5.23.槙田の教え
足払いをする様にしてマチェットが振るわれた。
それを飛んで回避して攻撃してきた亡霊の頭をたたき割るようにしてナテイラを振り下ろす。
ザンッという音を立てて亡霊は掻き消えるが、手応えというものがあまりない。
音だけしか手ごたえがないとでもいうのがいいだろうか。
敵の数は確かに減っているようではあったが、次々に沸いて出てくる亡霊は次第に強くなっているような気がする。
単調な攻撃方法から体を使った攻撃方法へと変わり、攻撃を待つことを覚えて今では剣を振り回しながら攻撃を仕掛けてきている。
こうなるとどちらから剣が飛んでくるか分かりにくくなるため、防ぐのが難しくなった。
とはいえ勝てない敵ではない。
メルはリヴァスプロ王国ギルドマスターのドーレッグとの戦いを思い出す。
あれに比べればこの亡霊など取るに足らない相手だ。
しかし……まだ数が多かった。
カットラスを振り上げて襲い掛かってきた亡霊二人に対し、メルは即座に距離を取って違う敵を狙う。
急な方向転換にようやく反応した亡霊一体が剣で攻撃を防ごうとするがもう遅い。
既に足を両断され、切り返しで頭部を吹き飛ばされる。
順調ではあったが、メルは不満を覚えていた。
(なんか違う)
この違和感が何なのかは、既に分かっていた。
先ほど見せてもらった槙田と里川の戦い。
あれがまったくもって身に入っていなかったのだ。
これではいつも通りの戦い方であり、まったく進展がない。
とはいえ急に戦い方を変えるという高度な技術をメルは持っていなかった。
今まで身に沁み込んだ動きというのはそう簡単には変えられない。
なにせこのやり方でキュリアル王国ではギルドマスターに認められるだけの技量を有していたのだ。
彼女に“これでいい”と一度認められてしまったからこそ、今更変えるのは困難を極めた。
真横から飛んでくる剣を叩き落とす。
即座に手首を返して切り上げ、亡霊の頭を吹き飛ばした。
槙田はどう戦っていた?
先ほどの死闘は今もなお目に焼き付いているので、すぐにでも思い出すことができる。
彼は何を“見ていろ”と言ったのだろうか。
戦いを見ていろと言ったわけではない。
剣だけではなく体も使え、と言われたが亡霊に打撃が通用するのだろうか。
いや、この言葉は自分より強い相手に使う攻撃手段だ。
今じゃない。
「あ、そうか。今じゃないんだ」
ようやく腑に落ちる答えを見つけることができた。
槙田の技は、強者との戦い方を想定に作られている。
であればこんな亡霊たちに、槙田が教えてくれたことを実践する意味はない。
だったら、今は自分を磨く。
いつも通りの自分に磨きをかけ、次のステップに進む布石とするべきだ。
これに気付いてからのメルの動きに迷いはなかった。
即座に剣を腰だめに構えて低姿勢となり、跳ね上がるようにして体を起こして突っ走る。
脇構えに構えていた剣を振り上げて亡霊に切りかかる。
慌てて防御に回った亡霊は即座に斬られて消滅した。
ちらりとレミを見てみれば順調に亡霊を捌き続けていた。
薙刀を回し続け、的確に攻撃を弾いて石突と刃を使って亡霊を仕留める。
彼女のことは心配しなくても大丈夫そうだ。
テールの方にはスゥもいるし、何なら今彼らの周囲に敵は居ない。
あとは自分たちの近くにいる敵を倒せば終わりである。
メルとレミの殲滅は次第に緩やかになっていき、最後の一人と思われる亡霊をレミとメルが同時に仕留めて幕を引いた。
静かになった甲板の上はなんだか寂しい。
しばらく動き続けて息が上がったメルは、汗を拭って深呼吸する。
「はぁー……」
「うんうん、これくらいは余裕みたいね」
「レミさんが半分以上引き受けてくれたので助かりました」
「そっちにちょっと強いのが行っていたみたいだけどね。でももう少し警戒はしておきましょう」
「はい」
敵は去ったが、脅威が去ったわけではない。
ナルス・アテーギアは周囲の状況を見てため息をついている。
とても呆れているようだ。
「……こんなに、弱かったか……?」
「否。亡霊になり力が劣っているだけであろう。全盛期であれば今のレミでも苦戦する」
「そう言ってくれると者どもが救われる。であれば私も同じように衰えているのだろうな……。だが床に臥せている時に見ていた景色と比べれば、やはり海はいいものだ。無限に広がっている海はいつまでも変わらなくそこにある空の様に終わりはない。その喜びを甲板の上に立つ者たちと分かち合いたいものだ」
「だからお主は、某らを連れていくのか」
「……そうかもしれん」
この船は、確かにアテーゲ王国へと前進している。
もし彼らが本気で騙すつもりなのであれば、まったく違う方向に進路を取ることもできただろう。
しかしナルスはそうしなかった。
海賊とは約束を破るものである。
自分たちの得にならない限り。
木幕たちをただアテーゲ王国へと連れていくというのは完全なる善意であり、得も何もない。
いいことをしたという優越感に浸るだけに終わるのだ。
その本質を木幕は知っていたし、ナルスという男の性格もよく知っていた。
彼があの様にひょうひょうとしている様は、何処か違和感があったのだ。
しかし今でこそ、そのなりは潜められている。
これが彼本来の性格……とでもいうのがいいだろうか。
落ち着き払い、間違った指示を出さないのがこの男だ。
先ほどの一斉攻撃は、彼には似合わなかった。
「古き友というのは、本当の意味で木幕しかいないのだ」
「デルゲンはどうした」
「あれは子供であり部下だ。私と肩は並べられん。唯一肩を並べていた男は、私が生きている内に先に逝ったようだがな……」
「さて、ではどうする? 仕合うのであれば付き合うが」
「私は既に負けている」
間髪入れずにそう口にしたナルスは、マントを捲り上げて小さな葉っぱを服の中から取り出した。
今もテールの肩に乗っている葉っぱと同じ物だ。
「……木幕の魔法はとんでもないな」
「六百年極めればそうもなる」
「それもそうか……。では話は終わりだな」
「ああ」
そう言ってナルスはその場にドカッと座り込んだ。
膝に肘突いて手に顎を乗せる。
残っている手で風を巻き起こし、船の速度をまた上げた。
「連れて行ってやろう。我が故郷に」




