ミケート・ティリス揚陸戦 参
旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所
66機の艦上戦闘機によって、統合直接攻撃弾及び無誘導爆弾の投下が終了したという報告が届いてから程なくして、海の上を進む旗艦にホークアイから更なる連絡が入る。
「ホークアイより入電。敵航空戦力の離陸を確認。数は180機程、戦闘機団を追ってこちらへ接近中。距離は本艦から西へ45km程」
通信員が連絡の内容を伝える。
地上の仮設竜舎に入りきらず、各国の軍艦の内部に格納したままになっていたわずかばかりの生き残りが、戦闘機団を追って空へ飛び立ったのだ。
「迎撃させますか?」
船務長の十返章貞光二等海佐/中佐が、総司令である鈴木に尋ねる。
「そうだね・・・護衛のF−35Bに弾を使い切る様に伝えて。その他は発展型シースパローで対処する」
鈴木は答える。その後、戦闘指揮所からホークアイへ伝えられた司令による迎撃命令は、空対空ミサイル及び機関銃ポッドを搭載している海自のF−35B戦闘機15機へと伝達された。
〜〜〜〜〜
ミケート・ティリス沖 上空
旗艦の命令を伝えられたF−35B戦闘機15機は、追走してくる竜騎部隊に対応する為、その機首を再びミケート・ティリスへと向ける。速度差故、戦闘機団を追撃する為に出撃した筈の竜騎部隊と彼らとの間には、すでに数km以上の距離が開いていた。
『各機、空対空ミサイル発射用意。搭載兵器を全て撃ち尽くせ』
ホークアイの指示を受けた各機は、照準を後方の竜騎部隊へと合わせる。直後、サイドワインダーのシーカーが目標を捉えた。
「目標捕捉・・・発射!」
1機目の発射に続き2機目、3機目と、15機のF−35B戦闘機から計15基のサイドワインダーが発射される。それらは目標に向かって、夜闇の中をマッハ3の速さで真っ直ぐと進んでいった。
「第2射撃、用意!」
1発目の発射を終えた各機は、間髪入れずに2発目の発射準備に入る。
・・・
「くそ ・・・! 奴ら何処へ!?」
突如仲間の兵士たちを襲った敵の航空部隊、その仲間たちの仇を追う為に空へ飛び出した残存の竜騎部隊だったが、速さで全く敵わずに突き放され、瞬く間に見失ってしまっていた。
竜騎部隊残党の1人であり、ラックナム辺境伯領竜騎部隊の隊長であるサルコー=チェデリクは悔しさを露わにする。その時・・・
ド ド ド ドーン!
突如発生した閃光と爆発音に、竜は驚いて暴れ出す。状況を把握する為に、サルコーは自身が乗る竜騎を宥めながら周囲を見渡し、部下に状況を尋ねる。
「どうした、何があった!?」
上官の問いかけに、ラックナム軍兵士の1人が答える。
「十数騎の竜騎が撃墜された模様です!」
「何!? 一体何処から・・・」
夜闇の中から繰り出された突然の攻撃にサルコーは狼狽える。その直後、再び閃光と爆発音が彼らを襲った。十数人の竜騎士たちが悲鳴を上げる暇もなく、漆黒の海の中へと墜ちて行く。
見えない場所から繰り出される攻撃にパニックを起こす竜、そして騎士たち。そんな彼らを嘲笑うかの様にサイドワインダーは竜騎を撃墜し続ける。そして気付けば、既に半分以上の竜騎が姿を消していた。
・・・
『各機8発ずつ、空対空ミサイルの全弾を発射完了しました』
F−35B戦闘機部隊の隊長機から、攻撃の指揮を執るホークアイへ通信が入る。15機の戦闘機それぞれが8基の短距離空対空ミサイルを撃ち尽くしたということは、120騎の竜、すなわち竜騎部隊の3分の2近くが既に撃墜されたということを示していた。
外部のパイロン及び胴体内部のウェポンベイに搭載されているミサイルを全て消費したF−35B各機の武装は、両翼に1基ずつ搭載されている機関銃ポッドを残すのみとなっている。
「では機関銃ポッドによる射撃に入る。同士撃ちに気をつけろ」
『了解』
ホークアイより最後の攻撃命令を受けた各機は、標的との距離を詰める為、混乱の最中にある竜騎部隊へ一気に接近を開始した。
・・・
夜闇の中から繰り出される攻撃が止んだものの、生き残った竜騎のパニックは収まらず、あちらこちらで制御が出来なくなった龍が暴れ回っていた。中には背に乗っている騎士を振り落としてしまっている個体もある。
「攻撃が止んだ、今の状況は!?」
ベテランの技量で、自身が乗る竜騎の興奮を手早く抑えたサルコーは、近くに居た部下の兵士に被害状況を尋ねる。
「すでに相当数の竜騎が撃墜された模様です! 被害は3分の2近く!」
「・・・!」
部下が告げた無情な報告に、サルコーは思わず天を見上げる。
(こうまで一方的なのか・・・、我らとニホン軍の戦力差は・・・!)
