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私は後輩ですか、それとも友人ですか?

 パスカルとデカルトの問答から少し経ち、夏休みもほとんど終盤になった頃。神坂さんから「ケバブ食べたい」というメッセージが届いた。昔行った海外研修先で食べたケバブの味が忘れられなかったので、院試もパスしたのを機に思い切って食べに行きたいというお誘いである。


 ちなみに神坂さんはすでに自主祝いで「ぼっち花火大会」を開催したそうだ。季節外れの花火は秋と相まって大層もの悲しかったとのこと。ただでさえ夏休みが勉強で埋められていただろうにあんまりだと思ったのでその誘いに乗ることにした。


 ……私、もう神坂さんの友達ってことでいいんじゃないかな。今更ただの先輩後輩だと言われたら傷付いてしまうんだけれど。


 知人と友人との境目がちょっと気になる今日この頃。



 幸いなことに、行ける距離でケバブを扱う店は大きな商店街の中に何軒もある。私自身は祭りの縁日とかで見るぐらいで食べたことがなかったから、どんなものだろうという興味はあった。


 待ち合わせは地下鉄駅の出口付近。神坂さんは地下からではなく、普通の道からやってきた。おまたせー、と機嫌よくやってきた神坂さんの髪はさらさらと……以前よりも短くなっていた。後ろでまとめているわけでもなく、肩に少しぐらいつく長さだった。


「あ、どうも。神坂さん、髪切ったんですか?」

「うん、ついさっき」


 ついさっき!? ……でも確かに、いつもよりもあか抜けた髪型になっているような気もする。ほら、美容室行った直後は、色々整えられているから。美容師さんの完成品となってるから。

 神坂さんはちょっと嬉しそうに自分の髪先をいじる。


「もうやっと切れたって感じだよー。三十一センチ切ってもある程度の長さが欲しかったからねー。結果的にこれぐらいの長さになってくれてよかったよ」

「三十一センチ?」

「そー。髪を寄付して、病気の子どもたちにかつらを提供しようっていうボランティア。下限は三十一センチから。母親にすすめられて」

「へえ、そんな活動もあるんですね」

「梢ちゃんも余裕があるならやってみるといいよ。ただ、かなりうっとうしい感じになっちゃって、髪のまとめ方に苦労することになるのは覚悟しなくちゃいけないけれど」


 そんなことを言いつつ、周辺商店街の中心地とも言える寺院の本堂を……スルーした。あれ、神坂さん、この辺りに来るの初めてって言ってましたよね? 


「じゃあ、行ってみる?」


 と聞かれれば、これまた初めてこの辺りにやってきた私も首を振った。


「いえ、考えてみればお腹すいているのでそっちを優先させたいです」

「ねー」


 食欲となけなしの信仰心だったら、断然食欲。……悲しいことに、現代日本人の若者はこんなもの。ごめんなさい。心の中で合掌。


 気を取り直して商店街へ。ほー、結構広い。隣の通りも商店街なんだー。

 食べ歩きしたくなるような、から揚げやホットドック、たい焼きやジュースの店などが立ち並ぶ。あとは雑貨屋、人形屋、一般人お断りの業者専門のお店など、かなり一ジャンルに特化した店も多い。平日の昼間なのに絶えず誰かが歩いている。呼び込みなんかもいて、活気があった。


「あ、あった。ここだよ」


 ケバブはトルコ料理だからか、テラス席にトルコ人っぽいおじさんが座っていた。ある意味わかりやすいトレンドマーク。


 ランチメニューがあったのでその中でもオーソドックスっぽいものを選ぶ。ビーフかチキンと言われ、私はビーフ、神坂さんはチキンを選んだ。

 背後にドネルケバブをせおった、にこやかなトルコ系のお兄さんの接客が印象的だった。ほんと、すごい笑顔だった。初対面なのにフレンドリー。……あれ、どっかで似たような人を見たことがあるような。


 それはともかく。店内の席で運ばれてきたドネルケバブ・サンドイッチを食べると、ビーフのうまみがソースや野菜とよく合っていて、すごく美味しい。見た目はぱさぱさしてるのかなぁという感じだったけれど、余分な脂が入っていないだけでむしろヘルシーな印象だった。さすが世界三大料理の一つに数えられるトルコ料理。今まで縁がなかっただけに今まで知らなかったのがもったいなかったかも。

 神坂さんは無言で食いついていたけれど、ちょっと気が付いたように、


「ね、ビーフも食べてみたいから一口くれる? 私もチキンのやつあげるから」

「あ、いいですよ。どうぞ」


 そういってサンドイッチを交換してから、また口に運ぶ。チキンも美味しかった。


「ビーフもなかなかのお味……」


 神坂さんはご満悦だった。

 食べ終わってトレーを渡しに行くと、またにこやかなトルコ系のお兄さんがフレンドリーに、


「美味しかった? またきてね」


 と、言ってきたので私は内心びびった。


「は、はい。ありがとうございます」


 位置的に答えなくちゃいけないところにいた神坂さんも動揺した返事をしている。

 店から出た神坂さんはわかりやすくためいきをついた。


「美味しかった……けどどきりとした。一瞬だけ、美容室パワーが働いて愛想よくされたのかと思った。ああいうのって普通……?」


 私は呼び込みをかけてきそうな服屋の店員からそっと視線を逸らした。


「あれがコミュ力の違いというやつじゃないでしょうか……。さすが商店街。鍛えられているんですよ」


 そしてどうにも脳裏によぎる「あの人」。おやつ食べ終わって帰ろうとした時のやりとりもあんな感じなんだよなぁ……。




 ケバブ食べ終わったら商店街をぶらぶら。特に買いたいものもなかったけれど、女子二人が興味持ったのは雑貨屋だ。三百円均一のピンクな外観の雑貨屋さんは可愛らしいものが多い。二人ともそれを見て、テンションが上がることは上がるのだけれども。


