竜騎士の咆哮
Side・ハルート
「チッ!邪魔をするな!」
大和天爵より贈られた、日緋色銀という超絶合金を使用した剣を振るいながら、私は魔族を斬る。
グランド・ドラグナーズマスターという大任を担う私は竜王位継承権を放棄し、現竜王であり弟でもあるフォリアスから公爵位を賜った。
その際に名乗った家名ペンドラゴンは、大和天爵の世界では有名な王の名であり、物語も数多く作られていると聞く。
幸いにもその物語は大和天爵が保有しており、トレーダーに複写依頼を出し製本した上で、異世界の騎士物語として出版されている。
その物語に魅せられた私は、ペンドラゴンの家名を名乗らせてもらうよう弟に頼み込んだものだ。
その甲斐あってペンドラゴン公爵家を立ち上げることができたのだが、その話を聞いた大和天爵が、その王アーサー・ペンドラゴンが使っていたと言われる剣を、披露パーティーの席で祝いとして持参してくれた。
さすがに本物ではないが、大和天爵はそのエクスカリバーと呼ばれる剣を見たことがあるそうで、限りなくそれに近くなるよう意匠を凝らせてくれたことを嬉しく思う。
さすがにその聖剣の名そのものというのは憚られたので、私はその日緋色銀の剣にドラグカリバーという銘を付けている。
そのドラグカリバーを手にした日からしばらくは、暇を見つけては魔物狩りに明け暮れ、使い勝手や感触を確かめていたものだ。
まあ仕事も手につかなくなっていたから、妻や部下達から怒られる頻度もかなり増えてしまったが。
「ハルート様、前に出過ぎです。あなたはセカンダリ・ドラグナーでもあるのですから、ご自身が戦うより指揮を優先してください。レックス卿に怒られてもしりませんよ」
「む、すまんなテミス」
どうやら大手を振ってドラグカリバーを振るえる事が嬉しく突出してしまっていたようで、妻でハイドラゴニアンのテミスに諫められてしまった。
レックス卿の名前を出されてしまっては、私も下がるしかない。
なにせ彼は、先ほど指揮官と舌戦を繰り広げ、挑発に乗ったふりをして地上に下り、そこで自身を取り囲んだ兵もろとも打ち倒してしまったからな。
彼も戦う気でいたのだが、さすがに指揮官を倒してしまった以上彼の出番はそこまでだから、その点は同情を禁じ得ない。
もっとも、だからと言って私が付き合うつもりもないが。
「とはいえ、もうほとんど残ってはいませんか。ビースターやソルジャーの方々が戦っている分で終わりのようですし」
「そのようだな。精鋭とは言ってもハイデーモン、しかも魔法もロクに使えないようでは、いくら神金の武具を用いようと限界値は低いということか」
「ハイデーモンという時点で敵としては強大な存在ですが、エンシェントクラス程ではありませんし、そもそもアバリシアは天与魔法を使うどころか存在すら知らない者もいるでしょうから、確かにハルート様の仰る通り強さの限界値は低い、もしくは強くなりにくいのかもしれませんね」
強くなりにくい、か。
確かにそれはあるかもしれないな。
そもそもヘリオスオーブのレベルアップは、魔法を効率的に使い魔力を体に馴染ませることで魔力量が上昇し、同時に魔法の威力や強化の度合いも上昇することで起こる現象だ。
だがフィリアス大陸とグラーディア大陸では、根本的な問題として魔法の体系から異なっていた。
真子夫人の推測では、このグラーディア大陸そのものが別の世界からの来訪者、もっと言えば侵略者なのではないかとのことだったが、魔法のみならず魔物に関しても異なるし、人種もヒューマンのみとなれば、その推測もあながち間違いとは言い切れない。
むしろ魔族という存在に零落してしまったことを考えれば、そう考えた方が納得できるというものだ。
「ハルート様、あちらを!」
「ん?」
部下のドラグナーが、何か異変を感じたようだ。
そちらに視線を向けると、何かがこちらに向かってきているように見える。
いや、あれは少数とはいえ軍勢だな。
ということは他の四霊軍のいずれか、北の方角ということを考えると霊亀軍か。
「ハルート様、町の南方からも何か来ています。おそらくは鳳凰軍でしょう」
「そっちも来たか。ということは、残る応龍軍も準備を整え、こちらに向かっているとみて間違いないな」
応龍軍はアロガンシアの東の守護を担っているため、西を守護する麒麟軍の駐屯地とは真逆の位置になる。
それ故に遅れているとみていい。
それにしても、3軍で足並みを揃えてくればいいものを、まさか各個に来るとは思わなかった。
3軍が揃っていたとしても遅れをとることはないが苦戦は免れないし、その間に近衛でもある蚩尤軍まで出てくる可能性は否定できない。
加えて蚩尤軍が出てくるということは、神帝も出陣してくるということになるはずだ。
そうなってしまえば、さすがにこちらも被害が皆無とはいかず、士気が落ちることも避けられない。
アバリシア側としてはそれが最良のはずだが、霊亀、鳳凰、応龍の3軍が足並みを揃えることはせず、それぞれ単独で援軍に来るとは、どう考えても悪手でしかないだろう。
我々には都合が良いが、都合が良すぎて逆に怯んでしまいそうだ。
「リッター、並びにハンターに告ぐ!北と南より、敵方の援軍を確認した!だが足並みが揃っておらず、先に北側の、おそらくは霊亀軍が接敵するだろう!リッターは霊亀軍を優先して撃破し、ハンターは南の鳳凰軍に備えてもらいたい!」
