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ヘリオスオーブ・クロニクル(旧題:刻印術師の異世界生活・真伝)  作者: 氷山 玲士
第四章・マイライト山脈の緊急事態

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凱旋

 昼飯を食った後、マナリングを使えって言われたから使ったが、まさか疑似的とはいえ、翼を生やしてたとは思わなかった。

 しかもその翼、どうやら余剰魔力で作られてた感じだから、俺も全力でマナリングを使わない限り、生えてくることはなさそうだ。


 だけどプリムみたいにけっこうな強化になるっぽいから、しっかり練習して、ある程度の魔力で使えるようにしてもいいかもしれない。

 強化魔法以外での強化、しかも翼を生やせるなんて、ちょっとした変身みたいで憧れるからな。


 そんなわけで昼飯を食った俺とプリムは、今度はジェイドとフロライトの背中に乗って、フィールを目指した。

 野営地からはホーリー・グレイブの獣車の中で寝てたから、2匹とも寂しそうだったって聞いてるからな。


「フィールが見えてきたな」

「ええ。無事に帰ってきたわね」

「リアラ、ダート、すまないがフィールまで走ってくれ。予定されていた到着時間を、大幅に遅れてしまったからな」

「「了解です」」


 確かジェイドに持たされてた指示書には、2時過ぎぐらいに着けるようにってことだったからな。

 だけど魔物が襲ってくることもあるし、予期せぬ出来事に遭遇することもあるから、時間通りってのは難しい。

 これが街中での移動だったら、そんなことはないんだが。


「私達は一度、ここで待機かい?」

「そうなります。先に伝えておかないと、凱旋式の用意ができないそうですから」


 いや、その凱旋式って初耳なんですが?

 マジでそんなことすんの?


「先に伝えなかったのは、君達が起きてくれるか分からなかったからだ。起きていても、寝惚けてては意味がないからね」

「ちょっ!それってどういう意味よ!?」


 俺もプリムに同意だ。

 そう言うってことは、俺とプリムはジェイドとフロライトに乗ったまま、街中を歩くことになるじゃねえか!


「当たり前じゃないか。さすがにエンペラーとエンプレスのことは公表できないけど、それでも主目的のキングとクイーンを討伐し、半数以上のオークを倒したんだから、君達が中心になるのは当然だろう?」


 それを言われると、俺達は何も返せないんだが……。


「ある程度の準備はできてるだろうから、リアラとダートが戻ってきたら進むことになる。ただ少し遅れてしまったから、広場でのお披露目はなくなるだろう」


 いや、何そのお披露目って。


「予定じゃ広場でキングとクイーンを出して、私達の討伐の様子を語ることになっていたんだよ。だけど私達のクイーン討伐はともかく、君達のキングとクイーンの討伐は戦いとはとても呼べないから、私達もどうするべきか頭を悩ませていたんだ」

「だから苦肉の策として到着時間を遅らせることで、お披露目そのものを無くしてしまおうと考えたワケだ」


 ファリスさんとミューズさんがお披露目の内容を教えてくれたが、そんなことするつもりだったのかよ。

 ヘリオスオーブにはそれなりの娯楽はあるが、地球と比べると少ない。

 それに魔物の脅威もあるから、アライアンスの成否は街の人にとっても大きな関心事だ。

 だから討伐の様子を伝えることで、娯楽と安心を提供するってことなんだそうだ。


「理屈は分かるけど……」

「何だかんだ言っても、結局は晒し者じゃねえかよ……」


 言いたいことは分かるし趣旨も理解できるんだが、自分の身に降りかかってくるとなると話は別だ。

 誰が好き好んで、晒し者になりたがるんだよ?


「アライアンスが成功した場合の常だからね。というか、プリムちゃんは見たことないのかい?」

「残念だけどハイドランシア公爵領はそんなに大きくなかったし、強力な魔物が出ることもなかったのよ。むしろ、盗賊の方が多かったわね」


 そういやハイドランシア公爵領がどこにあったのか、聞いたことはなかったな。

 デリケートな問題だから聞けなかったってのもあるんだが、調べれば分かることだから、それぐらいはしといても良かったかな?


