邪神降臨
神帝を討ち、魔族も倒したまでは良かったが、その後に起きた問題は、それまでの問題が些事に思えるほどのものだった。
まさか神帝が封刻印なんて物騒なものを持っていて、それと一緒にグラーディア大陸に転移してきていたとはな。
しかも神帝が倒れた直後に封刻印の封印が解け、五頭竜なんていう化け物が現れる事態になるとは、思ってもいなかったぞ。
だけど戦いを終えた直後の連合軍に、戦う余力はない。
だから俺達だけで戦うことになったんだが、相手が相手だし、数だけいても意味はないだろう。
「封刻印に封印されている魔獣の中には、死者の魂を取り込んで力を増すっていうのもいるらしいからね。五頭竜は違うと思うけど可能性がない訳じゃないから、少数精鋭で行くしかないわよ」
っていうのが理由だが、死者の魂を取り込む魔獣がいるって、マジでとんでもない話だな。
ほぼ全てが封印されるか倒されるかしているそうだけど、過去の地球ってそんな魔境だったのかよ。
よく人類が生きてたばかりか繁栄できたもんだと思うよ。
「こうして見ると、お城と同じぐらいの大きさなんですね」
「タナトスと同じぐらいか、それより大きいってとこかしらね。でも頭が5つもあるから、タナトスより大きく見えるわ」
アロサウルスの終焉種タナトスか。
確かにあいつは全高約50メートル、全長約100メートルぐらいあったが、確かにそれに近いサイズだな。
だけど長い首と尻尾があるから、全長は五頭竜の方が倍近くありそうにも思える。
だから実際に比べると、五頭竜の方が大きいんだろうな。
「止まって!何か変だわ!」
「え?」
城まであと数百メートルといったところで、真子さんが声を上げた。
何か異常を感じたようだけど、いったい何が……なっ!
「嘘……」
「五頭竜の胴体から……別の体が生えて、きた?」
「な、なんなの……一体!」
みんなが驚くのも当然で、五頭竜の5つの首が集まる部位より少し下、多分背中になると思うんだが、そこから男と思しき体が生えてきている。
何を言ってるのかわからないと思うが、本当にそうとしか言えないんだよ。
その体は上半身のみだが腕もあり、五頭竜にも見劣りしない程の巨体でもある。
あれだ、ギリシャ神話に登場するスキュラっていう魔物に似ている感じだ。
「……ふむ、これが真なる神となった体、神体か。思ったよりも悪くない」
そのスキュラっぽい体の頭部、具体的には口から、言葉が発せられた。
マジで何なんだよ、これは……。
真なる神とかぬかしやがったが、まさかこいつが!
「邪神……アバリシアか!」
「この世界の創世神でもある俺に向かって、よりにもよって邪神だと?不敬にも程があるぞ、そこのガキ!」
「はあ?創世神だぁ?ヘリオスオーブの創世神は父なる神と12人の女神のはずだ。お前ごときが割り込む隙間なんて、あるとは思えないんだが?」
「待って、大和君。これが創世神っていうのは間違いないと思う。ただしヘリオスオーブじゃなく、本来グラーディア大陸があるべき世界の、だと思うわよ」
ああ、そういうことか!
ってことは何か、こいつは別の世界の創世神でもあり、同時に父なる神達ヘリオスオーブの創世神の敵ってことか?
