5.22.甲板上での大立ち回り
欠損部位の多い青白い亡霊たちが一斉に武器を掲げて立ち向かってくる。
声も足音もしないので向けてくる殺気だけが頼りではあったが、レミは赤子の手をひねる用にして向けられた刃を弾いて身を守り、薙刀を振るった勢いを殺すことなく近くにいた亡霊二人を両断した。
どうやら彼らは亡霊ではあるが、斬撃は有効のようだ。
妙な奴らだとレミは心の中で呟いてから、再び襲い掛かってきた亡霊を簡単に往なして三人まとめて斬り捌く。
軽快なステップと瞬発的な移動、更に薙刀によるリーチの長さが相まって一撃がとても強力だ。
片手剣であれば簡単に吹き飛ばされてしまう。
ちなみに彼女は今違う薙刀を使っている。
どうやら予備があったらしく、先ほどの罅が入った薙刀は魔法袋の中に仕舞っているようだ。
『──!!』
「よっ!」
振り下ろされたカットラスを回避し、メルがすぐに懐へと潜り込んでナテイラを振り抜く。
亡霊たちは強いわけではない。
なのでメルでも十分に戦えた。
自分の持てるすべての技術を集結させて次々に襲い掛かってくる亡霊を斬り捌いていく。
これくらいであれば盗賊を相手にしている時と同じだ感じだ。
まったく苦にならないということが分かったので、調子が良くなってレミよりも早く敵を殲滅しにかかる。
敵のカットラスを弾き、その場で剣をぴたりと止めて角度を変える。
敵の方へと刃を向けた瞬間即座に切り伏せ、手首で二度ほどくるりと回したあと腰だめに構えて次の相手に飛び掛かる。
襲い掛かってきたのであれば回避、もしくは軽く受け流してからのカウンター攻撃。
二人同時にかかってきたのなら距離を取って違う相手に狙いを定める。
効率的に敵の数を減らしていくメルの戦い方は、木幕から見れば忍びに近い。
西行、辻間であれば確実に同じ戦い方をするだろう。
「ちょちょちょちょっとわああああ!!」
『小僧逃げるな!! 戦え愚か者!!』
「無理無理無理無理!! まだ戦い方教えてもらってないしー!!」
そんな中、一人だけ逃げ回っていた。
とりあえず腰に剣をぶら下げているのだが抜いてはいない。
今手に持っているのは灼灼岩金とその鞘だ。
とはいえ戦いのド素人であるテールは、明らかな殺気を向けて襲い掛かってくる数十人に勝てる気がまったくしなかった。
できる事と言えば逃げて耐え忍ぶくらいである。
とはいえまだレミもメルも向こうで忙しそうだし、なんならテールがいい感じに逃げていることを知って向こうに集中していた。
今のところ助ける気がない……というか敵の数が多すぎてそこまで気が回らないようだ。
そこで不満げにしていた灼灼岩金が声を上げる。
『この我がいるのだぞ!! これくらい我が奇術で…………む? ……むむ?』
「どうしたんですか!?」
『うむ!! どうやら我が奇術は地に足を着けていなければ使えぬようだ!!』
「ってことはあの魔法使えないんですか!?」
『すまぬな小僧!!』
「どーするんですかこの状況!!」
叫んだとしても状況が一変するわけではないが、今のところ打つ手なしである。
マストや樽を駆使して逃げ回っているが、いつ捉えられるか分かったものではない。
体力も多い方ではないので、こうして逃げていられるのも時間の問題だろう。
『小僧が我を振るえばよい!!』
「いや無理ですって!」
『我が戦い方を講じてやるというのだ!! 言われたことをすればいい!! 幸いにして奴らは弱者!! 亡霊など恐れるに足らず!』
「無茶な!」
言わんとしていることは分かるが、この状況では指示を的確に聞けるかどうか分からない。
構えもぐちゃぐちゃだしこの武器でどう振るえばいいのかも分からないのだ。
言われた通りにしたとしても、すぐにやられるのがオチな気がする。
というか何故木幕は助けてくれないのか。
そう思いながら彼の方を見てみると、二枚の葉っぱを持ってその場に立ちすくんでいた。
なにをしているのだろうか、と思ってみていたのだが、途端にその葉っぱをひらりと捨てる。
その瞬間、彼の近くにいた亡霊数十人が消滅し、ついでにテールを追いかけていた亡霊も消滅した。
何が起きたのかまったく分からない。
唯一分かるのは助けてくれた、ということだけだ。
「あ、葉っぱ」
テールの目の前に葉っぱがひらりと舞った。
それは自我を持っているかのようにしてテールの肩に乗る。
手に取ろうとして見れば嫌がって逃げ、手を引っ込めるとまた肩に乗った。
なんだこれは。
だがレミとメルの周囲の敵は片付けなかったらしい。
二人はそのまま戦いを続行し、テールが無事だということを確認して本格的に殲滅に移ったようだ。
しかし彼らは亡霊……。
甲板の下からにゅっと手が出てきて、這い出すように増えていく。
「ぎゃああああ! まだ増えるんですか!?」
「っ」
「わっ!!」
這い出されてしまってはまた襲い掛かってくると思って距離を取ろうとした瞬間、スゥが服を引っ張ってテールが逃げるのを阻止した。
そう言えばこの子は何をしていたのだろう。
無傷なので無事だということは分かるが……肩に担いでいる獣の毛皮が巻かれた大きな日本刀はやはり背の丈に似合わない。
と、いうか凄い力だ。
彼……ではなく彼女も呪いの影響を受けているのか、テールが逃げるのを阻止できる力を有しているらしい。
小さな子供がこんな力を持っているのはおかしな話だ。
すると、スゥがその日本刀を抜刀する。
鞘を上に投げ飛ばす形での抜刀。
落ちてきた鞘をキャッチして片手で持ち、その手に似合わない日本刀を片手で持ち上げた。
(力すごっ!!?)
小枝を振り回すように軽々と振るい、出てこようとした亡霊を片っ端から叩き潰す。
テールを守るように立ち回り、周囲の安全を確保したところでフンッと鼻を鳴らして胸を張った。
『あやつを見習え小僧!!』
「無理ですね」
もう一度スゥを見てみた。
大太刀を軽々と振るえるわけでもなければ、あそこまで機敏に動くこともできない。
息一つ荒げていない姿を見て今一度、心の中で『無理だ』と呟いた。