「なるほどね」

「確かに地域によっては、魔物より盗賊の方が問題だ。なにせ盗賊は知能があるし、稀にハイクラスもいるからね」


 そういやブラック・フェンリルやグリーン・ファングが出る前ぐらいに、フィールの辺りにデカい盗賊団が出たって話があったな。

 とんと話を聞かないからどっちかに壊滅させられたのかもしれないが、普通に逃げたって線もあり得るから、その辺の確認はしとかないといけない。


「レックスさん、前にフィールの近くにデカい盗賊団が出たって聞いたことありますけど、そいつらってどうなったんですか?」

「わからないが、逃げたか魔物に殺されたかだろう。私達がグリーン・ファングを確認した際、何人かの盗賊と思われる連中が、グリーン・ファングに殺されていたからな」


 判断難しいな、それは。

 となるとグリーン・ファングに襲われはしたが、逃げ切った奴がいるかもしれないのか。

 俺達が討伐するまで、この辺りには他にも異常種がいたし、災害種に進化してたやつもいたから、無事に逃げ切れたかは判断が難しい。


「判断が難しいのはわかっているが、グリーン・ファングに殺された盗賊の中にはレベル40オーバーが2人もいたし、生き残ったと思われる者の腕や足も残っていたから、どこかで野垂れ死んでいるとも考えられる。そんな状態で魔物に遭遇でもしたら、間違いなく命はないからね」


 ああ、生き残った奴も、腕とか足とかが無くなってる奴がいるのか。

 盗賊が自分の命より仲間の命を優先するとは思えないし、仮に仲間を見捨てなかったとしても街には入れないから、治療そのものができない。

 なにせ盗賊になったと判明した瞬間、ギルドライセンスは剥奪されるし、神官魔法プリスターズマジックパニッシングを使えば天与魔法オラクルマジックも使えなくなるそうだからな。

 固有魔法スキルマジックは個人が開発した魔法だから無理らしいが、それでも天賜魔法グラントマジック奏上魔法デヴォートマジックは使えなくなるから十分だ。


「戻りました、オーダーズマスター」


 っと、リアラとダートが戻ってきたか。

 思ったより早かったが帰還報告だし、俺達が帰ってきた場合の指示も出てるだろうから、これは当然か。


「ああ、おかえり。どうだった?」

「はい。すぐにフィールに入ってほしいそうです」

「いつ私達が戻ってもいいように、準備ができているらしいですから。ただ今回は事情が事情ですから、広場でのお披露目は後日行うことになるそうそうです」


 後日って、マジかよ……。


「ということは、どうなるんだ?」

「普通にフィールの中央まで進んで、そこでオーダーズマスターがリーダーとしての挨拶をして、それからハンターズギルドの第十鑑定室に集まって報告となるそうです」

「オークの死体も、そこで引き渡すことになっています」

「それは既定路線だから了解したが、後日と言うのは?」

「そこまでは伝えられていないそうです。ですが日時を改めるだけだそうなので、アライアンス全員が揃ってのお披露目になるのは間違いないとか」


 全員ってことは、討伐の様子を事細かに話さなきゃならないってことか。

 ホーリー・グレイブとオーダーのオーク・クイーン討伐は聞き応えあると思うが、俺達はほとんどすれ違いざまに倒しただけだから、けっこう辛いんだが?


「あれだよ。この2人がやらかしたってこともあるから、先に口裏を合わせようってことじゃないかな。いきなりお披露目なんてしたら、ボロが出るかもしれないからね」

「つまり指示書が来た時点では通常通りのお披露目を考えていたが、準備を進めるにつれて問題が起きることが予想されたから、お披露目の日時だけを改めたと?」

「多分だけどね」


 ファリスさんの予想に、全員が納得したように大きく頷いた。

 ツッコミの1つも入れたいが、自分でもやらかした自覚があるから何も言えない……。


「あり得るっていうより、その通りじゃね?」

「でしょうね。私達だって、つい口を滑らせる可能性がないワケじゃないから、後日に回してもらった方が助かるわ」


 グラムとイリスさんが好き勝手なことをぬかすが、口を滑らせる可能性が一番高いのは俺とプリムだからな。

 しかも俺には、自分が客人まれびとだということをうっかり暴露してしまった前科があるから、絶対にないとは言い切れない。


 面倒ではあるが街の人の安心に繋がる訳だから、諦めるしかないのか……。


Side・リディア


 アライアンスが成功したという話は、昨日の内にウイング・クレストとホーリー・グレイブに教えていただいたので、私達もみんなが帰ってくるのを待っていました。

 さすがに内容は他言無用とのことでしたが、あんな話を他にできるワケがありませんし、したところで信じてもらえるどころか頭の中身を疑われてしまいますから、そんなことはできるはずがありません。