「そう判断するしかないでしょう。何が目的かは知らないけど、思ったより大物過ぎて、ちょっと困るわね」
それは本当にそう。
アバリシアが他の世界の創世神だってのは、考慮すらしなかったからな。
というか、なんでそんな奴がヘリオスオーブなんぞにグラーディア大陸を転移させて、挙句五頭竜なんぞと合体してやがんだよ。
本気で意味がわからんぞ。
「貴様のような羽虫に、この俺の崇高なる目的を理解できるはずがなかろう。だが先程の暴言は許しがたい。よって貴様等には、死刑を宣告する」
傲慢すぎるな、この神は。
というか、黙ってやられるなんて思うんじゃねえよ。
「いや、ようやく受肉を果たせたのだから、ここはこの神体の力を確かめる意味も込めて、俺が自ら相手をしてやるのも一興か」
完全に遊び気分かよ。
正直神なんて存在を相手することになるなんて思いもしなかったけど、こんな化け物が出てきた以上、戦う以外の選択肢はないだろ。
全力で飛べば逃げれるかもしれないが、その後ヘリオスオーブがどうなるかなんて、答えは1つしかないんだからな。
「相手してくれるってんなら好都合。遊び気分のまま終わらせてやるよ!」
唯一の失敗は、クラウ・ソラスとアガート・ラム最大の神話級術式トゥアハー・デ・ダナンが使えないことだな。
ラインハルト陛下を介さないと使えないよう封印を施してるんだが、完全に裏目った。
当時は必要だと思ってたんだが、こんなことになるとわかってたら、封印はするにしても時期を考えたのに。
いや、後悔しても仕方がない。
今は五頭竜と融合したアバリシアという邪神を、どうやって倒すかだ。
「俺にデカい口を叩くとは、本当に無礼で不敬だな、貴様は。だがこの神体の力、俺自身も確かめたい。簡単に死んでくれるなよ、小僧?」
そう言ったアバリシアは、五頭竜の首の1つに魔力を集め、ブレスとして吐き出した。
この角度、ウイング・オブ・オーダー号が狙いか!
「このっ!」
「させません!」
真子さんのフィールド・コスモスとミーナのワイドミラー・シールドが防いでくれたが、ワイドミラー・シールドは突破される寸前、フィールド・コスモスでさえも負荷が凄く耐えた直後に消えてしまった。
なんて威力だよ……。
「ほう、挨拶代わりの一撃だったとはいえ、よくも防いだものだな。これは思ったより楽しめそうだ」
「みんな、散れ!」
今度は五頭竜の首それぞれから、光弾が放たれやがった!
ブレスより威力は低く射程も短いが、それでも食らったら怪我じゃすまなさそうだ!
狙いを絞らせないように、高速移動で的を散らせるしかないぞ、これは!
「狙うは短期決戦!最初っから全開で行くわよ!」
光弾を避けながらプリムがシルバーレイ・ペネトレイターを纏い、そのプリムを援護するようにフラムのタイダル・ディザスターがアバリシアに襲い掛かる。
巨体ゆえに避けられず、どちらもアバリシアに直撃したんだが、ダメージは思ったよりも小さい。
というか、プリムのシルバーレイ・ペネトレイターでも貫けないのかよ。
「ほう、思ったよりも威力があるな。だが槍が刺さったままでは、貴様も動けまい。褒美として、苦しまずに死なせてやろう」
「プリム!」
当然させる訳もなく、すぐにマハ・ジャルグを、プリムのクリムゾン・ウイングが刺さった五頭竜の首を狙って発動させる。
一点狙いだから魔力の節約にもなるし、威力も増してるはずだ!
「な、なんだと!?」
さすが神話級だけあって、マハ・ジャルグは五頭竜の首の切断に成功した。
同時にプリムは、刺さったままの首とともに高速で離脱する。
お、貫いた。
「ありがと、大和!」
お礼を言うプリムに軽く手を挙げて応えるが、いつの間にか攻撃が止んでいる。
ああ、マハ・ジャルグで首が切断されたから、それで驚いて攻撃の手が止まったのか。
「まさか、この神体の1つを斬り落とすとはな。さすがに想定外だ。だがこれで勝てるなど思わないことだ!」
「なっ!」
だがその斬り落とされた傷跡から、新しい頭が生えてきた。
再生までしやがるのかよ!