夜の闇の中で一方的に蹂躙される恐怖、仲間の仇を取るどころか手も足も出ない無念、様々な感情が、彼の心の中に一気にこみ上げて来た。そんな彼らに、新たな攻撃が加えられる。
激しい轟音が聞こえたかと思うと、今までの攻撃とは明らかに異なる音が辺り一面に響き渡り、ほぼ同時に15の竜騎が見るも無残な姿になって海へと墜ちて行った。その直後、亜音速で飛ぶ15機のF−35B戦闘機が、残る竜騎部隊の群れの中に突入し、轟音を棚引かせながら駆け抜ける。その時、すれ違い様に数騎の竜騎が撃ち落とされた。
「くっ・・・!」
何騎かの龍は、自陣に突入してきた敵に対して火炎放射による攻撃を浴びせようとしたが、龍による火炎放射の速度など、戦闘機の速度の前には余りにも遅く、擦りもしない。
その後、F−35B戦闘機は竜騎を一方的に追い回して蹂躙し、各機の機関銃ポッドが弾切れになる頃には、約30騎の竜騎の撃墜を完了させていた。元々正規の指揮系統を失っていた残存の竜騎部隊は、たった15機のF−35B戦闘機によって合計約150騎が失われてしまい、益々統率が取れなくなっていた。
・・・
『全機、帰還せよ!』
機関銃ポッドの弾を全て撃ち尽くし、名実共に丸腰となった15機のF−35B戦闘機は、ホークアイからの帰還命令を受け、機首を東に向けると、母艦である3隻の強襲揚陸艦へと帰って行った。
〜〜〜〜〜
旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所
「F−35B戦闘機の帰還を確認、よって空爆任務に就いていた全航空機の帰投が完了しました」
「ホークアイより入電、敵機は残り32機」
船務科の通信員たちから、各方面からの報告が告げられる。総司令の鈴木海将補はそれらを余すことなく両耳に入れていた。
「沿岸部までの距離は?」
「あと25km程です。敵機との距離は20km程です」
電測員長の加茂定淵海曹長/兵曹長が、鈴木の問いかけに答える。ミケート・ティリス周辺の沿岸部に停泊している敵艦隊までは、艦砲の射程距離にはまだ遠い。
鈴木は少し考える素振りを見せると、全艦に向かって次なる指示を出した。
「・・・残存の敵航空戦力に対して艦対空ミサイル攻撃を行い、制空権を確保した後にヘリによる地上攻撃部隊を発艦させる。その後、艦砲による敵艦隊への攻撃と、ヘリ部隊による地上の残存兵力に対しての掃討を同時に開始する。各イージス艦は対空戦闘用意!」
戦闘指揮所の通信員たちによって、総司令の命令が迅速に各艦へと伝達される。
・・・
第1護衛隊群「こんごう」 戦闘指揮所
「旗艦より入電、対空戦闘用意!」
通信員によって、旗艦からの命令が戦闘指揮所全体へと知らされる。同様の命令は、此度の作戦に参加している4隻のイージスシステム搭載艦全てに通達されていた。
「対空戦闘用意!」
隊員たちの復唱が戦闘指揮所をこだまする。
「SPYレーダー目標探知。前方12時の方向、距離は20km、数は32!」
上空を監視していたSPY員によって、敵機の位置とおおよその数が知らされる。初めは180騎以上飛んでいた竜騎部隊は、F−35B戦闘機によって6分の1にまで減らされていた。
竜騎部隊は未だ混乱の最中にあるのか、SPYレーダーを見ていたSPY員の目には、目的も無しに空中を漂っている様に見えた。
「速度そのまま直進!」
船務士である吉川弥生二等海尉/中尉は、艦橋の航海科に向けて指示を出す。竜騎部隊は十二分に発展型シースパローの射程圏内に入っていた。
