天と海の守護者として
父なる神との邂逅を経て、俺は天珠と海珠を守護する神となった。
と言っても神としての勉強は必要だし、天珠は安定している。
海珠は海珠で誕生してまだ100年程度ってこともあり、今は神々の庇護の下で生活しているから、俺の出る幕はない。
だから普段通りに生活してて構わないそうだ。
時々テキストとかを送ってくれるそうだから、それを使った勉強はしなきゃいけないが。
俺の立ち位置的には、父なる神の眷属神ってことになるらしい。
世界はいずれ必ず滅びるけど、その時を迎えるまでは眷属のままで、いわゆる研修期間となる。
その後に成長や能力、功績なんかが認められれば、父なる神達と同じように箱庭世界を創世する権利が与えられることになるんだそうだ。
世界が滅びるまで何万年かかるか知らないけど、ずいぶんと長い研修期間なんだな。
まあ、それはそれで面白そうだから構わないが。
むしろ今は、それよりも聞きたいことがある。
「それからアテナさん」
「ボク?」
「そう、君だ。ドラゴニアンである君にも、彼女達の守護をお願いしたいんだ」
「彼女達って、この島のドラゴニアンのことですか?」
「ああ、そうだ。ドラゴニアンの生態は天珠と同じだし、天樹迷宮があるから全員がハイクラスに、数人はその上のエルダークラスに進化している。だけど彼女達は、この島しか知らないんだ」
ハイクラスにエルダークラスか。
まあ確かに、いつでも天樹迷宮に入れる環境ではあるからレベルは上げやすいだろうし、同じく進化もしやすいだろう。
だけど世間知らずっていうのはどうしようもない。
海珠自体が若い星だってことに加えて海が大きいから、人間が暮らす大陸や島に行くのも容易じゃないだろうしな。
「しばらくは大丈夫だろうけど、いずれこの島にも人間達がやってくるかもしれない。それが善良な者ならいいんだけど、残念ながらそんな者ばかりじゃない。この島のドラゴニアン達を騙し、隷属させようと企む愚か者も出てくるだろう」
それは絶対に出てくるだろうな。
「そんな悪意から、彼女達を守ってやってほしい。もちろん、常にということが不可能だということもわかっている。だから気にかけるだけでも構わない、彼女達の力になってほしいんだ」
そういうことなら俺達も否はないけど、同じ種族であるアテナが中心になった方が、ドラゴニアン達も安心するからこその提案か。
なにせアテナはデミアレキサンドライトドラゴニアンだし、レベルも32になっていた。
頑張ればこの島に人類が到達する前に、アークドラゴニアンに進化することも不可能じゃない。
ああ、そんな存在の庇護があると、何らかの方法で海珠に知らせておくのはアリかもしれないな。
「わかりました。ボクは聖母竜の娘でもあるし、そのお役目、お引き受けします」
「うん、ありがとう。彼女達には後で伝えておくよ」
アテナがドラゴニアン達の守護を引き受けたけど、ドラゴニアン達を守ることは天樹を守ることにも繋がるし、悪意に晒されることを許すつもりはない。
だから俺達も、しっかりとアテナを手伝おう。
「それじゃあ、僕からの話はここまでにしよう。次は君達からの質問を受け付けるよ」
おっと、来ましたか。
じゃあ早速、聞きたいことがあるぞ。
「では遠慮なく。先程ここまで案内してくれたドラゴニアンが日本語、それも漢字を書いてましたけど、これは何故なんですか?更にみんなもそれを問題なく読めていたけど、これも理由がわかりません」
「そのことか。それは簡単でね。天珠も海珠も、ベースとなった言語は日本語だからだよ。これは僕が、元日本人だっていう理由が大きいね」
ここで衝撃の事実が判明。
なんと父なる神は、元日本人だったそうだ。
俺達とは違う世界の日本出身ってことだけど、実は地球は模倣された世界がかなりあるらしく、俺達や父なる神が住んでいた地球もその1つらしい。
実際父なる神が住んでいた地球には、刻印術は存在してなかったみたいだ。
なんでそんな世界出身の人が神になったのかは謎だが、それは後で聞いてみよう。
元日本人なら、日本語をベースにした世界を作ることは理解できる。
だけど異世界って、それぞれ独自の言語があったりするんじゃないの?