「八岐大蛇と同じか。それだけなら倒せるのに、アバリシアが融合してるのが厄介ね」
「真子さん?」
「八岐大蛇も再生能力を持っていて、全ての首を同時に落とさないと再生するのよ。しかもタチの悪いことに、それでも一時的に動きを止めることしかできなかったわ」
「マジで?」
「ええ。八岐大蛇を倒す方法はただ1つ。心臓を潰すことよ。だけどそのためには首が邪魔だから、まずは首を落とさないといけない。でも1つ2つを落としただけじゃ、すぐに再生する」
だから全部の首を落とす必要があるってか。
プリムのシルバーレイ・ペネトレイターでも容易に貫けない首を、5本全部?
それに加えてアバリシアが生えてるんだから、それだけじゃ足りない気もするぞ。
ちっ、もう再生が終わりやがったのかよ。
早いし、攻撃も再開してきやがった!
「アテナ、竜化して」
「真子さん?」
「本当に使うことになるとは思わなかったけど、トゥアハー・デ・ダナンを使えない以上、あれを使うしかないわ」
あれか。
俺とプリム、アテナ、真子さんの4人で使う積層魔法で、同時に竜響魔法でもある、ウイング・クレストとしての最大魔法。
今回は神話級術式を加えた状態で放つから、トゥアハー・デ・ダナンには及ばないまでも、近い威力は出せるはず。
だけどあれを使うには、アテナが完全竜化することが条件の1つだし、使う俺達も動けなくなる。
特にシャイニング・クリスタル・ドラゴニアンになるアテナは的にしかならないだろうから、使う前にやられる危険性も高くなる。
そんな魔法を使うって、正気ですか?
「私だって使いたくないわよ。だけどアバリシアの攻撃は私のフィールド・コスモスとミーナのワイドミラー・シールドでも防ぐのがやっと、五頭竜の鱗はプリムのシルバーレイ・ペネトレイターでも貫けず、せっかく落とした首もすぐに再生する。逆にこちらは、一撃でも食らったらそれで終わり。だったら賭けになるけどこちらも最大火力で応戦しないと、このままじゃジリ貧になるわよ?」
確かにそれはある。
マナも真子さんも、今回は召喚獣を連れてきていないこともあって、戦力は低下している。
フィールド・コスモスも、それが原因で少し弱体化しているぐらいだ。
だけど召喚獣達がいたとしても、アバリシア相手にまともに戦えるとは思えず、逆に的になって終わるだけだったかもしれない。
「なら、私達で時間を稼ぐわ」
「ダメージを与えられなくても、注意を逸らすことはできるだろうからね」
「はい。幸い、相手の動きは早くありません。避けながらでも、牽制することはできます」
「私は皆さんをお守りします。あの光弾なら何とか防げますし、たとえさっき以上の攻撃が来ても、絶対に後ろには通しません」
マナ、ルディア、フラム、ミーナが、決意の籠った目で俺に訴えかけてくる。
確かに真子さんの言う通り、ジリ貧になったりしたら俺達に勝ち目はなくなる。
ならみんなに時間を稼いでもらい、その間に積層魔法を完成させた方が、勝率は高いか。
「わかった。だけど無理だけはしないでくれよ?」
「当然じゃない」
「当たり前だね」
「はい!」
「大丈夫です!」
力強く首を縦に振る4人に、俺の覚悟も決まった。
なら、あとはやるだけだな!
「なら、少しでも時間を稼げるように、俺達はもう少し上がる。上がるといっても数百メートル程度だし、ウイング・オブ・オーダー号が狙われることもなくなるだろうからな」
「ええ、そうして。頼りにしてるからね」
「ああ!じゃあプリム、ミーナ、アテナ、真子さん!」
「ええ!」
「はい!」
「うん!」
「行きましょうか!」
光弾を避けつつ、俺達は上空を目指して空を上る。
マナ達を残すのは気が引けるが、3人なら大丈夫だと信じて託す。
願わくば、これから放つ一撃が決着の一撃となるよう、俺の、俺達の全てを懸けて!