「ミサイル垂直発射装置用意!」
VLS員長の指示によって、艦橋の前方にあるミサイル・セルの蓋が次々と開かれて行く。各セルの中に4基ずつ搭載されている発展型シースパロー、計数十基が寒空の下に姿を現した。
「標的振り分け、完了しました」
各艦で目標が重ならない様に、4隻のイージス艦が狙うべき標的が的確に振り分けられる。全ての準備が整った。後は発射を待つばかりだ。
「発展型シースパロー、発射!」
砲雷長の由井昌幸二等海佐/中佐の号令と共に、「こんごう」のミサイル・セルから8発の発展型シースパローがほぼ同時に発射された。「こんごう」に続いて各艦からも、8発ずつの発展型シースパローが発射される。
それらは発射母艦の誘導を受けながら空中で合流し、計32発の群れとなって、一直線に各々の目標へ向かって行った。
〜〜〜〜〜
ミケート・ティリス沖 上空
F−35B戦闘機による空対空ミサイル攻撃と機関銃攻撃を受け、180騎存在していた竜騎部隊は32騎まで減っていた。わずか15の敵航空戦力によって一方的に蹂躙された彼らは、更なる攻撃に戦々恐々としながら空を漂っている。
すでに敵を見失い、何処に行ったかも分からない。夜の闇と敵のスピードに翻弄され続けている彼らの戦意は消えつつあった。その時・・・
「・・・艦?」
F−35B戦闘機が消えた先をずっと見つめていたサルコーは、海の上に展開する巨大艦の艦隊を発見した。目を慣らすことに務め、空と海の境目が見えるまでになっていた彼は、日本軍の艦隊が接近していることにようやく気が付いたのだ。
しかし時既に遅し。艦隊を構成する数隻が突如、謎の光を発した。それは4隻のイージス艦から発射された発展型シースパローだった。マッハで飛ぶ艦対空ミサイルは、音を置き去りにしながら彼らに近づく。サルコーはすぐにそれらが自分たちを狙った攻撃であることに気付く。
「・・・また化け物が来たぞ! か、回避!」
サルコーは咄嗟に叫ぶ。彼の声を耳にした竜騎士たちは、後ろから火を吹きながら超音速で近づく異形の物体の群れを目の当たりにし、すぐに逃げの体勢に入った。艦対空ミサイル攻撃から逃れる為、32の竜騎は散り散りになって逃げ惑う。しかし、発展型シースパローから逃げられる筈も無く、あっという間に距離を詰められる。
「く、来るな・・・!」
「うわああぁ!」
断末魔の直後、32の爆発が上空で発生し、32人の竜騎士と32匹の龍が仲間たちを追う様にして海の藻屑と消えていった。この時、ミケート・ティリスに集結していた軍勢が有する全ての竜騎が消滅し、対日本派遣艦隊は完全に制空権を喪失したのだった。
〜〜〜〜〜
「こんごう」 戦闘指揮所
「発展型シースパロー全弾、命中!」
「捕捉した敵航空戦力は全て消滅しました」
撃墜成功を知らせる報告に、隊員たちはほっとした表情を浮かべる。現代兵器に明らかなアドバンテージがある夜戦とは言え、純粋な兵力には歴然とした差が有り、油断は出来ない。
故に、敵が空から攻撃してくる可能性が無くなったという事実は、彼らの心にわずかな余裕と落ち着きを生んでいた。
・・・
旗艦「あまぎ」 戦闘指揮所
上空の脅威を排除し、ほっと一息つくのもつかの間、旗艦では次なる命令を出す為に、隊員たちが慌ただしく動く。
「沿岸部に停泊している敵艦隊までの距離は?」
鈴木はレーダーを監視していた電測員に尋ねる。
「本艦からはおよそ16km。全艦、艦砲の射程距離内に入っています!」
