6.11.不動の構え
乱馬は初めてレミたちと出会って抜刀した時の構えを取って見せた。
脚を広げて腰を深く落とし、笠の切れ目からこちらを睨んでいる。
彼は既に魔法を使うつもりは一切なかった。
これは既に遊びではない。
レミとの仕合は彼を一つ大きく成長するための布石であった。
であれば卑怯な手は既に必要ない。
これからは自分との戦いだ。
よそから貰った無駄な力など、必要はない!
「さぁ来いや娘……! 俺の神髄を見せてやる!」
「いざ……!!」
タタンッと華麗なステップで地面を蹴り、滑るようにして接近したレミは氷輪御殿を旋回させて遠心力を乗せる。
大きく振るわれて繰り出される攻撃は、走っている勢いも相まってやはり強力だ。
先ほどと同等以上の攻撃力。
それが接近しているというのに、乱馬はその場から一切動かない。
ついに刃が乱馬に向かって振り下ろされる。
それでも彼は回避しなかった。
逆に、レミへと切っ先を向けていた隼丸をスッと横に移動させ、その攻撃を片手で防ごうとしている。
両手でも防いでも吹き飛んだ乱馬だ。
この攻撃を止められるわけがないと、レミはこの一撃に掛けて全力で氷輪御殿に力を籠める。
ギィンッ……!!
氷輪御殿が、ぴたりとその勢いを完全に失ってしまった。
いや、これは殺されてしまったという方がいいだろう。
遠心力が乗り切った攻撃が、片手で止められた。
そのことに驚いて身を引くが、追撃は来ない。
基本姿勢を取って警戒し、乱馬を見る。
(……芯が根深い……!)
先ほどまでの乱馬は、レミの攻撃によく振り回されていた。
だが今はまったく違う。
今の乱馬は、巨大な大木というのがいいだろうか。
何処からどの様に打ち込んだとしても、動く気配がまったくなかった。
独特な構えは、体の芯を地面深くに突き刺してその場から動かないようにする構え。
まさに不動。
その場から一切動くつもりはないらしく、ただ相手が来るのを待っている。
一度刃を交えただけでも、彼の覚悟と戦いに勝つという意気込みが見て取れた。
津間津二振り梟の型。
乱馬の師匠、津間津家六代目当主兼津間津二刀流剣術師範、津間津菅柾が彼だけに教えた秘伝ともいえる“守りの型”だ。
当時は若くやんちゃだった幼少期を過ごしていた乱馬だったが、菅柾には目を掛けられていた。
彼の立ち振る舞いは決して武士と言えるようなものではない。
だがしかし、それに目をつぶっていいほどに才に恵まれていたのだ。
彼であれば、菅柾が本当に教えたかった技術を継承してくれる。
そう信じて、彼は乱馬に秘術であるこの守りの型を教えたのだ。
そしてこれは、津間津流二刀流剣術に非常に相性が良かった。
レミは先ほど乱馬を吹き飛ばした氷湖一閃を繰り出す。
石突を持って片手で大きく振るうこの一閃はそう簡単には防げない。
風を斬りながら迫る刃を、乱馬は冷静に対処する。
右手に持っていた隼丸を逆手持ちに変え、迫ってきていた刃を鍔で捉えて地面に突き刺す。
攻撃を受けた瞬間に地面へと隼丸を差したことにより、手は柄を支えて地面が切っ先を支えるという形となり、この攻撃は完全に無力化された。
そこにすかさず左手に持っていた隼丸を振り抜く。
この一撃を止められるとは思っていなかったレミは、肩から腕にかけての肉を削ぎ落された。
「ぐっ!! 治れ!」
「突く」
「はあっ!!」
回復した瞬間に突きが繰り出されたが、それを回避して下段からの攻撃で乱馬の腕を斬り飛ばすつもりで振るう。
しかしそれは叩き落され、左手に持っていた隼丸の切っ先が飛んできた。
身をよじって回避し、弾く。
すると今度は右手に持っていた隼丸の切っ先が飛んでくる。
咄嗟に足を上げ、鍔を踏みつけて勢いを殺す。
だがその瞬間に刀を引き、足を切り裂かれた。
また回復して今度こそ大きく距離をとる。
「フゥーーーー……!」
「……ッシー……」
守る時は“必ず”守る。
攻めるときは“逃げるなら”攻める。
誰でもできる事だが、守る時の強さが他の人物と比べ物にならないくらい強い。
彼は盾なる剣だ。
耐え、耐え、また耐えて耐え忍び、ここぞという時に仕掛けて獲物を捕らえる。
なにより難儀なのが、彼の目が笠で隠れて見えないことだ。
何処を狙っているのか分からない。
そこだけで言えば、気付かれずに獲物を捕らえる梟のようだった。
膠着状態。
乱馬はこの構えを取っている以上、一切自分から攻めるつもりはない。
レミとしてもあの攻撃を受け止められた手前、迂闊に手が出せないでいた。
そこで一つの足音が近づいてくる。
わざと足音を大きくしているようで、二人はその存在にすぐに気づくことができた。
「乱馬瞬前。津間津家屈指の門下生の一人であり、免許皆伝も賜った一人の武士。その性格には至らないとこがあれど実力は確か。夜襲を一人で守り切り、屋敷へ入ってきた盗賊をすべて始末し、殿を任せられて逆に敵兵をすべて倒してしまったというのは比喩話ではなかったようですね。乱馬様?」
「……貴様……」
小奇麗に和服を着ている姿には清潔感がある。
長い髪は後ろに投げられ、青い羽織がはためいた。
可愛らしく笑う彼女は常に乱馬を見ており、その手には二振りの日本刀が握られていた。
乱馬はその人物に見覚えがあった。
女子であるのにも拘らず日本刀を握り、ましてや自分と同じ二刀流。
とんでもない人物もいるものだとその時は鼻で笑ったが、今対峙している人物の気配を見る限り……昔に見た時とはずいぶん雰囲気が変わっていた。
「……水瀬清……!」
「お久しぶりです」
綺麗にお辞儀をした水瀬は、頭を上げてにこりと笑っていた。