 そして今、やっとアライアンスが帰ってきました。

 リーダーであるオーダーズマスターを先頭に大和さんとプリムさんが続き、その後ろにオーダーの獣車が、そして最後尾にホーリー・グレイブが、獣車から顔を出しています。

 獣車に乗っていないオーダーは、獣車の周りを囲むようにして進んでいます。

 総勢15名ですから凱旋パレードとしては小規模ですが、その人数で100を超え、複数の災害種のいた集落を殲滅させたのですから、アライアンスとしては大成功です。


「凄い歓声ですね」

「街の人も、キングとクイーンがいたことは知ってるしね。しかもアライアンス前にホーリー・グレイブが討伐してるとはいえ、プリンセスまでいたんだし、もしその集落を放置してたら遠くない内にフィールが襲われてたんだから、こうなるのは仕方ないよ」


 溜息を吐くフラムさんの肩を叩きながらルディアも呟きますが、まさにその通りですからね。

 しかも本当は終焉種までいたんですから、下手をしなくてもフィールは滅びることになったでしょうし、プラダ村やエモシオンも危なかったです。

 いえ、山を越えて、リベルターやレティセンシアにも雪崩れ込んだかもしれませんね。


「今日はお披露目はしないですけど、確か後日するんでしたよね?」

「そう聞いてるわね。事情が事情だから、先に話を聞いておきたいってことだと思うわ。他にもあるだろうけど……」


 レベッカちゃんの疑問に答えるフラムさん。

 直接聞いておきたいことは、確かに山ほどあります。

 私達でさえそうなのですから、領代やギルドマスターとなれば、いったいその山がいくつになるか、私にはまったく分かりません。


「この後ハンターズギルドで報告ってことですけど、俺達も行って良いんですか?」

「良いって聞いてるよ」

「同じレイドですし、アライアンスの中で秘密を共有しておくべきだっていう判断みたいですね」


 ラウス君はハンターズギルドに行っても良いのかを気にしているみたいですが、ルディアとミーナさんが説明し、納得しています。

 実際アライアンスは守秘義務も多いですが、何かの拍子でレイドやユニオンメンバーに漏らしてしまう可能性はあり得ますから、先に秘密を共有しておく方が、後々の問題を避けられるという考えらしいです。

 特に今回は守秘義務の塊ですから、万が一漏らしたりしてしまえば、何が起こるか分かったものじゃありませんし。


「だけど大和さんもプリムさんも、無事に帰ってきてくれて良かったですよ」

「だね。話を聞いた時は驚いたけど、それとこれとは別だしね」


 ルディアと2人で、大和さんとプリムさんの無事を喜んでいる私ですが、何故か他のみんなの視線が生温かくなったような気が……。


「な、なんですか?」

「いえ、いい加減認めればいいのに、と思って」

「な、何の事よ?」

「気付いてないのは、大和さんぐらいですよぉ?」


 私とルディアに、呆れたように溜息を吐くラウス君とレベッカちゃん。

 この2人は恋人同士で、既に関係まで持っているそうですから、聞いた時は驚きました。

 まだ2人の年齢では子供はできませんし結婚もできませんが、昔から仲の良い幼馴染だと聞いています。


 ですがそれも驚きましたが、この2人、特にレベッカちゃんが恐ろしいのは、他人の恋愛事にすごく敏感なことです。

 聞けばプリムさん、ミーナさん、フラムさんも、レベッカちゃんに焚き付けられたんだとか。

 しかも具体的な解決案まで提示されたそうですから、今はエンシェントフォクシーに進化し、(プラチナ)ランクハンターにまでなったプリムさんをして、本気で戦慄したと聞いています。


「あっ!」

「大和さん!プリムさん!」


 私達の近くを通る際、私達に気が付いてくれた大和さんとプリムさんが、こちらに向かって手を振ってくれました。

 ああ、無事で良かった……。


「けっ。なにがエンシェントヒューマンだよ。鎧もピカピカの新品同様じゃねえか」

「そう言いなさんな。あれだろ。エンシェントヒューマンが参加したっていう事実を作るために参加しただけで、実際には戦ってないんだろ」

「つまりあいつがエンシェントヒューマンに進化したってのは、体の良い戯言ってわけね」


 ムッとした私達ですが、言葉の主を見ると、フィールでは見たことのない人達でした。

 装備からしてハンターだと思いますが、こんなハンターがいなかったことは間違いないですし、よく見ると全員が苦々しげな顔をしていますから、大和さんとプリムさんに痛い目にあわされたハンターなんでしょうか?


