョッ。
風を切る小さな音が一瞬聞こえたかと思えば、クオーラクラブが大きく後退した。
だが今し方叩きつけたハサミだけは、その場に取り残されている。
両断され、無くなったハサミに気付いたクオーラクラブが、口に溜め込んでいる泡を更に増やしてぼとぼとと地面に落とした。
「ええ!? すごっ!!」
「こんなんで驚いちゃダメよ?」
「ふぇ?」
すると、柳は後退したクオーラクラブに向かって猛進した。
片手で鞘を振り回されないように支え、日本刀を手にしている手は脱力しており、切っ先が地面に触れないようにだけ気を付けている。
脅威が接近してきたことに動揺したクオーラクラブは、咄嗟にすべての足で地団太を踏むようにして襲い掛かる。
八本の足を一本のハサミから繰り出される巨大で強烈な攻撃は、単調ではあるがその体躯から繰り出されている分対処がしにくい。
暴れ馬の足元を潜り抜けるような所業ではあったが、柳には一切の迷いがなかった。
「冷雨流……石切り」
目の前に巨大な足が迫ってくるが、それを半身で躱してから右足を軸に回転し、その勢いに乗って日本刀を振るう。
的確に関節を狙った攻撃が、その足を吹き飛ばす。
再び足がこちらに猛威を振るって来ようとしたが、それも回避し、回転しながら両断。
そんな調子で次々と足を吹き飛ばしていくと、ようやく体を支えられなくなったクオーラクラブが足を折る。
何とか残っている左側の四本の脚だけは無事だが、これでは体を引きずって移動していくしかない。
最後に残っていたハサミを振り回して何とか柳を追っ払おうとするが、それすらも両断されて吹き飛んでいった。
ようやく戦意を無くしたクオーラクラブを見て、日本刀を血振るいして納刀する。
最後のトドメだけは自分ではできないので、担当の者を呼んだ。
「スゥ。頼んだぞ」
「っ!」
ルンルンとスキップしながらクオーラクラブへと近づき、その甲羅に手を置いた。
とんとんっと自分の持っている大きな日本刀、獣ノ尾太刀に指で合図を送ると、途端にクオーラクラブの甲羅がひしゃげる。
バガッという大きな音を立てて、その甲羅が半分に割れた。
内容物が止めどなく零れだし、クオーラクラブの真っ黒な瞳が真っ白に変わる。
お仕事完了、とでもいいたげに汗もかいていない額を拭い、満面の笑みを柳へと向けた。
その報告を受けて、柳も優しい笑顔を向けて小さく頷く。
「見事だ」
「っ!」
なんだかとんでもない光景を見てしまったと放心していたメルだったが、レミに背中を軽く叩かれてはっと我に返る。
咄嗟にレミの顔を見て、声にならない声を出しながらスゥに指を指した。
「だから言ったでしょ? 私より、スゥちゃんの方が強いって」
その言葉を聞いて、スゥをもう一度見る。
今まではあまり信じていなかったが、あれを見てしまえば確かにそういうことになる。
あの人と同じ事は本当にできそうにない、と心の中で呟き、今なお信じられない目で彼女を見たのだった。




