5.20.旧友の招待状
今目の前で起こっている現象が理解できない。
どうして木幕は亡霊と親し気に話すことができているのか。
話の内容から昔の友人であったことは間違いなさそうだが、一体何年前の話なのだろうか。
亡霊は今も尚楽しげに笑っている。
肉が半分ないのでぎこちない笑いではあったが、楽しそうだということは理解できた。
本当に長らく出会っていいなかった友人と再会した時の喜びようだ。
「ふはははは! 木幕、お主はあれからどうしたのだ? 私に顔を見せず帰りおって」
「あの時はお主が先に海へと戻ったのであろうが」
「ああ、そう言えばそうだった。魔力がもうなかったのでな。引き返すしかなかったのだよ」
「そもそも空に浮いているのに、某が足を運べるわけがなかろう」
「確かにそうだ。ふはははは!」
ナルスは貫禄を取り戻したような会話をしていたが、やはり笑うとその雰囲気は掻き消える。
死んで元気にでもなったのだろうか。
木幕が覚えている限りでも、彼がこんな楽しそうに話しているところは記憶にない。
木幕がナルス・アテーギアと知り合った時、彼は既に老いていた。
笑う元気もなさそうな老人だ。
しかし貫禄はあり、見た者を震えさせるだけの出で立ちと圧を有していたと思う。
それがどうだ、今では気のいいおっさんだ。
元は海賊なのでこれが彼の本当の姿なのかもしれないが、木幕としてはなんだか妙な感じがした。
すると、ナルスがパンッと手を叩く。
用件を思い出した、といった風に笑って見せた彼は木幕にズイッと近づいた。
「木幕、お主は何故港に来ている?」
「アテーゲ王国へ行きたくてな」
「ついに国にまでなったか、我が要塞は。ふむふむ、であれば私が連れて行ってやろう」
「きな臭い話であるな」
「まさかまさか! 私はお主とまた語り合いたいだけなのだ。今から支度する、暫し待たれよ。野郎共! 船をもう一隻持って来い!」
『『了解しましたぁー!』』
ナルスの指示を聞いて、船に同席してきた亡霊が船に手を振って合図を送っている。
それが伝わったのか、船の上ではもう一隻の船を降ろす作業が行われ始めた。
乗っている一人の亡霊が、船をこいでこちらへと近づいてくる。
「そこの二人も乗るがいい。誰でもいいぞ」
「ではお言葉に甘えよう。あと二人いるが問題はないな?」
「構わん構わん! ふはははは!」
「不気味過ぎる……」
本当にこんな亡霊の提案に乗ってもいいのだろうか。
だが木幕は既に行く気満々だし、この機を逃せばいつまた船で出航できるか分かったものではない。
港にある船はすべて使えなくなっているようだし、一早くアテーゲ王国へ向かうにはこの提案を飲むしかないだろう。
とはいえ……やはり不気味だ。
本当に大丈夫なのだろうか。
いや恐らくというか絶対に大丈夫ではない未来しか見えない。
ちらりと木幕をみやれば、彼もこちらを見ていた。
小さく頷き、大丈夫だと言ってくれている。
(……いやこれ、木幕さん分かって乗り込もうとしてる?)
木幕たちとかかわった魂が何を目的としているのかは、なんとなく分かっている。
であればテールは彼から離れないようにしておいた方がいいだろう。
自分たちが乗り込んで、彼らが何をしてくるか分かったものではないのだ。
メルも心配そう……というよりひどく警戒している。
そうなる気持ちも分かるが、テールは木幕を信じることにした。
彼が大丈夫だというのであれば、本当に大丈夫なはずだ。
そうこうしているとスゥを連れてレミが戻ってきた。
話の内容を木幕から聞くと、やはり反対したがもう行くことは決定しているようでレミの意見は完全に無視されてしまったようだ。
話を聞く気がないということを悟って肩を落とす。
「どうなっても知りませんからね……」
「話はまとまったようだな。よし、では行こう!」
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか?」
意気揚々としていたナルスをテールが止めた。
ここを去る前に一つだけしておきたいことがあったのだ。
周囲を見渡し、港の住民を探す。
彼らは今も怯えて倒壊した建物の影に隠れていた。
どうやら全員が同じ場所に集まっているようだ。
テールはそこへと歩いていきながら、バックの中から小さな袋を取り出す。
「あのー……この中のリーダーって誰ですか?」
「お、俺だが……。お前ら何なんだ……悪魔を殺すとか……。それにその武器は悪魔のだろ……!」
『むむ?』
「まぁそうなんですけどね……。はい、これ」
小さな袋を押し付ける様に男に渡す。
おっかなびっくりしながらそれを受け取ってしまった男は、恐る恐る中を確認した。
すると袋の中から金色の輝きを持った金貨が顔を出す。
「ぬぉ!?」
「この子が壊した港の復興資金にしてください」
『ぬぬ!? おい小僧それは金か!? 金なのか!? そんな価値のあるものをどうしてこ奴らに渡す必要があるのだ!!』
「貴方のせいですよ灼さん」
『灼さん!!?』
この港を壊したのは里川と灼灼岩金だ。
テールが復興資金を手渡す必要はなかったのだが、自分の手に渡ってしまった灼灼岩金のせいでこうなってしまったのだから、少しでも何とかしてあげたかった。
偽善かもしれないが、そもそもテールはお金にあまり執着がない。
まだ金貨百枚が入っている金袋もあるので、半分無くなってもそんなに困らなかった。
まぁこれで気持ちよく旅に出ることができるというものだ。
お金の使い道は彼らの方が上手いだろうし、テールが灼灼岩金のためにしてあげられるのはここまでである。
引き留めようとする住民を無視して、テールはようやく小舟の方へと走っていった。
『むぅ、納得できぬ』
「僕が納得してるからいいんです」
『此度と同じ件に出くわしたらまた同じことをするつもりか?』
「さぁ……どうでしょう……」
『はっきりせぬな』
「あはは」