「黙ってろ、クズどもが!てめえらのおかげで、俺らがどれだけ迷惑を被ったと思ってんだ!?」

「そうよ!依頼は受けない、店から商品は持ち出す、街の人に手を上げるなんて、普通に犯罪でしょ!」

「サーシェス・トレンネルがハンターズマスターなんてやってたから、てめえらも調子に乗ってたんだろうが、もうそいつはハンターズマスターの資格を剥奪されて、とっくに投獄されてるよ!」


 私達より先に街の人が声を荒げましたが、どうやらこのハンター達に、かなりの迷惑を被っていたようです。

 というか話の内容を聞く限りじゃ、ハンターというより盗賊でしかりません。


「う、うるせえよ!だいたい、誰がフィールを守ってやってたと思ってんだ!?」

「そ、そうよ!そのあたし達に手を出そうなんて、ハンターズギルドが許すワケないでしょ!」


 確かに、何もしていないのにハンターに手を出せば、街の人がオーダーズギルドに捕まってしまいます。

 ですが、フィールを守っていたという発言は聞き逃せません。

 そもそもフィールにいなかったのに、どうやって守ってたというつもりなんでしょうか?


「彼らは(シルバー)ランクレイド ジェム・ホークです。リーダーの女性ともう1人の女性がハイクラスですが、大和さんとプリムさんが来る少し前に、突然フィールからいなくなっていたんです」


 ミーナさんが彼らの素性を教えてくれました。

 ということは、彼らもレティセンシアのハンターというわけですか。

 よくフィールに入れましたね。


「それは私も疑問に思っていますが、ジェム・ホークは捕縛対象になっていませんでしたから、オーダーズギルドとしても通すしかなかったんじゃないかと」


 聞いた話ですが、大和さんとプリムさんがフィールに来た際にいたハンターは全員がレティセンシアのスパイで、既に捕縛されています。

 ハイクラスやいくつかのレイドは全員が処刑されているそうですが、多くはマイライト採掘場で犯罪奴隷として働かされているはずです。


 ところがこのジェム・ホークというレイドは、その大捕物の際はフィールにはいなかったため、処罰の対象にはなっていなかったそうです。

 だからオーダーズギルドとしても、街に入るのを見逃すしかできなかったワケですか。


「お、覚えてなよ!」


 捨て台詞を吐いて逃げていくジェム・ホークですが、こんなところで騒ぎを起こせば捕まるのは間違いありません。

 最後の捨て台詞は聞き捨てなりませんが、ハイクラスが2人いるとのことですから、私達では手が出せませんが。


「な、なんだっ!?」

「こ、氷だとっ!?」


 そう思っていたのですが、突然ジェム・ホークが氷ってしまいました。

 街の人は何が起こったのかわかっていませんが、私達からすれば誰がやったのかは明白です。

 振り返るとジェイドの上から、大和さんが軽く手を振っていました。

 やっぱり大和さんの刻印術でしたか。


「どうするの、こいつら?」

「オーダーに報告して、身柄を抑えてもらいましょう。彼らの捕縛依頼がなかったのは、戻ってくるとは思わなかったからです。ですが戻ってきたなら、罪に問えますから」


 サーシェス・トレンネルの指示に従っていたのはもちろん、散々フィールを荒らしていたワケですからね。

 ですが報せるまでもなく、オーダーが駆け寄ってきました。

 ライラとルーカスの姿も見えます。

 凱旋式の最中に突然人が氷り付けば、何事かと思って様子を見に来るのは当然ですよね。


 私達はジェム・ホークを引き渡すと、すぐにルーカスがハンターズギルドに走っていきましたから、正式にハンターズマスターから捕縛依頼が出されることになるでしょう。

 そうすれば隷属魔法を使うことができますから、彼らも何もできません。


 凱旋式の最中にこんな捕物が起きるとは思いませんでしたが、やったのが大和さんだと考えると、なぜか納得してしまった自分がいます。

 慣れてきたってことなんですかねぇ?

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