電測員長である加茂海曹長が答える。その答えを聞いた鈴木は、全艦に向けて更なる指示を出す。
「良〜し・・・ヘリ部隊発艦! 及び各艦、ヘリ部隊が攻撃開始し次第主砲撃ち方始めぇ!」
総司令の新たな命令が、各艦に通達された。
・・・
第4護衛隊群「いせ」 航空管制室
「各機、発艦準備!」
旗艦の指示を受けたヘリコプター搭載護衛艦である「いせ」では、飛行長である大黒仙太夫二等海佐/中佐の指揮の下、甲板に陳列している4機の攻撃ヘリコプターが飛び立つ準備を進めていた。格納庫内にはまだ数機のヘリが待機しており、出撃に出るのを今か今かと待っている。
尚、「いせ」はアルティーア戦役終結後、アルティーア帝国に対して間接統治を行う「総督府」として、同国の首都であるクステファイの港に長期に渡って停泊していたが、1年前に総督府が陸地に移されたのに伴い、第4護衛隊群の旗艦に復帰していた。
「しまばら」を含む3隻の強襲揚陸艦、及び「いずも」と「いせ」の2隻のヘリコプター搭載護衛艦、計5隻の飛行甲板で待機していた各種ヘリコプターの回転翼が一斉に回りだし、離陸体勢に入る。その中には陸上自衛隊のヘリであるコブラやイロコイだけでなく、在日米軍から参加したヴァイパーやツインヒューイ、ヴェノム等の姿もあった。
「発艦」
1機目が飛行甲板から離れた後、2機目、3機目と艦から飛び立っていく。4機の発艦を終えた後、格納庫から迫り上がって来た前後2つのエレベーターから5機目と6機目が姿を現した。
「いせ」から飛び立った計6機のヘリは、他の4隻から発艦した各機と合流した。計50機に迫るヘリコプターによる地上攻撃部隊は、けたたましい羽音を響かせながら、上陸部隊の障害となる敵の地上戦力を一掃する為に、一路ミケート・ティリスへと向かう。
東の空を見れば、少しずつだが明るくなって来ている。水平線の向こうから存在を覗かせる朝日は、漆黒が覆っていた海に光明を差し込み、海上を進む26隻の艦隊を朧気に映し出していた。
50機のヘリは途中で2手に分かれ、それぞれミケート・ティリスの北方、または南方の海岸へと向かう。彼らの任務はミケート・ティリスの周囲に形成されている敵軍のキャンプ地を掃討し、上陸部隊の危険を低減することだ。
〜〜〜〜〜
ミケート・ティリス北方の沿岸部 カッツェル辺境伯領軍キャンプ地
強烈な夜襲を受け、多くの兵士を失ってしまったカッツェル辺境伯領軍を含む各軍のキャンプ地では、残った兵士たちが奔走している。
「一体、何が起こったんだ!?」
「おい、負傷者の救助を急げ!」
「武器を取れ! 敵が来るぞ!」
空爆を受け、見るに堪えない様な状態になっている死体が数多く散在している。多くの兵が就寝中であり、天幕の中に密集していたが為に、日本側が火力不足と判断していた弾薬量でも、十分な被害を生み出していた。
各キャンプ地では、怪我を免れた、または比較的軽傷で動ける兵士たちが、空爆によって負傷した者たちの救助に当たったり、敵の新たな襲来に備える為に、沿岸部に集まったりしている。
初撃であるこの空爆で指揮系統を失ってしまった軍も多く、混乱と動揺が兵士たちの間に漂っていた。程なくして、彼らに追い打ちをかける攻撃が開始されることとなる。
「何だあれは!」
残った銃や砲を携え、沿岸部に集結していた兵士たちは、海の向こうからパタパタパタとけたたましい羽音を立てて近づく新たな飛行物体の群れに気付いた。無機質なその見た目から、生物の類で無いことは容易に予想出来る。
