7.7.夢の中の死者
ドシャッ!
「いーーーーっつ!!」
尻をしたたかに打ち付けたテールは、すぐに体重を移動させて庇う。
重い荷物を持っていたらもっと痛かっただろうと思うが、相変わらず自分の腰にあの刀は携えられていなかった。
ここはどこなのかと思い、顔を上げてみればすぐに何処か理解することができた。
暗い空間。
四方八方上下左右どこを見ても真っ暗な空間が広がっているが、自分の色は失われていない。
手もを見れみればしっかりと肌色が見えるし、服の色も判別できた。
そして、ここにテールは一度来たところがある。
であればあの人がいるはずだと思って振り返ったところ、案の定あの人物がそこに胡坐をかいて座っていた。
服と長い黒髪がふわふわと不思議な力で浮き上がって揺蕩っている。
風もないのに浮かんでいるそれは、いつ見てもなんだか不気味だ。
そして相変わらず真っ黒な瞳がこちらを見据えていた。
口からは青い煙を吐きだし続けており、時折口内に溜まった煙を一気に吐き出す。
シャンッ。
鈴が付いている杖を一度鳴らし、藤雪万はテールが自身の存在に気付いたことを喜んだ。
不気味に笑う彼にひきつった笑みを返したあと、文句を言う。
「て、手荒い歓迎ですね……」
「すまぬ」
短い言葉で詫びを入れた藤雪は、鈴のついた杖を静かに置いた。
彼とてあのような連れ去り方は不本意であったが、木幕の元に戻る前に……精神世界にいる間に話しておきたいとこがあったのだ。
あれは苦肉の策。
とはいえ、これであの神に対策を打ち出されてしまったら、これから会えるかどうか怪しくなってしまうのだが、そうなってでも伝えなければならないことがある。
とはいえあと少しくらいは雑談をする余裕がありそうだ。
それに、まずは褒めなければならない。
「呪い研ぎの研ぎ師、テールよ。よくぞ里川と乱馬を討ったな」
「ぼ、僕じゃないですけどね……」
「では討ち取った者に、この言葉を伝えてくれ。……しかしすまなかった。乱馬の出現を伝えられず」
「ああ……」
里川についての話は、確かに藤雪から聞き及んでいた。
しかし乱馬については一切の情報がなかったということを思い出す。
教えてくれていればあの時レミが危機に瀕すことはなかったのかもしれないが、それも終わったことだし結果的には何とかなったので、テールとしてはそこまで思うところはない。
とはいえ、藤雪からしてみれば伝えられなかったことを悔いていたようだ。
今自分ができる事はこれくらいしかないのに、それすら全うできなかった自分を情けなく思っているらしい。
「次からは、気を付けよう……」
「まぁそんなに、気を落とさず……。あんまり気にしていませんから。何とかなりましたし」
「……これからそうであるとも限らん」
「と、いいますと?」
相変わらず不気味な瞳でこちらに見つめ続る。
彼は指を数える様にして二本折り、思い出すようにして目を閉じた。
「……当時……。認めたくはないが、当時我よりも武を極めた者が、二人いた」
「え?」
見た目から既に強者のオーラを発し続けている藤雪が、自分よりも強い人物がいると発言したことにテールは驚いた。
実際に藤雪の実力を見たわけではないが、彼の実力は素人でも見ただけでなんとなく理解できる。
それを越える猛者が他に二人もいる事実にテールは一種の戸惑いを感じていた。
明らかに、自分たちでは太刀打ちできない存在。
木幕たちの協力失くして、この先テールは生きていくことはできないだろう。
「えっでも……。さと、里川さんも……相当……強かったけど……」
「……あれが五人束になっても、あの二名には敵わぬ」
「……」
だんだん強さの基準が分からなくなってきた。
要するに里川の五倍以上の力を持った人が、これからどこかのタイミングで二回襲ってくるということは確かなのだが、一体どれくらい強いのか全く想像ができない。
乱馬の戦いはあまり見ていなかったのでどうかは分からないが……この話が事実だとすれば槙田よりも数倍強いということになるのではないだろうか。
そこまで考えて、一度思考を止める。
ではその名は?
名前が分かれば、木幕たちの誰かが知っている可能性がある。
聞いてみると、藤雪は難色を示した。
「……すまぬ、まだ……伝えられぬ」
「なんでですか?」
「忌々しい青煙だ。我が伝えられるのは、その者が次にお主の下へと行く手前のみ。……できるだけ、策を取らせぬためだろう」
「そう、ですか……。では、次は一体?」
「乾芭 道丹《いぬいば どうたん》」
一人の侍の名を、彼は口にする。
テールは聞いただけではその人物のことを一切理解することができないため、どういった人物なのかを藤雪に聞いた。
「忍だ」
「しのび?」
「暗殺者、刺客……だと思えばよい。奴は勝ち方にこだわりを持たぬ。十分、注意せよ」
するとテールの体が薄くなり始める。
どうやらここにいられる時間はとても短いようだ。
その様子を藤雪は何も言わずに見守っていた。
完全に消え去るのを見届けたあと、彼は再び鈴のついた杖を持ち上げる。
シャンッ、シャンッ。
過去の遺物が、まさかここまで美しい音を鳴らしながら自分について来るとは思わなかった。
なぜこれがここにあるのか。
どうして自分の下から離れないのかを懸命に考えたが、その答えは今も尚見つからない。
「……──」
一人の名を口にするが、それは青煙に巻かれて消え去った。
独り言でも、音を乗せることができないらしい。
「難儀だ」
ぼそりと呟いた言葉は、煙に巻かれず音を乗せ、漆黒の空間に響き渡った。