「独自の言語、か。意外かもしれないけど、それはかなり少ないよ。そもそも神といっても、元は人間だったりするからね。だから自分が使ってる言語を使った方が楽だし効率的だ。多分だけど君が言いたいのは、異世界なのにすぐに意思の疎通ができたから自動翻訳が働いているはずで、実際そう感じてたこともあるってことだろう?」
「それです!」
さっき真子さんが思いつくまでそう思ってたし、疑ったことも一度もなかったからな。
「言語の自動翻訳は、確かに行っているよ。地域によって言語が微妙に異なったりするし、世界によっては国によって言語がまるっきり変わったりするからね。もちろんそれを良しとする神もいるんだけど、それはそれで理由がある。有名なのは地球で、神々の怒りを買い言葉を乱されてしまった、ということだね」
あー、確かにあったな、そんな神話なり伝承なりが。
バベルの塔、だったっけかな?
「だけど僕もだけど、言語が異なると不自由や不都合も多いと思っている。だから自動翻訳機能を設定しているんだ」
地域差ってことは方言か。
確かに日本でもあったし、そんな程度の差しかないっていう他国語もあったような気がする。
それじゃあ意思の疎通に不便が生じるから、父なる神はそれを良しとせず、自動翻訳を使ってるのか。
うん、言語については理解した、それじゃあ文字は?
「文字かい?それも単純で、ずっと日本語を使っていたよ。もちろん漢字も含めてね。大和君も真子さんも、文字も見る人が読める文字に自動で翻訳されると思っていたから、そこまで詳しく調べなかったでしょう?」
はい、全て仰る通りです。
何の疑問もなく、そう思っていました。
だけど実際には、俺達が書いた文字は日本語そのままで、逆に俺達が見ていた文字も日本語のままだった。
漢字まであったし、今じゃそれに慣れ切ってたから、調べようとも思わなかったよ。
「まあ、こっちも言語ほどじゃないけど自動翻訳の対象になってるから、それもあったのかもしれないね」
「どういうことです?」
「同じ事柄を指していても、複数の意味があったりするでしょう?だから文字も、読んでいる人物にわかりやすい文字で読めるようになっているんだよ。だからもしかしたら、人によっては漢字じゃなく平仮名とか片仮名、場合によってアルファベットで表示されているかもしれないね」
結局天珠や海珠の言語は日本語がベースだが、どう聞こえるか、どう読めるかはその人次第っていう形で自動翻訳機能が使われている。
だから見たことがない漢字とかでも、ちゃんと翻訳されて読めてしまう、ってことか。
理解はしたけど、頭がこんがらがってきたな。
「時々教壇に立ってるけど、今の今まで全く気が付かなかったわ……」
「まあ文字を教えるのは、真子の仕事じゃなかったしね。だけどあたし達が使ってる言語が日本語主体だったなんて、本当にビックリよ」
「日本語は覚える文字や単語なんかが多いけど、慣れてしまえば表現力は高いからね。だから僕みたいな元日本人の神は、大抵日本語をベースにしているよ。ああ、漢字は漢の国の文字っていう意味もあるから、これだけは形字と呼んでいるけどね」
まあ漢字の呼称については仕方がないだろう。
漢の国って言われても、絶対に意味は伝わらないんだからな。
だから象形文字、略して刑字か。
「納得してくれたかな?もしかしたら遠い将来、君も使うことがあるかもしれないから、覚えておいて損はないと思うよ」
ああ、そういった将来も、確かにあるって示されてたな。
まあ言語については、とりあえず納得だよ。
「うん。他にはあるかな?」
あるっちゃあるが、言語と文字の衝撃が思ったより大きくて、なんか頭から抜けてった気がする。
「では私から。私達は天珠、そしていずれは海珠の守護をというお話でしたが、具体的にそれはいつから、どのようにすればいいのでしょうか?」