「東の海上より再び飛行物体が接近!」
水平線の向こうにぼんやりと見えつつある朝日を背にして、自陣に接近している50機のヘリによる大合唱は、彼らの腹の底を振るわせ、その恐怖心をかき立てる。
横に広く展開し、空を覆う様なヘリ部隊の姿は、圧倒的な力の差の象徴として、兵士たちの目に強く焼き付けられていた。
「大砲を用意しろ! 撃ち落とすんだ!」
士官の命令を受けたカッツェル兵たちは、沿岸に並べてあった大砲の仰角を目一杯空へ向け、ヘリ部隊を迎え討つ準備を進めていた。
・・・
ヘリ部隊隊長機 イロコイ機内
50機のヘリ部隊の内、北方の海岸へ向かっていた25機は既に攻撃態勢を整えている。攻撃ヘリコプターを操るパイロットたちは標的である敵のキャンプ地を見つめ、汎用ヘリコプターに乗る隊員たちは、自らが持つ小銃や機関銃の具合を確かめていた。
『海浜に砲列を確認。こちらへ標準を合わせている様です』
隊の前方を行くコブラのパイロットが、沿岸部で自分たちを迎え討とうとしている敵兵たちを見つけ、隊長機に報告を入れる。
「中近世の砲か・・・命中精度と射程距離は知れたものだろうが、食らったらまずいな・・・。各機対地ミサイル発射用意、目標は沿岸部の対空兵器!」
敵の動きを知った、ヘリ部隊の指揮を執る西之杜平蔵二等陸佐/中佐は、各機に向けて攻撃命令を下す。
「全機、対地ミサイル発射!」
西之杜二佐の号令と共に、北方の海岸に向かう25機の兵装パイロンから50発を超える対地ミサイルが発射された。同時に南方の海岸に向かっていた25機も、対地ミサイルを発射する。それらは横一列になりながら、沿岸に停泊している艦隊を越えて、地上の敵兵たちに向かって行く。
・・・
カッツェル辺境伯領軍キャンプ地 沿岸
砲を並べ、銃を構えて兵士たちは敵の襲来を待ち構えていた。その時・・・
「敵航空戦力に動き有り! 新たな飛翔物体を発射、こちらへ向かっています!」
兵士たちは敵の航空戦力から数多の“空飛ぶ槍”が発射された瞬間を目の当たりにした。それらは沿岸から3km程離れた上空から発射されており、彼らの持つ砲や銃では到底届かないアウトレンジからの一方的な攻撃であった。
「う、撃て! 撃ち落とせ!」
上官の命令を受けた砲兵や銃を構えた兵士たちは、接近する対地ミサイルの群れに対して発砲した。しかし、高速で移動するミサイルに対して当たる筈はなく、運良く当たったとしても1発か2発のミサイルを空中で爆破させるだけに留まった。
「た・・・退避、退避!」
反撃する間を与えることなく急速で接近する対地ミサイルに対して、退避命令が下される。兵士たちは大砲を放置し、銃を投げ捨て、身一つで逃げ出した。
「うわああ!」
直後、対地ミサイルの群れが彼らを襲った。沿岸に並べられていた砲列は損壊し、兵士たちの身体が宙を舞う。
空からの強襲を受け、散り散りになるカッツェル軍兵士たち、そんな彼らに追い打ちをかける為、ヘリコプター部隊は機関砲やロケット弾、機関銃による追撃を浴びせ続けた。
・・・
ラックナム辺境伯領軍 軍艦停泊地 旗艦「マクシミル」
「地上のキャンプ地がまた襲われた!」
メインマストの上から陸地の様子を眺めていた見張りの兵士が叫ぶ。
カッツェル辺境伯領軍とキャンプ地、及び軍艦の停泊地を隣接していたラックナム辺境伯領軍の軍艦停泊地からも、日本軍による地上部隊への攻撃の様子がはっきりと見えていた。