「あ、そろそろハロウィンなんだね。……そっか。私が世間に出ない間にこんなことに」

「なんか、毎年体感時間が早くなっている気がしますよね。毎年加速度があがっているような……」

「そうだねー。あ。そういえば、この間、高校の同級生がキャリア官僚になるという話を聞いてさ。……私の就職はいつになるんだか」


 人生の帰路を迎えつつある、二十一、二歳の女子の会話なんてものはこんな感じにそこそこシビア。赤いミニハットを付けながら、隣にいる彼氏に「これ可愛くなくなくなくないー?」と甘えきったように尋ねてみせるそこのイマドキ女子とは何もかもがわかりあえない気がしてきた。彼女は一体何を食べて生きているの。


「……カワイクナクナクナクナイー? 可愛いんだか、可愛くないんだか、どっちよ」


 神坂さんはぼそっと突っ込んだ。気持ちはわかる。ちなみに語尾から察するに「可愛いでしょ」って言いたい気がする。自画自賛?


 そんな微妙に盛り上がらないテンションの中、一番わくわくしたのが「不思議のアリス」デザインの雑貨を取り扱う店だった。入り口がかがまないと入れないくらいに低く、中に入ると表の明るさとは正反対なぐらいに原作の雰囲気が出ていた。


「……梢ちゃんはテニエル派かラッカム派、どっちのアリスが好き?」

「個人的にはラッカムでしょうか」


 私はラッカム挿絵のアリスが描かれたポーチを取りだしてみせた。ちらっと値札を見る。うん、予想通りそこそこのお値段だった。


「そっか。……私、テニエル派なんだよね。原作の雰囲気がよく出てると思うし……」


 神坂さんはテニエル挿絵のアリスが描かれた巾着を取り出す。さきほどのポーチと見比べてみる。


「うん、やっぱりラッカム……」

「いや、テニエルが……」


 私と神坂さんは一瞬だけ目を合わせ、二人とも誤魔化すように、「まあ、そんなこともあるよね」と言いあう。不要な争いは避けよう。


「あ、これ見てよ」


 他の商品を見ていた私に、神坂さんはちょんちょんと指で私の肩を叩いた。


「ほら、このネックレス。小さな本みたいになってるけど、中にもっと小さなウサギが入ってる!」


 手に取れば、その入れ物の蓋部分が磁石になっていることがわかった。ふうん、面白いつくりだなぁ。

 そしてお値段を見た。千三百円。……ふむ。


 神坂さんは同じタイプのネックレスを熱心に眺めている。


「……神坂さん」

「うん。なに」

「それ、私が買いましょうか? 院試の合格祝いってことで」


 すぐに驚いたような視線が返ってきた。


「え、でも……。嬉しいけれど。でもそんなに安いやつでもないし……後輩に贈ってもらうのも悪いよ」


 後輩、という言葉が突き刺さった。


「……すみません。さしでがましいことを」

「あぁ、ちょっと待って! 普段友達にも滅多にプレゼントしてもらうことがないから、戸惑っただけ! ぶっちゃけちゃえば嬉しいし、欲しかったよ! ありがとう、梢ちゃん!」


 ……ぶっちゃけ、私がごり押しした気がしないでもない。まあ、でもいいんだ。今度から新しいバイトも始まるし、お金は使うべき時に使わないと。


「よし……じゃあ、梢ちゃんはこのイヤーカフなんかどう? 似合いそう」


 神坂さんは私の耳元にイヤーカフを近づけた。赤と黒のダイヤ形を散らばめたような感じで、私も気になっていたやつだ。いいですねえ、などと言いながらさっきのネックレスと一緒に会計へ持っていこうとしたら、あ、これは私が払うから、と神坂さんはさらっと先に会計を終えてしまった。


「どーぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 なんだろう。釈然としない。

 ……背後でどこかのおっちゃんが入口でゴン、と派手に頭をぶつけていた。その呻き声とともに、まあこれはこれで、と思うことにした。






「そういえばさ、あの人とは順調なの?」


 今日はもう解散、というところで不意に神坂さんがそう尋ねてくる。今日一回もそんなことを口にしなかったので、不意打ちをされたようだった。


「ええと、一応順調……でしょうか。たぶん」

「ねえ……ちょっと聞いてみたいんだけど。……恋愛って楽しいの?」


 そのものずばりな聞き方である。また面食らった。


「楽しいと言えば楽しいような……」


 でも楽しいだけじゃなくて、どきどきもするし、不安になることもある。菱川さんの一挙一動によって、私の感情まで左右されてしまって。……それをひっくるめて楽しいと言えれば大したものだけれど、そこまではまだ悟りきってない。


「そっか」


 私の返答を聞いた神坂さんはうんうん、と頷いた。そして、ものすごく軽い口調で、


「よっし。髪も切ってすっきりしたし、私も恋活でもはじめてみようかなー。さらば、友よ」


 という捨て台詞を残して、私と別方向の路線に乗って帰っていった。

 一体どういう心境の変化があったかわからないけれど。……大丈夫かな。








 夕方。お店に顔を出した私に、菱川さんは高級キャラメルをくれた。食べ終わった私の頭をぽんぽん、と撫でながら、美味しかった? とにこにこしながら言うので、はい、と答えた。そして別れ際には、名残惜しげに


「また来てね」



 ……私の予想は間違ってなかったと思った秋。











神坂さんが行ったボランティアは「ヘアドネーション」です

気になる方は検索してみてください

また、この話からもわかりますが、作者はアリスネタが大好きです

テニエルもラッカムも有名なアリスの挿絵画家ですね

次回からは秋編がはじまります

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