「天珠の守護については、今まで通りで構わない。世界の守護とは、世界の外からの脅威を排除することが第一だからね。恥ずかしい話なんだけど、神の世界にも嫉妬に駆られた者は少なくない。ましてや僕の天珠は、人間がアバリシアを倒し消滅させてしまった事実が広まっているし、その功があったからこそ海珠を創造できたという事情もあるから、実は敵は多いんだよ」
げ、マジか。
つまり守護の意味って、世界の外から手を出してくる神からの守護って意味なのかよ。
「さすがにアバリシアのような真似をする神は、滅多にいないよ。というか、奴が後先考えずに行動した結果でしかない。世界に手を出すにしてもルールはあるんだ」
意外かもしれないが、どうやら世界の外から手を出す行為は、その世界に対する試練として扱われるらしい。
よそ様の世界に手を出す訳だから申請は厳しく許可はなかなか下りないそうだが、許可が下りてしまえば堂々と、誰に憚ることなく手出しができるようになってしまう。
手を出す側の出した条件を満たせばその後その神は手出しできなくなるが、それの条件を満たすには世界に住む人達の意思と行動が必須だから、かなり難しいらしい。
そういった神々から、世界を守れってことですか?
「うん。僕達も最低限の手助けはできるんだけど、地上に降りることはできないし、直接手助けすることも難しい。特に一切手出しができなかったのは、進化した際の弊害の件だね。実はあれも試練の1つで、しかもクリアするための条件はかなり厳しかったんだ」
あれ、試練だったの!?
進化した際の弊害ってことは、金属やら服やらが魔力でダメになるっていう問題が最初に思い起こされる。
俺は天珠に来た時点で進化してたから、その時点で武器に大きな問題を抱えていた。
だからエドに協力してもらって合金を開発したんだが、まさかそれが神の試練という名の嫌がらせだったとは……。
「実はそうなんだ。多分君達も疑問に感じたことはあると思うけど、基準が曖昧だっただろう?」
「それはあります。武器や防具は戦闘に使うから分かり易かったけど、普段使いしている物は、低ランクの素材でも何の問題もなく使えてることが多々ありましたから」
「その素材もPランク以上なら、グランドクラスに進化した私達でも問題なく使えていましたね。普通に考えると、グランドクラスならMランクかAランク以上なければ、すぐに劣化すると思うんですけど」
それは確かに、当時疑問に感じたな。
だけどそれ以上に、普段使いどころか戦闘にも大きな支障が出ないってことが分かったから、安堵の気持ちの方が大きかったのも覚えてるぞ。
「後から、しかも奴が世界を重ねてから捻じ込まれた試練だからね。色々と不具合が起きてしまったんだよ。僕達も対策として新たな進化段階を追加したんだけど、なかなか上手くはいかなかった。だけど真子さんが金属材に関した数式を作ってくれたから、それを使うことでなんとか今の状態を維持できるようになったんだ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。加えて日緋色銀と蒼穹色鉄の存在は、僕達だけじゃなく試練を捻じ込んで来た神にとっても想定外でね。しかも最上位となるアーククラスでも問題なく使えるとなれば、試練を突破される可能性も高くなる。後から試練の内容やクリア条件を変更することはできないから、かなり焦っていたんだよ」
確かに合金の性能は高いし、日緋色銀と蒼穹色鉄は凄い性能になってるから、結果オーライ……な訳ないわな。
「ちなみにその試練のクリア条件は、天珠の人間が神になることだ。だから無事にクリアできたってことで、今度のアップデートで排除する予定だよ」
それは朗報。
まあ混乱は起きるだろうけど、既に一部を除いた合金は一般化してると言ってもいいから、長くは続かないんじゃないかと思う。
それにしても、クリア条件が天珠の人間が神になること?