何度も聞こえる爆発音と悲鳴が、艦に乗っている兵士たちに、地上で起きている事態の悲惨さを伝えていた。
「どうすれば良いんだ・・・!」
「マクシミル」の艦長であるコスリッヒ=アショフは、突然の事態に頭を抱えていた。地上にあった筈のラックナム軍司令部に連絡を図ったが、誰も答えることは無かった。
「報告します! 東の海上に巨大艦による艦隊を発見! 数は26!」
右往左往するコスリッヒに、見張りの兵士が更なる報告を伝える。それを聞いた彼はすぐに甲板の端にかけ寄り、見張りの兵士が指差す方に視線を飛ばす。そこには灰色の巨大艦隊の姿があった。水平線の上に頭を覗かせた朝日を背に海の上を進むその姿は、神々しさをはらんでいる様に見える。
「敵の航空戦力は艦隊へは攻撃して来ない様だ・・・、司令部との連絡が取れない以上仕方がない、軍団長に代わって私が艦隊の指揮を執る! 直ちに出航するぞ、敵の艦隊を追い払う!」
「了解!」
コスリッヒの口から出撃命令が下される。側にいた兵士は敬礼しながらそれを拝聴した。各艦に司令官代行の指示を伝える為、兵士が船室の中へ急ごうとしたその時、突如、沖合の方に停泊していた数隻の軍艦が木片をまき散らし、爆発を起こして沈没したのだ。
直後、連続した砲撃音が耳を貫いた。
「な、何が・・・」
コスリッヒは呆然とする。訳の分からない内に何隻かの軍艦が木片と化してしまった。それは1度だけに留まらず、沖合の方に停泊している艦から徐々に沈められていた。
「敵艦隊より砲撃! 我が軍だけでなく、各地方及び各国の艦が被弾しています!」
「そんな・・・まだ14リーグ(10km)は離れている筈なのに・・・!」
更なる衝撃と絶望がコスリッヒたちを襲う。
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第4護衛隊群「たかお」
27DDGとして2020年に竣工したミサイル護衛艦である「たかお」の艦橋から、艦長である藤原道文一等海佐/大佐は、沿岸部に広く停泊している敵の艦隊を眺めていた。
「量が多いな・・・」
藤原一佐はぽつりとつぶやいた。減ったとは言えども、アルフォン1世に与する軍勢の軍艦が1,000隻以上、ミケート騎士団領に駐留しているのだ。
ミケート・ティリス、及びその周辺の沿岸部に広く分布している敵艦隊に対処する為、此度の作戦に参加している26隻の内、艦砲を有する14隻は横一列に広く並んでいた。上陸部隊の大きな障害となる敵艦を残らず排除する為、各艦は自艦が割り振られた区域に停泊している敵艦隊に向けて、艦砲射撃を続ける。
(時間がかかりそうだな・・・)
藤原一佐は渋い表情を浮かべていた。
各護衛艦の担当標的数は単純計算で80隻前後であり、艦砲の連射速度ならば十数分で掃討が終了する量であった。しかし、商船が紛れ込んでいる可能性を考慮し、またスト中である故に敵軍にはカウントされていないミケート軍の軍艦を選別する為、艦砲射撃を行う護衛艦は、標的となる艦が掲げている国旗等を前もって確認しつつ攻撃を行っていた。
故に各護衛艦に搭載されている速射砲は本来の性能を発揮することが出来ず、連射速度をかなり落として敵軍への攻撃を行っていたのだ。
「このまま射撃を継続。航海科、確認を怠るなよ。非攻撃対象を発見したらすぐに伝えよ」
「了解!」
藤原一佐は戦闘指揮所と航海科の隊員たちへ指示を飛ばす。敵艦隊の掃討が終了したのは、約1時間半後のことである。