ここでレックス卿からの指示が飛んできた。
霊亀軍を先にリッターで倒し、鳳凰軍はハンターと共同でと判断して良さそうだな。
麒麟軍はリッター主導で倒しており、霊亀軍もリッターがということなら、鳳凰軍はハンターに任せても良いのだが、まだ応龍軍や蚩尤軍も控えている。
リッターはキメラの異容に怯む者も多かったことから、先にリッターに手柄を挙げさせようと考えているのだろう。
そこまでリッターに気を遣う必要があるかは疑問だし、私としては必要ないとも思うのだが、各リッターは国を代表してこの場にいる以上、最低限の手柄は必要となる。
だからこその配慮だろうが、ヘリオスオーブの未来を決める重要な戦いでも政治の話が絡んでくるとは、本当に面倒極まりない話だ。
普通ならば考慮すらしないのだが、まだその余裕があるからこその決断なのだろうな。
「というのが私の予想だが、大きくは外れていないだろう」
「こんな場だというのに、本当に面倒なお話です。そもそもそんなことを言い出したのは、我が国の貴族なのでは?」
「……否定できんな」
我が国バレンティアは、東西で分裂しかねなかった危機を乗り切ってはいるが、順風満帆という訳でもない。
東部に蔓延っていた暗愚どもは軒並み処分済みだが、西部はほぼ全てが残っているからな。
西部貴族はほとんど問題ないのだが、東部に近い領地貴族は東部の馬鹿どもに感化されているような素振りやら何やらを見せることがあり、事実今回のグラーディア大陸遠征にも、自らは関与せず、できずだったにも関わらず、国のメンツがどうたらと言って口を挟んで来た。
厄介なことに、西部貴族にもその意見に同調する者が現れてしまったため、いかに竜王といえど放置はできず、その結果が今という状況に繋がっているのだから、現場からすればたまったものではない。
不幸中の幸い、と言っていいかはわからないが、アレグリアや三公国でも似たような話が持ち上がっているため、バレンティアのやらかしだと思われていないことが救いか。
いや、結局はそのような者達の息のかかったリッターの大半が、キメラの異容に怯んでいたのだから、それを理由に戦後に責め立てることも不可能ではないか。
正直、頭が痛くなる話だ。
「今から考えても仕方がない。ドラグナー、我らはオーダーが初撃を加えると同時に、魔族に総攻撃を仕掛ける。他のリッターに後れを取るなよ?」
「「「はっ!」」」
「よし……今だ!放て!」
私の指示の下、ドラグナーが一斉に魔法を放つ。
どうやら他のリッターに先んじて、北から現れた魔族、おそらくは霊亀軍に攻撃を加えることができたようだ。
魔法の着弾によって土煙が立ち込めてしまい、霊亀軍の様子を窺い知ることは難しいが、ほぼ無防備に魔法の直撃を受けていた者もいたのだから、それなりの損害を与えられているはずだ。
「やったか?」
「土煙が邪魔ですね」
テミスも同じことを思ったようで、風属性魔法を使い、煙を晴らしていく。
煙が晴れた先にいたのは、半壊しながらも体勢を立て直そうとしている魔族達の姿だった。
成果としてはまずまずか。
「よし。テミス、一気に片を付けるぞ」
「わかりました。それでは」
この機を逃すまいと、私はテミスに完全竜化を促した。
このまま竜響魔法で、一気に片を付けてやろう。
『お待たせしました、ハルート様』
「ああ、行くぞ!」
完全竜化し、グリーンドラゴニアンとなったテミスの背に乗り、私はテミスの眼前にいくつもの雷を纏ったリングを作り出す。
そのリングの中央めがけて、テミスが固有魔法ブラストヒートブレスを吐いた。
ブラストヒートブレスはリングを通過するたびに稲妻を纏い、細くなっていく。
その細くなったブレスを天嗣魔法念動魔法を使い、鞭のように操る。
これが私とテミスの竜響魔法ライトニング・ウィップ・デトネイターだ。
ライトニング・ウィップ・デトネイターは、一撃で複数の魔族を薙ぎ払い、次々と倒していく。
避ける魔族も何人かいるが、その者達は部下のドラグナーが逃さないように攻撃を与えているため、こちらも次々と討ち取られていく。
既に霊亀軍は、半壊どころか全滅判定を下せるまで減っており、戦意も落ち切っているようにも見えるな。
だがそれでも、彼等に撤退するような動きは見られない。
おそらくここで逃げようものなら、神帝によって命を奪われるのだろう。
だがこちらに向かってきても、死から逃れることはできない。
本来なら戦意を失った相手は捕虜にするのだが、相手が魔族である以上、その選択肢は存在しない。
故に我々が攻撃の手を緩めることはないし、投降されても受け入れることはできない。
おそらく彼らも、そんな空気を感じ取っているのではないだろうか。
だからこそ絶望し、動けなくなり、それでも撤退するという選択肢はあり得ない、そんなところだろうか。
気の毒だとは思うが、魔族は存在そのものが禁忌であり、ヘリオスオーブの滅亡に繋がる。
だが長々と苦しめるつもりもない。
私はそんな彼らに向かい、ライトニング・ウィップ・デトネイターから雷火を放った。
矢のような雷火は、動かない彼らを次々と撃ち抜き、命を絶っていく。
良心が痛むが、魔族となったのは彼等自身の選択の結果でもあるだろう。
願わくば、死下世界では安らかに過ごしてもらいたい。