ほとんど不可能に近い条件じゃないのか?
まあ俺、というかこの場合はプリム達になるんだが、一気に10人以上の神が誕生したことで無事に試練クリアってことになって、しかもその神はもう手出しすることができなくなったそうだし、何よりアバリシアのどさくさに紛れてクリア不可に等しい試練を捻じ込んだってことで、かなり重いペナルティを受けてるそうだ。
正直、ざまあみろと思う。
「とはいえ、まだ試練はあるからね。だから現地に存在する、いわゆる現人神に対処してもらいたいんだ。僕達の間では、良くある対処法だね」
なるほど、神とはいえ地上に住んでいるから、その世界の住人と言っても過言じゃない。
だからその横槍に対処しても、文句は言われないってことか。
「もちろんそれだけじゃいけないし、いつまでも頼ることもできないから、僕達も色々と考えてはいる。それが実現できるかどうかは別としてだけど、考えないと対処できないからね」
それはそうだ。
複数同時に何かしらの手出しがあったりしたら、さすがに対処が厳しいなんて話じゃないからな。
「そうだね。今のところ有力なのは、天嗣魔法を授ける条件の緩和かな。君達はもう全て使えるようになっているけど、普通の人達は1つ、多くても3つとかだからね。使いやすい魔法も多いし海珠もできた。だから条件を緩和するのはアリだと思っているんだよ」
ああ、それは確かにアリだな。
天嗣魔法を授かるタイミングは生後1年の天嗣の儀式と進化。
だけど多くの人は進化しないから、使える天嗣魔法は1つだけっていう人も多い。
それが2つとかになるだけでも、だいぶ変わるんじゃないだろうか。
「まあ海珠が僕の庇護から離れるまであと100年ぐらいあるから、それまでには何とか考えてみるよ。できれば君達も、考えてくれると嬉しいかな」
それは面白そうだな。
ならあとで考えてみよう。
その後もいくつか話をしたけど、やっぱり衝撃だったのは言語関係と守護者関係の話だ。
言語はもう納得するしかないが、守護者はこれからの俺のやるべきことだから、真剣に根掘り葉掘り聞きだしたよ。
なんでも海珠は、父なる神の言う通り、あと100年は手出しされることがないらしい。
創世から、というより人類誕生から200年は手を出してはならないっていうのが、神の世界の決まり事だからだ。
ただし天珠は、海珠の核になっているとはいえ誕生から数百年経過しているからその限りではなく、今も虎視眈々と狙っている神がいるんだそうだ。
そういった神々は、地球で言う悪魔とか魔神とかといった存在と同一視されており、稀にアバリシアのように無許可で地上に降りる神もいる。
実体がないとはいえ直接人々を唆すことは可能だから、そういった輩を消滅させるのも守護者の役目ってことになるんだそうだ。
面倒なのは正式な手続きを踏んだ上で実体をもって降臨してくる神だが、正式な手続きを踏んでいるからこそ、直接的な手段はとれないっていう制約があるらしい。
今までは父なる神をはじめとした神々が対処していたそうだが、海珠が誕生したばかりということもあって、どうしてもそちらの方が比重が重くなってしまう。
そのために選ばれたのが俺達であり、他にもいる天樹迷宮を攻略できそうな人達でもある。
その人達がどんな選択をするかはわからないが、それはそれ。
俺は守護者となることを選んだ。
だからこれからもしっかりと天珠を、そしていずれは海珠も守っていこうと思う。
もちろん俺一人じゃなく、愛する奥さん達と一緒にな。
ヘリオスオーブ・クロニクル ―完―




