7.8.師匠決定
急速に意識がはっきりしだし、周囲のざわつきがより一層大きく聞こえてくる。
教会の中は神聖な場所とされているのでその場にいる多くの人々は静かにしているが、さすがに外から聞こえてくる往来や客寄せの声までは制御することができない。
やけにはっきり聞こえるその声に顔を少し顰めながら、もう一度自分の腰に手を当てる。
そこには灼灼岩金と隼丸がしっかりと納まっていた。
テールはそれを見てようやく安堵し、静かに立ち上がった。
隣にいたメルも同じタイミングで立ち上がる。
こちらを見て何かそわそわとしているようだが、テールも自分の中に入ってきたスキルを確かに感じ取っており、胸の高鳴りを感じていた。
長い修行期間だったが、それが報われた瞬間だ。
早速試してみたいとは思ったのだが、さすがに教会の中ではしゃぐのは良くない。
高鳴る鼓動を押さえつつ、メルにジェスチャーで『外に向かおう』と促すと、何度か頷いて足早に教会を後にする。
テールも同じように続き、最後にナイアの像を振り返って軽く会釈をした後ようやく教会を出た。
教会を出るや否や、メルはすぐにテールに詰め寄る。
それに少し驚いて身を引いた。
片膝を折り、傾く体をすぐに支えるために足が伸ばされ、その勢いを殺すことなくメルから少し距離を取る。
普段できるはずもない動きが急にできたことに、テールは目を見開いた。
「わぁ」
「おおー」
ただびっくりして移動しただけだったのだが、それを見てメルは感心したように声を伸ばす。
冒険者活動をしていたメルは、今の移動方法に少しだけ覚えがあった。
それはレミが戦っていた時と、槙田が戦っていた時に何度か見た移動術だ。
どの様な体の動かし方をしているのかは分からなかったが、今のテールの移動方法はそれによく似ていた。
だが彼女よりもそれに詳しい刀がいる。
腰に携えていた灼灼岩金が声を上げた。
『むむっ!? 小僧、いつの間に縮地を身に付けたのだ!?』
「しゅ、しゅく……? え?」
『『武術の一つだよ。普通に踏み込むと動きを見切られやすい。だから一回膝を折って“落ちる”んだ』』
「……なんで武器なのにそんなこと知ってるんですか?」
『『なんでだろうね』』
『そういえばなぜだ』
「分からないのか……」
詳しく聞けば事細かく教えてくれそうな知識を持っていそうではあるが、その知識の出所が分からないというのはなんだか変な話だ。
武器として握られているから知っている……というわけでもなさそうだし、少し彼らの謎が深まった。
ぽそりぽそりと話していると、メルが近づいてくる。
期待の眼差しでこちらを凝視しており、なんだかやけに機嫌がよさそうだった。
「で、どうどう? なんか変わった? 貰ったんでしょスキル」
「うん。でもなんだろう、何かが変わったっていう感覚はまだ……ない? のかな? さっきのも咄嗟に動いたからできちゃったみたいな……感じだったし」
先ほどのメルから距離を取った時に使った移動方法を思い出す。
無自覚でできてしまったので、何をどうすればよかったのかあまり頭で理解できていない。
灼灼岩金はそれを見て驚いていたので、恐らく動き方としてはとてもよかったのだろう。
自分の手を見て、握り込む。
今まで自分の中に無かった力が入ってきたことによって、急激に何かが変わろうとしているということが手に取るようにわかる。
まだ体の速度に頭が付いてきていないのだろう。
「なにはともあれ、おめでとうテール!」
「ありがとう。まだ不安はあるけどね……」
「その辺は木幕さんたちが教えてくれるよ! じゃ、そろそろいこっか!」
「それもそうだね」
彼らを待たせ過ぎても良くないと思い、メルの提案にすぐに同意した。
ただでさえ神様を嫌っているのだ。
教会の近くにもあまり長居はしたくないのかもしれないので、足早に戻ることにする。
人の往来が続く道を少し歩くと、何故か人がはけていった。
その理由は、木幕の出で立ちと重圧で近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまっているからであり、近づくにつれて歩きやすくなる。
だが今回は、彼だけが原因ではなかったようだ。
木幕とレミの近くに、一人の和服を着た男性がこちらに背を向けて佇んでいる。
髪の長い男性であり、柳の家紋が刺繍された藍色の羽織を着ているようだ。
背中しか見えないので彼の容姿は伺えなかったが、その立ち姿だけでも凄味があるように感じられた。
「おや?」
気配を察知したのか、それとも視線に気づいたのか。
男はそういいながら振り返り、テールとメルを視界の中に捉えた。
後姿を見た時に感じた凄味はどこへやら、柔和な表情をしている彼はとてもやさし気だ。
にこりと笑った笑みは安心感を与えてくれる。
顔立ちは非常に整っており、数名の女性が遠巻きに彼を見ているのがなんとなく分かった。
藍色の羽織にゆったりとした黒の和服。
濃い目の灰色をした袴を綺麗に着こなした彼は体をこちらへと向ける。
凛々しく立つ彼の手には、一振りの日本刀が手に握られていた。
「君が、テール君だね」
不意にそう言われ、おもむろに頷く。
普通であれば声を出すところなのではあるが、彼にそう問われたテールはなぜか声を出すことができなかった。
それはメルも同じであり、そもそも口を開こうとは思っていなかったのだがそれでも口をつぐんでしまう。
優しく聞かれているのに、この妙な違和感は何なのだろうか。
固まっている二人をよそ目に、木幕が口を開く。
「……テール。この方が、お主の剣の師だ」
「……ほぇ?」
ようやく口から言葉が出た。
そこで緊張が一気にほぐれたような気がして、すぐさま目の前の男へと目を向ける。
くつくつと笑いながらテールのコロコロ変わる心情を楽しんでいた男は、コホンと咳払いをしてからにやりと笑う。
「拙者の名は柳各六。生前、木幕の主だった男だ」
「「ええええええええええ!?」」
驚愕の事実に、テールとメルの叫び声が周囲にこだました。




