7.9.ルーエン王国へ
石の転移魔法陣でルーエン王国へと向かうため、一行は教会を通り過ぎてもう一つの教会が管理している地区へと訪れた。
アテーゲ王国は大きな国で貿易によって栄え、様々な物流がこの国を経由して行われることがほとんどんだ。
海に面しているということもあって陸路より海路の方が効率がいい。
だがそうなる反面、やはり人々の往来も多くなる。
石の転移魔法陣を使おうとしている人物は多く居て、大勢の利用客に行く手を阻まれていた。
今は順番待ちをしているところではあるのだが、これではしばらく利用できそうにない。
できるだけ急いでいる旅路ではあるが、こういう時辻間の魔法は使わないのだろうかとテールは小首を傾げた。
彼の魔法は空を飛ぶことができる。
実際に飛んでリヴァスプロ王国まで行った経験があるので、それは確かなのだが……こういう時にこそ使うべきだと思う。
なぜ使わないのかをレミに聞いてみたところ、どうやら人数制限があるようだった。
辻間の風魔法は、最大三人までしか運ぶことができないらしい。
もちろん往復して運ぶこともできるのではあるが、辻間自身そこまで自分の魔法をひけらかしたくはないようで、滅多なことがない限り使ってくれないのだとか。
あの時はリヴァスプロ王国への帰り道だったということもあり、ついで感覚で二人を運んだに過ぎなかった。
そして何より……スゥが空中移動をとても嫌がるらしいのだ。
もちろん木幕もあまり好まない。
空中を移動するというのは便利ではあるが、彼らからしてみれば邪神から勝手に授けられた忌み嫌うべき魔法。
それを有効活用する術があったとしても、極力使わないようにしているようだった。
説明を受けて彼らなりの自尊心があることを理解したあと、再び行列に目線を戻す。
そして隣に何故か今も居る柳をそっと見上げた。
視線に気づき、ニコニコと柔和な表情を浮かべる。
「なにかね」
「いや……その……。なんか、突拍子もなさ過ぎて……」
「フフフフ、まぁそんなに気を張るな。師弟同士、まずは自らのことを知らねばならぬ。木幕にはしばらく行動を共にする様にと、拙者をこのまま出しておいてくれるらしい。ああ、だが今、奇術は使えぬ。全盛期の力をもってして、お主に技を授けよう」
「あ、ありがとうございます」
口調は硬いが、その抑揚は柔らかだ。
とてもやさしい印象を受け、テールは少なからず張っていた緊張を解くことができた。
急に彼が師匠になると言われ、さすがに驚いたあと、ずっと緊張しっぱなしだった。
彼がどのような人物かもわからないし、なんなら木幕の元主……要するに王様であるというではないか。
彼らの世界の立場関係は分からないが、柳が木幕を雇っていたということは分かる。
とんでもない大物が現れ、どう接していいか分からなかったが彼は誰に対しても朗らかで優しげな表情を崩さない。
それがとても接しやすく、安心できた。
すると柳が腕を組み、前を見据える。
先ほどから一向に進まない行列を見て、小さく息を吐いた。
「しかし……。進まぬなぁ、この行列は。この先には何があるのだ、メル君」
「え!? あ、はい! 石の転移魔法陣があります。この行列はその魔法陣を利用するお客さんだと思いますけど……」
「ほぉ、テディアンが作り上げたあの代物か。昔は高貴な者のみ利用できたというが、今ではこうして庶民も利用できるとは。今世紀のアテーゲの領主は、民を想っていると伺えるな」
過去の記憶を引っ張り出しながらそう呟く柳は、懐かしそうに空を見上げた。
その名前に聞き覚えがあるメルは、ふと口にする。
「テディアンって、あの大魔法使いのことですよね。リヴァスプロ王国から出る時、レミさんにそういう話を聞きましたけど……」
「うむ。なんなら、レミは彼女と共に肩を並べて戦った経験がある」
「「え!?」」
「ちょっと柳さん。そんな昔の事掘り出さなくてもいいんですって」
「フフフフ……なに、自慢話の一つや二つ、話したところで減るものではないだろう」
そう言いながら笑う柳にレミは『そうですけど』と口にしながら頭を掻いた。
悪い気はしないのだが、できれば本人がいない所でそういう話はしてもらいたいものだ。
どうにも柳は他人の良いところや活躍を自慢げに話したがる節がある。
元城主だった頃の、家臣への気遣いが未だに抜けていないのだろうか。
困ったように笑うレミを他所に、柳は更に彼女の話を自慢げに語りだす。
「そもそも、レミは農村の生まれでな。木幕の弟子になるまでは剣も槍も握ったことのないただの生娘だったのだ。その時が……十八? 十六だったか?」
「忘れましたー」
「まぁなんにせよ、それから一年も経たずに黒い梟だったか? その暗殺集団と互角にやり合えるようになったのだ。まっこと、こ奴の才には嫉妬すら覚える。いや、なにより師が良かったのやもしれぬなぁ? なぁ木幕や」
「……柳様。その辺で」
「フフフフ、つれないなぁ」
話を興味深そうに聞いていたテールとメルは、彼らの出会いと始まりをなんとなく感じ取れた。
もっと昔の話を聞きたくはあったが、やはり本人の間でそういう話をされるとむず痒いのだろう。
剣を教えてもらう傍ら、休憩時間の時にでもこっそりと柳に聞いてみようと思った。
すると行列が一気に動き出した。
先ほどの待ち時間は何が原因だったのだろうかという程列が進み始め、瞬く間に自分たちの番がやってくる。
石の転移魔法陣を利用するにあたって、これを管理している教会にお布施をしなければならないが、そこまで高額というわけでもないのでレミが全員分の利用料をパパっと払ってしまう。
利用許可が下りてすぐ、レミを先頭にして石の転移魔法陣まで移動した。
そこにあったのは、想像以上に小さい石であり、一見しただけではその辺の石と何ら変わらない。
だが普通の石と明らかな違いがあり、それを見てただの石を見ただけなのに気圧される。
小さな石を中心として、巨大な魔法陣が地面に広がっていたのだ。
びっしりと細かく式が刻まれた紫色の光を淡く纏っている魔法陣は、なんだか不気味だ。
だがその反面、淡い光はとても優しくもあった。
他の利用客が、その魔法陣に足を踏み入れる。
その瞬間、シュンッという音を言わせてその場から居なくなった。
どうやらただ魔法陣の中に足を踏み入れるだけで転移することが可能らしい。
注意点としては、どこに行きたいかをしっかりと頭の中に入れておかなければならないようだ。
はじめていく場所でも問題はないようで、国の名前を頭の中に思い浮かべればいいらしい。
後は石の転移魔法陣が決められている転移場所に移動させてくれるのだとか。
「高性能過ぎる……」
「あのテディアンが作ったからね~。いろんな国に行って、特定の場所記録してたみたいだし」
「ほ、本当に凄い人なんですね……」
「大魔法使いだしね」
レミがお手本を見せるようにして石の転移魔法陣へと足を踏み入れる。
すると一瞬でいなくなった。
続いて木幕が入り、スゥがぴょんぴょん跳ねながら入って消えていく。
「わぁー……」
「では参ろうか。ルーエン王国をしっかりと頭の中に入れておけ」
「「はい」」
柳に背を押され、石の転移魔法陣に足を踏み入れる。
しっかりとルーエン王国という単語を頭の中に入れたあと、一瞬視界がブラックアウトした。
ゆっくりと目を開けて周囲を確認してみれば……。
そこはルーエン王国の城壁が見える道だった。




